第五十五話 世界を紡ぐ我らが賜る星の祝福
やがて黒い光は終息し。その内から出て来た化け物としか言い様のない相手に、俺たちは立ち向かう。
近づけば近づくほど、その巨大さが露になり。どこからどう攻めたものかと、迷いが生じるほど。
それでも。これだけ対象が大きいのなら、普通の魔法では意味がなかろうと。俺は立ち止まり、極大魔法の準備に入る。
何を言われずともそれが通じた様子で、ウィルテイシアは化け物の意識を俺からそらそうと。化け物の足からその巨体を駆け上がり、大きく見開かれた左目に、その切っ先を突き立てた。
ぎゅあおぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおお!
抗議の声のつもりなのか。それともただの鳴き声なのか。
どちらせよ、ダメージは入るようなので。ホッと一息つきながら、俺は魔法の詠唱に入った。
「来たれ、暗黒の檻。我が前に正義はなく、悪と呼べるものもなし。なれば全てを破壊し、喰らい、葬るより他になく。其に相応しきは、常闇の帳なれば。仄暗き深淵より来たれ、飢える獣よ。その永遠なる渇望に、束の間の安らぎを与えん。我求むは餓神の享楽。この世の一切を飲み込み、常世の澱をその顎を以て喰らい尽くせ!」
それは、この世の存在の一切を暗闇に捧げ、食いつくさせる、超重力の檻。土属性の中でも最上位とされる重力魔法の、その更に最上位の魔法。
俺一人では到底到達できなかった、神代魔法の領域。まだその領域には踏み込んでいないけど、それに次ぐ古代魔法には至ったはず。それもこれも、全ては星婚のおかげだ。
巨大な化け物の左から付近の空間は歪み、一点に向かって収束を始める。空間ごと身体を捻じられて行く化け物は、痛みを訴えているのか声を張り上げるけど。
その音もまた、発生した超重力に引き込まれ。そこに発生した小さな黒い球体へと飲み込まれて行く。
「貪欲たる餓神の顎!」
化け物の左肩付近に突如発生した黒い球体は、その周囲にあるものを手当たり次第に飲み込み、膨張していった。
多少、その魔法に向かって強風は発生しているが、これなら近づかなければ安全だし、ウィルテイシアの手を煩わせることもない。
数秒間に渡って続いた黒球の暴食が少しずつ収まって行ったタイミングで、俺はウィルテイシアに声をかける。
「ウィルテイシア! 俺が魔法で君の攻撃をブーストするから、思い切り攻撃をぶち込んでくれ!」
直接声が届く距離でなくても、今の二人に距離は関係なく。星痕で結ばれた俺たちは、離れていても、お互いの心を通わせることができる。
『ああ、任された! それじゃあ、久しぶりにあれを使うぞ!』
『あれ』というのが何を指しているのかまではわからないものの、それが彼女にとっての切り札であることは何となく予想がつく。
ならばそれを最大限生かせるよう、俺は立ち回ればいいだけだ。
「其は、汝がための祝福。数多の戦、幾多の勝利の先へ続く道標なれば。その加護はあらゆる敵を屠り、汝を生かす灯となろう。猛き心で、我らの征く道を切り開く戦女神の如くあり。その清き眼で、輝ける明日を見つめるならば応えよ。行け、この戦場を。我らが目指す希望の果てに至りし者。その大いなる業を以て、世の理を越え、まだ見ぬ明日への先駆けとなれ!」
多くの魔導士が作った数々の支援魔法。いつか神々の領域へと至らんと願い、紡がれ続けた努力と葛藤の歴史の中で終ぞたどり着けなかった神秘の世界。
星痕の力を得たことで、世界の真理を垣間見た俺だからこそ、即興で紡ぎ出すことができた。究極にして至高の強化魔法。
「勇ましき戦女神の奮闘!」
あらゆる能力と感覚を引き延ばし、対象に戦女神の祝福を授けるこの魔法は、本来であれば受け止めきれる生物はいない。
しかし唯一。俺と星痕を通して繋がっている彼女――ウィルテイシアだけが例外で。同じく星痕を持った彼女だからこそ、この魔法を受け、その身を束の間、真実の戦女神と化す。
『行ける! これなら行けるぞ! ライオット! これこそ、私が至らんと欲した境地だ! 見ていてくれ! 我が旦那様よ! これが私の――。貴方の妻の、絶対不変の勝利を掴み取る一撃だ!』
それは、一見すると。ただの上段切りで。真っ直ぐ縦に振り下ろされた、ごくシンプルな軌道。しかし、それ故にあらゆる技術が試され、積み上げて来た研鑽が如実に現れる。
基本にして奥義。開闢にして終焉。アルファにしてオメガ。
言い様はいくらでもある。しかし、今はただ純粋に。心から思ったことを、一言だけ言おう。
「綺麗だ……」
その美しい一振りは、強大な化け物を脳天から真っ二つに割って見せ。その余波を以て大地を裂き。元々あった断層の割れ目と合わさって、巨大な十字を作り上げた。その光景のスケールの大きいこと。それはまるで、星を割るかのような一撃であったと、俺ならば記すかもしれない。
攻撃を終えたウィルテイシアが地面に降り立ち、静かに剣を鞘に納めると。化け物の残骸は、どす黒い泥のような塊を断面から吐き出しながら、ゆっくりと、地に伏した。
