第五十三話 再戦
激しい閃光を天に舞い上げる精霊石のお守りは。その途中で入った亀裂から徐々に形を失い。弾け、光り、細かな粒子となって、舞い踊る。
その粒子は徐々に集まり、形を成して。
水の大精霊ウェンディーヌを、この場所に顕現させた。
ウェンディーヌはこちらを見て優しく微笑むと。契約通り、その大いなる力の一端を以て、古代遺産の放つ魅了の紫光を絡め取り。邪たる光の一切を、大量の水とともに遥か上空に吹き飛ばす。
「……契約は果たした。これで、よいのだな? ライオット=ノールディ?」
「……ああ。ありがとう。ウェンディーヌ」
「礼には及ばん。わらわの意思で交わした誓いじゃ」
「それでも、だ。ありがとうと、俺は言うよ」
「……律儀な男の子じゃの。じゃが、そこが良い。ますます気に入った」
ウェンディーヌは俺の頬に触れ、額にそっと口づけをして。不敵に微笑む。
「また、わらわの神殿に来い。その時は大いに歓迎するし、そなたの妾となって、特別な守護を授けよう」
「ああ~、それは……。ごめん。前にも言ったけど。俺には、もう心に決めた女性がいるから――」
「……ふむ。英雄たる者、少しは自ら色を好むべきじゃとも思うが――。まぁ、そなたの意思を無碍にするつもりはない。気が向いたらでよいから、いつでも来るのじゃぞ? その時は、熱い一夜をともに過ごそうではないか。わらわとも、星婚を結ぼうぞ?」
そう言い残して。水の大精霊――ウェンディーヌは、水となって形を崩し。この場から姿を消した。
(冗談で言ってるように見えなかったのが、ちょっと怖いけど……。ここ一番って時に助けてくれたんだし、手土産を持って遊びに行くくらいは、してもいいかな)
ウェンディーヌが去った後の静けさの中。俺はハヤトを見据える。
あとに残ったのは砕け散った精霊石の欠片と。魅了の力を持った紫光を天空に舞い上げた水が、優しい雨となって降り注いでいるという事実だけ。
「なっ!? どういうことだ! 何故大精霊が、お前なんかに力を貸す!?」
ハヤトは混乱し、狼狽し、憤った。
自らの秘策が、こんなあっけない形で破られたのだから。
「まぁ、こっちにもいろいろとあったんだよ。仮にお前があの神殿に行っても、こうはならなかったと思うけどな?」
もう誰に憚ることもない。俺は、俺が一番大切にしなければならないことを見つけて。そのために過去を切り捨て、今を生き、望んだ未来を掴むのだと。
だから、ハヤトに負い目や引け目を感じることもない。
フィオナが俺を裏切ったことも、ハヤトが俺の恋人を奪ったことも。何もかもがどうでもよくて。今の俺にも、未来の俺にも必要ないことになった。
これからの俺は、誰が相手だろうと、自分の意思をはっきりと伝えるし。相手がそれに反発するなら、自分の正当性を押し通すために戦う。
俺が愛するべきはウィルテイシアで。俺を愛して欲しいのもウィルテイシアだ。それだけが真実。それだけが真理。
(そして俺の予想が正しければ……)
この義眼の古代遺産は、大きな効果を生みたいほどにチャージに時間がかかる。そういう、連発の効かないタイプで。
だからこそ。彼は、ここぞというタイミングが来るまで、それを温存していたのだと。
温存された分だけ威力の増した魅了だからこそ、ウィルテイシアを――。彼女の清く、強い精神すら、蝕んで見せたのだ。
そういうことならば。
その最初の一発さえ防ぐことができれば。少なくとも、この戦いの中で、二度目はない。
このチャンスを逃す訳にはいかないと。
俺は、ここぞとばかりにハヤトの懐に飛び込み、槍代わりにした杖の一撃で、その義眼を突き砕いてやった。
「がぁぁぁああああああっ! 眼が! 俺の義眼がぁ!」
今更嘆いたところで、もう遅い。
切り札はつぶした。あとは、正面から叩き伏せ、奴の心を完全に折れば、この勝負は俺たちの勝ちである。
(ウィルテイシア! 見ているか! 君の無念は、君の怒りは、この俺が! このライオットが十倍にして、奴に叩きこんでやったぞ!)
