第五十四話 限界を超えろ
ハヤトの聖剣の一撃を、俺は真正面から受け止める。
軽い。
パーティーを組んだばかりの頃に模擬戦で手合わせした時とは、まるで感覚が違った。
たしかに、あの時に比べれば。一撃は重いし、速さもある。剣士の放つ一撃としては申し分ないどころか、これならば間違いなく最強格の一端を担うレベルだろう。しかし――。
(魂の乗っていない剣って、こんなに軽いのか……)
俺に星痕の力があるからとかではなく。いや。もちろんそれもあるにはあるのだけど。
これは、もっと根本的なことで。この一撃からは、《《ハヤトの信念》》を感じない。それに尽きる。
どんなに技術が優れていようと、どんなに技が冴えていようと。信念のない剣に力はなく。そこに重さは宿らない。
背負っているものの重さ、と言い換えるとわかりやすいだろうか。
今の彼が背負っているのは、自身のちっぽけなプライドだけで。在りし日の彼が背負っていた、勇者としての自負と、人々からの期待に応えようという気概が、すっぽりと抜け落ちてしまっている。
(勇者と言っても、ここまで落ちぶれちまったら惨めだな……)
自分の保身しか考えていない者の剣が軽いのは当然で。
一方新しく期待を背負った俺の一撃に重さが乗るのは必定。
おまけにこちらは二人がかりなのだから、どちらが優勢かは語るまでもなく。
俺はハヤトの攻撃を受け止め、受け流すことに専念し。その隙にウィルテイシアが攻撃するという連携を繰り返すだけ。
ハヤトの奥の手がいくつあって、どれだけ能力が高くなっているかなど関係ない。今の俺とウィルテイシアを止められるものなど、この世にはいないのだと。そんな風に思わせてくれるほどの力で、ハヤトを圧倒して見せた。
「くそっ! そんなバカなぁ!? こんなはずじゃぁ!?」
流石に、ハヤト自身も今の状況が悪いことを認識し始めたようで。
だからと言って、こちらが猛攻を止めるはずもなく。
ウィルテイシアの攻撃を受け止めるのに精いっぱいで、ジリジリと後退していくしかできないハヤトは。ついに、文字通りの崖っぷちに立たされた。
俺たちの目の前にあるのは、元々あった大地の裂け目。全長数キロ。幅十数メートルはあるであろう巨大な断層の淵に立たされ、ハヤトはいよいよ慌てたようである。
「わ、わ、わかった! 俺の負けでいい! だから、もうやめてくれ!」
剣を捨て、両手を頭の上人掲げて。膝をつき、顔を申し訳なさそうに歪めるハヤトからは、一見すると戦意を感じない。
それを見たウィルテイシアは一度剣を止めたけど。俺は構えを解く気にはなれなかった。
俺が気になっているのは、彼の眼。
そう、彼の眼は。まだ死んでいない。
(……何を隠してる? 道具か? それとも時間経過を待っている? どれもパッとしない……)
俺の様子に、ウィルテイシアは思うところがあるようで。一応剣は下げないまま、俺の横までやって来て、問いかけて来る。
「ライオット。こいつにはもう打つ手は残されていない。戦意がないのなら、これ以上続けるのは無駄な気もするが?」
「本当に戦意喪失してるなら、俺もこんなに警戒してないさ。みろよ、あの左目の奥を――」
俺が見据える先に、彼女も視線を送った。
そこに宿っているのは、どす黒い炎のような感情。もはやそれが憎悪なのか何なのか。それすら曖昧になってしまうほどに。黒くて、粘度の高い、汚泥に似た何か。
「……見るに堪えないな」
ウィルテイシアは苦虫を噛み潰したかのように眉をひそめる。
それくらい。ハヤトの魂は醜く、面相も汚く歪んでいた。そこにはもう、勇者として人々から期待を集めたかつての面影はなく。
ウィルテイシアと出会わないまま生きていたら。俺も、こんな風になっていたのかと。少し怖くなって。
でも隣に立ってくれている彼女の姿と、左手に確かに輝いている星痕が放つ熱が、俺の心の安寧を、しっかりと支えてくれていた。
そんな彼の眼前に剣を突き出し、ウィルテイシアは最後の恩情を与えようとする。
「ハヤト――と言ったか。これ以上、こんな茶番を続けるのなら、こちらにも相応の準備がある。投降する意思があるのなら、この場で全ての悪事を晒し、勇者の身分を返上しろ」
その姿はまさしく、裁定の神の如し威厳に溢れ。その麗しい容姿も相まって。まるで一枚の絵画のような美を、その場に映し出していた。