「ウィルテイシア!」
俺は大急ぎで彼女に駆け寄り、俺の声に反応して振り返ったその細い身体を、思いきり抱き締める。
「ちょ――っ!? ライオット!? それはいささか急過ぎる! もう少し情緒というか……、雰囲気作りをだな……!」
彼女の言い分はわからないでもなかったけど。それでも俺にとっては、それはかけがえのない再会で。どうしようもなく、彼女が生きていることを感じたいと。それだけを思い。きつく、強く、縋るように、彼女を抱き締め続けた。
そんな俺の様子に何かを察したのか。慌てていた彼女も徐々に冷静になり。しばらくして、そっと俺の背中に手を回し、優しく抱き返してくれる。
「大丈夫だ、ライオット。私は無事だよ。ありがとう。貴方のおかげで、私は今こうしていられる……」
その言葉が嬉しくて。でも向こうに残して来てしまった彼女を想うとつらくて。俺は少しだけ、彼女に抱かれながら泣いた。
いつか師匠が言っていたように、俺の涙を。彼女はただ静かに、そっと受け止め。俺の涙で濡れることのいとわずに、俺の胸に強く顔を埋めてくれる。
それだけで天にも昇るような心地だったのに――。
(まだ邪魔をするのか、ハヤト……)
真っ二つになったはずの化け物は、一度ドロドロに溶け、再び巨大な人型への変貌する。どうやら、物理的に斬っただけでは、こいつは止まらないらしい。
「ごめん、ウィルテイシア。もう一働きしなきゃならなくなった……」
「私は構わないよ、ライオット。貴方とともにいられるならば、例えそこが血で血を洗う戦場だろうと、私の一番の居場所だよ」
ついそれを想像してしまって、流石にそれは嫌だったので。この悲劇を終わらせようと、ただの化け物になってしまったハヤトに、手にした杖を向ける。
「終わらせよう、ウィルテイシア。俺と君の星痕を重ねて――」
「わかっているよ、ライオット。みなまで言うな」
何をやるべきかは、二人ともわかっている。だからこれ以上、互いを理解するための言葉は必要なく。代わりに紡ぐべき言葉は、それもまた。二人ともとっくに知っていた。
「人の祖たるヒュムシスの名の下に、我、ライオット=ノールディは宣言す!」
「エルフの祖たるエルフィオーラの名の下に、我、ソラレスタのウィルテイシアは宣言す!」
不思議と詠唱が頭に浮かぶ。
それはウィルテイシアも同じようで。
「我らは出会い、時を重ね、絆を紡ぎ!」
「友情、親愛、恋慕。そしてその先へ!」
ただあるがまま、感じたままに。
それぞれの詩を編み。
「導きの星は此処へ。新たな可能性を編む兆しとならん!」
「生まれ、栄え、君臨せよ。我らが想いの行く末!」
創り上げる。俺たちの――俺たちだけの魔法を。
ともに歌う。愛の形を。
「煌めくは無限の未来!」
「星の営みを担う、我らが絆の結晶!」
想いは連なり、魂は混ざり合い。
そこから生じた力は、あらゆる事象を凌駕して。
「「我ら二人、永遠の愛を結ぶ者なれば!」」
溢れんばかりの二人の絆は、この世の理すら超え。
「「誓いを此処へ! 人とエルフ。星婚は此処に示された!」」
二人の星痕が重なり交わり、形を変えて。それぞれの手の甲に再び浮かび上がる。
それは人とエルフである俺たちの異種族婚姻が、正式に結ばれた証。
俺と彼女を繋いだ、星痕の真実の姿。
「これが俺たちの!」
「私たちの!」
俺は紡ぐ。二人の鼓動を。
彼女が紡ぐ。二人の絆を。
「「星婚だ!」」
そして二人で紡ぐ。二人の愛と、新たな世界の未来を。
「「顕現せよ、星の極光! 創生にして終焉の光よ! 我らが怨敵を打ち払え!」」
瞬間。手にしていた杖が、その力に呼応するように姿を変える。杖のようになっていた先端部が展開、変形し。星々の輝きを纏う砲台へと姿を変えたのだ。
放たれるは神星力の嵐そのもの。杖の先に浮かび上がった、巨大な星痕より生じた光は、全てを飲み込み、砕き、消し去る。究極無比の星の彩光となって……。
「「星婚魔法! |世界を紡ぐ我らが賜る星の祝福!」」
かつて誰かが言ったと言う。
太古の昔。まだ神々がこの地上にいた頃。
種族の違う神たちは、自由に愛し合い。世界の在り方さえ変えたと。
今となっては数あるおとぎ話の一つでしかなく。大いなる創生神を讃える宗教の敬虔な信徒でさえ。今更誰も、そんなものがあるとは思っていない。そんな不確かで、曖昧な、夢物語。
しかし確かに存在したはずの、その御業の在り方を。俺たちはこの時、目の当たりにした。
巨大な星痕から放たれた星の極光は、漆黒の化け物と化したハヤトを飲み込み。その輪郭を消し飛ばして。最後には全てを打ち払ったのである。
あとに残ったのは、円柱でくり抜かれたように削れた大地と、その先にあったはずの山の残り香。そして、澄んだ大気と、優しい風のみ。
今の今までそこにいた、かつてハヤト=キサラギと呼ばれた男の欲望の残滓は。忽然と、すっきりと、その姿をきれいさっぱり消していた。
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