第10話 噂①
その日の授業終わり、國弘が机の引き出しから教科書やらノートやらを鞄に移していると、誰かが近くにやってくる気配がした。
「國弘」
顔を上げると、声をかけてきたのはクラスメイトの磯崎で、その横には広瀬も立っていた。
磯崎はクラスの中ではリーダータイプ。広瀬は真面目で、あまり目立たないやつ、という印象だった。
ふたりとも、國弘と特別仲が良いわけではないい。
なんだろう、と思っていると、磯崎が神妙な面持ちで言った。
「あのさ、お前に話あるんだけど、ちょっといい?」
そう言って連れて来られたのは、教室のすぐ近くにある広いバルコニーだった。
人工芝の上に立つと、涼しい教室で冷えていた体が、ムッとした熱気に包まれた。
「話ってなに」
國弘がそう切り出すと、磯崎がやや言いにくそうに口を開いた。
「國弘……ってさ、四方寮長と、仲良いの?」
「仲良いっていうか……」
四方寮長と仲が良い。
今朝のやりとりを思い出すと、そうは言い切れない気がした。
でも事実、毎週寮会のたびに雑談し、休日に一緒に出かけたこともあり、勉強方法を教えてもらう約束もしている。
「……良いかも」
そう答えると、二人は気まずそうに視線を交わした。
「なんで? 朝一緒にいたから?」
「それも……そうだし。日曜日に桂野で、お前と四方先輩が歩いてるの、先輩が見てて。
見間違いだろってなったんだけど……広瀬も今朝、一緒にいるの見たって言うから……」
磯崎は広瀬を見て「なあ?」と言うと、広瀬も「うん」と渋い顔で頷いた。
「そっか。それで?」
確かに三年生、しかも寮長と、一年生の自分が親しくしているのは珍しいかもしれない。だが、呼び出されるほどのことだろうか。
(まさか、嫉妬……?)
そんな疑念がかすめたところで、磯崎が迷いを振り切るようにして言った。
「四方寮長には、気をつけた方がいいと思う」
「え、気をつけるって、何を?」
寝耳に水だった。
四方に、気をつける要素などどこにあるというのだろうか。
「四方寮長ってさ、その、去年……前寮長と付き合ってたって噂なんだよ」
付き合ってた?
いや、でもここ男子校だし。
頭がうまく追いつかなかった。
「……その、『付き合ってた』というのは……どういう意味、の……?」
言葉自体は理解しているはずなのに、頭が認めるのを拒んでいた。
「だからその……」
磯崎はさらに言いづらそうに視線をそらし、声をしぼる。
「多分、ヤッてたっていう……」
さらなる理解に苦しむ言葉が出てきて、頭が真っ白になった。
「……え? ヤッて……って……。え?」
「だから四方寮長って、完全にそっちの人って言われてて……」
磯崎は呆然とする國弘を見て、やっぱりな、という表情をした。
「お前、そういうの疎そうじゃん? だから、忠告しただけ」
何も言葉が出てこない。
本当は、もう少し詳しく聞きたかった。
何を根拠にそんな噂が広まっているのか、どんなふうに語られているのか。
でも、何も言えなかった。
二人は、自分たちの役目を果たした、というような清々しい様子で、「そういうことだから」と言い残して去っていった。
一人残された國弘は、その場でしばらく動けず、ただ、空を見上げるしかなかった。
「……マジ、かよ」