今はもう会えない、星の胎内に残った彼女に。心の中でそう伝えて。俺は、今ここにいるウィルテイシアに、声をかけた。
「ウィルテイシア! 好機だ! この因縁、ここで断ち切らせてもらう!」
ここにいる彼女には、俺がその言葉に込めた本当の意味までは、伝わり切ってはいないだろうけど。それでも――。
ここにいる彼女だったら、きっと俺の手助けをしてくれるだろうと。そう信じて。
「ああ! ライオット! 勝とう! 私と貴方の未来のために!」
だからこそ。その返事を聞いた時。俺は――。あの場に残してきてしまったウィルテイシアへの想いが溢れて。
涙を流しながら、この因縁の対決の。俺とハヤトの最終決戦へと、身を投じることとなった。
「くそがぁ~! 俺の物にならない女ならいらない! 何がエルフだ! 何が大精霊だ! 異種族同士の絆が何だ! 異種族同士の恋愛が何だ! そんなものなくても、俺は強い! 俺は負けない! 俺はアルガトラム王国が誇る勇者で! 俺が、俺こそが! 世界最強なんだぁ~っ!」
ハヤトが雄たけびを上げる。彼の眼は、まだ死んでいない。
ならば俺が、俺たちが、この手で引導を渡してくれよう。人の道から外れた者を、勇者として認める訳にはいかないのだから。
「ハヤト! 俺が、今ここで! お前の旅を終わらせてやる!」
「やれるもんならやってみろよ! 魅了が防がれたところで、接近戦なら俺の方に分がある! 大人しく俺に殺されろ、ライオット!」
ハヤトの罵詈雑言は止まらない。ここまで来ると憐れと言うか。
以前は彼の周りにはパーティーの皆がいて、俺が独りぼっちだったけど。
今、独りぼっちなのは彼の方で、俺にはウィルテイシアがいる。
「お前を殺した後で、そのエルフを捕まえて! 恥ずかしめて! 犯しつくして! 尊厳をぶち壊してやってから! お前と同じあの世に送ってやるよぉ!」
安い挑発だ。
そんな言葉では、今の俺の心は揺らがない。
太陽のように熱く魂を燃やし、氷の大地のように冷静に思考する、今の俺は。
ハヤトのその言葉に、彼の限界を見て。
「そうはならないよ、ハヤト。言っただろ、お前の旅は、ここで終わる……」
あえて静かに、落ち着いた声でそう言ってやると。彼は、怒号のような雄たけびを上げて、剣を振りかざし。一直線に俺に向かって来た。
(動きが単調過ぎる。完全に怒りに我を忘れてるな……)
神経を研ぎ澄ます必要もない。そんなことをしなくても、俺の左手に発現した星痕は、俺に絶大な力を与えてくれている。
星婚は、ここに示された。
世界の理を超え、星に新たな希望を生むその光を持って、俺は――。
「最後くらい目を覚ませよ! 確かにお前は最初から嫌な奴だったけど! この世界に来たばかりのお前は! 少なくとも、こんな外道ではなかっただろ!」
そう。彼は勇者として召喚され。最初こそ困惑していた様子だったが。それでもこの世界のために命を賭すと、そう誓いを立てたのである。
それは名誉のためであったり、地位のためであったり、富のためであったりと。結局のところ、女性から好かれたいと言う。彼のくだらない動機から生じたものだったとしても。
それでも彼は、勇者として一人前になるべく、人一倍努力をして。勇者を名乗るに相応しいだけの力を手に入れたのだ。
その不純とも言える動機を、俺は否定するつもりはなく。俺だって最初の動機は似たようなものだったのだから。
むしろ成長した彼を見たからこそ。俺は魔導士として、すぐそばで彼を支えようと、そう思った訳だし。実際にそうしようと思って、俺自身も努力を重ねた。
それが裏目に出たのは、結果が教えてくれたけど。ハヤトが根っからの悪人でないことは、パーティーの誰もが知っていた訳で。歪んで行く彼を止められなかったのも、俺たち勇者パーティーの至らなかった点でしかなく。
結局のところ。誰か一人が悪いのではなくて。皆が皆、少しずつ間違いを犯したからこそ。この今に繋がってしまった。
(俺が犯した分の間違いは、俺自身正す。だからハヤト……。お前がお前の間違いを自分で正せないと言うのなら、俺が……。俺が代わりに正してやる!)
決戦は始まり。同時に終わりを迎える時でもあった。
降り注ぐ雨の中。鬼気迫る勢いのハヤトを、俺は……。
全力で受け止め、その横っ面に渾身の拳をお見舞いして。彼の眼を覚まさせてやろうと。そして、それが叶わないのなら。せめてこの手で、直接引導を渡してやらねばなるまいと。
ハヤトの攻撃を真正面から受け止めるべく。杖を構えて、応戦体勢に入った。
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