「本当に申し訳ないと思ってるんだぁ! ほら、持ってる古代遺産も全部差し出すぅ! もう俺には何も残ってないぃ!」
そう言って、彼は衣服の至るところに隠し持っていた古代遺産と思しき道具の数々を、その場にぶちまけ始める。
その光景は、まるでウィルテイシアが最初に襲ってきた時と同じような状況に見えるけど。その印象はずいぶん違っていて……。
覚悟を決め、殺されても仕方なしと。最後まで心清く在ろうとした彼女とは違い。何の覚悟もなく、ただ生き残りたいがために。己の醜態を晒し続けるハヤト。
比べるのも申し訳ないけど、、その差が大きければ大きいほど。俺の心は静かに冷めていく。今の彼に恨みつらみをぶつけたとところで、何の足しにもならないし。気が晴れることもなさそうだ。
まさしく惨めを体現したような様子のハヤトだけど。それでも俺はその一挙手一投足を逃すまいと、意識を集中させている。
(今のところ危険そうなものは出て来てない……。でも何だ? この胸騒ぎは――)
何かがあるようにしか思えないのに、ハヤトからはそれを感じない。その違和感が続けば続くほど、俺は不安が積もっている訳で。
瞬間。ハヤトの動きが突然止まり。何やら苦しげに、胸を抑え始めた。
「ああっ! がぁぁああああああっ!」
とにかくそこからの展開は早くて。俺も一瞬何をすべきか迷ったけど。
隣で同じように固まっているウィルテイシアの手を取り、とっさの判断で、その場から急速離脱した。
ハヤトの身体が弾け。噴き出した黒い閃光に。俺たちの目が釘付けになる。
「ライオット! これは何だ! 何が起こっている!? 自爆魔法的な何かか!?」
「俺もわからない! あの黒い光が魔力なのは間違いないけど、あれはハヤトのものじゃ――」
その時、ハヤトのいた場所から立ち昇った黒い閃光から、幾筋もの光が走り。俺の頬も少し掠めて。すぐにやむ。
しかし、その閃光が掠めた場所は焼け爛れ。俺の頬に、鈍い痛みを生じさせた。
「くっそ!? 何だってんだ!?」
閃光は弱まるどころか、むしろより強さを増している。このまま広がったら、この辺りは何もない平地に変わるだろう。広がる範囲によっては、近隣の町や、延いては国家までをも飲み込んで、世界地図を塗り替える事態になりかねない。
事態の収束方法を考えつつ、しばらく様子を見ていると。閃光の柱の中に、何やら蠢く影が見えた。
一見人型に見えるそれは、しかし人とは思えない巨大さで。その手足は不規則的に肥大化しており。真っ当な生物とは思えない醜悪な姿をしている。
「まさか……、ハヤトなのか!?」
弾けたように見えたのは光の加減でしかなく。もし本当にあの黒い光の柱の中で、彼自身の姿が変容してしまったのなら。これはもう勇者がどうという話ではなく。ただ純粋な脅威として認識を改める必要があるだろう。で、あるのなら。俺たちがやるべきことは一つ。
「ウィルテイシア。力を貸してくれるか?」
俺の問いかけに、彼女は一瞬の迷いもなく。いつもの真っ直ぐな瞳で俺を見据えて、すんなりと答えてみせた。
「愚問だな、旦那様? 私のこの身、この心は、既に貴方に捧げたのだ。いかように使ってくれて構わないし。例え拒絶されたとしても、私は自らの意思でそうするぞ?」
その一言が、いたく胸に響いて。より一層彼女のことが愛おしくなって。俺は思わず、彼女のしっとりとした唇に、そっと……。
自らのそれを重ねた。
彼女は驚いた様子だったけど。すぐに泣きそうな笑顔を見せて。それでも顔をキリッと締めて、俺に想いの応じてくれる。
「今のは一瞬過ぎて、私の眼を以てしてもよくわからなかった。だから、あとでしっかりと。この続きをしてもらうぞ、ライオット!」
「ああ、これが終わったらいくらでも。俺はこの先ずっと、この身が朽ち果てるまで、君とともに歩むって決めたんだから!」
最後の戦いが始まる。
命を燃やして、魂を焦がして。
焔姫ヴィリュインテーゼや、水の遺跡を守護していた魔導人形が小物に見えるほど強大な敵を前に、俺たちは。
武器を構えて、悠然と立ち向かう意思を示したのだった。
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