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第一話 中 偽書の秘密

『我ガ遠祖ノ言、此ニ記ス。


「我ガ血筋ノ奇、外ニ欠ク事ヲ封ズ。


縁ニハ口固ムベク、我子ニモ継グ事ナ旧シソ。」


此ノ言持セド、未ダ枝連ヌル事アラズ、移フバカリナリケリ。


如何スベカラム。


斯クナガラ生カバ、我ガ血筋国ガ如ク亡ズベシ。


如何スベカラム、如何スベカラム……』


―???『日記~興徳二十年九月十五日~』より―



















「まあ、上がんな」

 山伏の男に促され、先程よりもさらに山奥へと入り、男の使っているという山小屋へと着いた。鵺はというと、放し飼いにしているようで、私たちを案内すると言った頃には、さっさと山のどこかへ消えてしまった。

 私は孝詠の手を借りて、小屋の土間から、差し出された熊革の座布団の上に腰を下ろした。孝詠も、すぐ私の隣へ座る。

「鵺と一緒に狩りをしているのですね」

 私は熊革の毛並みを撫でながらそう聞く。家の中を見回しても、確かに狩猟を生業としている者の部屋だと思わせられるような物が、そこかしこにあった。

「ああ。……こんな山奥に追い込まれてなきゃ、化け物の力を借りて暮らそうなんて考えねえよ」

 井戸から汲んできた水を沸かし、茶葉と合わせたれを竹の湯飲みに注ぎ、、私と孝詠に差し出してくれた男の顔は、やるせなさに満ちていた。

「俺の名は藤堂篤郎(とうどうとくろう)。……あんたらは、どこで俺の血筋を知った?」

 男が一番聞きたいのはそれだろう。何故なら男はその名を隠していただろうし、見たところ厭世的で、知人や血縁の者もいないと自負しているようだから。

「私はここより遥か西のある山奥で、あなたと同じように暮らしている老人に出会いました」

 その言葉に、篤郎は湯飲みを持つ手をピクリと震わせ、反応した。

「その老人は、藤堂寿郎(とうどうじゅろう)と名乗っていました。もう随分高齢な方でしたが。……あなたの、血縁者の方です」

 私がそう言い終えると、篤郎はくつくつと笑い始め、

「は……ジィサン、まだ生きてたか。しぶてえな」

自虐的な顔でそう言った。その顔は、寿郎さんという老人も、自分の名を名乗った時にした顔だった。この血筋の人たちにとって、生き永らえることは、恥ずべきことなのかもしれない。

「その寿郎さんから、あなたの名を聞き……ここへ辿り着きました。藤堂一族本家の末裔である……あなたに」

 篤郎はギリッと歯を噛みしめ、ますます眉間の皺を深くしたが、目だけは変わらずこちらを見ていた。

「寿郎さんが知らないことも、本家のあなたなら知っているだろうと」

「……」

 値打ちを確かめるかのようにじっとこちらを見据える褐色の目を、私は見つめ続けた。

 すると数十秒して、

「……わーったよ」

諦めたように息をつき、篤郎の方が目を逸らした。こちらの勝ちだ。

「だがその前に、聞かしてくれ。あんたらは何者なんだ?」

 それは最もな質問だ。

「私たちは歴史学者です。考古学も扱っておりますが、主に古文書や口承から歴史を紐解く研究をしています」

「旅人として、このように歩き回るのも研究のためです」

 私の説明に、孝詠がそう付け加えると、篤郎は「そうか」と納得したようだった。

「ではまず、藤堂長十郎の名をたらしめた“言霊の国”の記述について……」

 私は持っていた古文書の、該当する頁を広げて見せる。

「俺の先祖が書いたでたらめだ。何の根拠もない」

 食い気味にそう被せてきた篤郎の声色は、興味なし、といった様子であった。

「それは寿郎さんからも聞きました。あなただけが、本家だけが、知っていることは必ずあるはずです」

 私が毅然とした態度でそう言うと、篤郎はまたはぁと息をついて、

「“言霊の国”ねぇ……学者さん、あんた、それ本当にあると思ってんの?」

今度はこちらに質問を返してきた。

「私たちは歴史学者ですから、可能性を考えないわけにはいきません。書物に残っていない口承の歴史ならなおさら。それに……」

 付け加えた私の言葉は、

「浪漫があるでしょう?」

歴史学者としての自分を突き動かすもの。きっと同じような原動力で動く学者は大勢いる。学者なら誰もが、昔生きていた人間の本当の歴史を知りたいと思うだろう。それが現在の社会や価値観にとって、どんなに不都合なものでも、だ。

「ふーん、浪漫、ねぇ……」

 篤郎はあまり納得いっていないようだが、それは当然かもしれない。彼は学者ではなく、その不都合な歴史の当事者なのだから。

「まあ、いいや。あんたたちなら、教えても馬鹿にはしないだろうし」

 その発言から、彼がどれだけ苦労してきたかが分かる。前に話した寿郎さんも、藤堂の一族というだけで、馬鹿にされ、迫害され、山の奥に押し込められた人だった。

「ジィサンからは、どこまで聞いたんだ?」

「“言霊の国”の記述には、根拠がある、と。しかしそれは分家の私には伝えられていない、本家だけが紡いできた記憶がある、と」

 私は寿郎さんの言葉を、簡潔にして伝えた。

「……」

 篤郎は黙っている。

 寿郎さんは、本家だけが知っていることを、“記憶”と言った。藤堂の書『日出国之歴史(ひいづるくにのれきし)』には書かれていないから、“記述”とは言わないのは分かる。しかし、あえて“記憶”という言葉を使ったのには、何か理由があるはずだ。

「教えてください。本家が継承してきた記憶を」

 そう、例えば、実際に関わっていた、とか。

 篤郎は口を開いた。

「……藤堂家は、“言霊の国”を滅ぼした家の一つだった」

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