第四十八話 星の胎内①
ふと気が付くと。
俺は、一面真っ白の空間に漂っていた。
前後もなく、左右もなく、上下もなく。まったく方向感覚がわからない、不思議な空間。
「固有結界みたいなものかな……」
つい口に出してそういうと、思わぬところから声がかかる。
「それは、ちょっと違うかな。ここはどちらかというと、『共有結界』だ」
男性の声。聞いた感じは、まだ若いと言っていい。せいぜい三十代前半と言ったところか。
声のした方に顔を向けると、そこには二人の人物が立っている。
男性の方は黒髪の人間。もう一方は金髪の女性のようだ。まるで、もう少し歳を取った俺とウィルテイシアが並んで立っているようにも見える。
(……立ってる? 前後も左右も上下もない、この空間で?)
ふよふよと漂っているだけの俺とは違い、二人は確かに、地面を踏みしめるようにして立っていた。
「あんたたちは……?」
二人の姿はまだ少し遠い。
何とか近寄れないものかともがくものの、やはり地面がないので進まなかった。
「違う違う! そうじゃない! もっと力を抜いて、イメージするんだ。そこに地面がありますよって具合にさ!」
何とも要領を得ない説明。しかし、思い返してみれば、師匠も大体こんなものだったと思ったので。俺は思い切って、そこに地面があると想定して、両足を伸ばす。すると――。
コツン、と。つま先に感触があった。
あとは足場を探るようにつま先を動かして、足場の感覚を探り。恐る恐る体重をかけると、そこにはちゃんと地面があるようで、しっかりと体を支えられることがわかる。
「……どうなってるんだ?」
全く理屈がわからない。俺が立っている地面と、彼らが立っている地面。それは平たんではなく、捻じれ関係のようになっている。
とりあえず俺が立っている地面を基準にして、彼らの方に歩み寄った。
「う~ん、ちょっと話しにくい角度だけど……。まぁ、細かいことはいいとしようか!」
だいぶ適当な人なんだなと、俺は少し顔をしかめる。それに、無駄に元気で声が大きい。
ふと、彼の隣にいる女性の方に目を向ければ。それはもう、ウィルテイシアの生き写しのような美人エルフがそこに居るではないか。
ただ、髪の色や目の色、そして目尻の紋様が少し違っているので、ウィルテイシア本人でないことが窺える。
「ようこそいらっしゃいました。男神ヒュムシスの末裔よ」
「ヒュムシスの……末裔?」
ヒュムシスというのが、人間の祖と言われている男性神であることは知っていた。これは経典の類を読んでいれば、嫌でも入ってくる情報だから。何も俺に限った話でもない。
しかし末裔と言われると、直系の子孫を指しているようで。俺からすればイメージが湧かなかった。
「そうです。貴方のことですよ、ライオット=ノールディ」
「――っ!?」
声に出していないのに反応された。それに、名乗ってもいないのに、彼女は俺の名前を知っている。
この妙な空間といい、妙な二人組といい。もう少し俺にも理解できるようにしてくれないものだろうか。
「……ああ~、まぁ。こんな胡散臭いおじさんの直系なんて言われたら、お前さんも迷惑だよねぇ?」
「……また貴方ってば、すぐにそうやって自分を卑下して。そういうところ、直してくださいっていつも言っているでしょう?」
「ああ~、いや。面目ない……」
何で俺はこんなところで、夫婦の掛け合いのような会話を聞かされているのだろう。今まで戦って来た俺たちの敵って、もしかしてこういう思いをしていたのか?
俺は警戒をしながら、彼らと距離を取ろうとする。
一方的にこちらを知っている相手だ。何をされるかわかったものではない。
「そんなに警戒しなくてもいいですよ、ライオット。彼の子孫である貴方を、ぞんざいに扱うつもりはありませんから。それに、私の子孫である、あの子に関しても――」
その言葉を聞いた瞬間に、俺は女性に突進を仕掛け、胸ぐらに掴みかかる体勢に入っていた。
が、それは男性によってあっけなく止められてしまう。伸ばした両腕を掴まれ、動きは完全に動きを封じられていた。とてつもない力……。いや、何かがおかしい。
「血の気が多いな~。これが若さってやつ? 羨ましいね~」
「そんなことはどうでもいい! ウィルテイシアの居場所を知っているのか!」
男性はへらへらと笑っているのに、全く押し切れそうにない。
確かにこちらは力を込めているのに、相手は力んでいる様子がないのが、とても奇妙で。頬を汗が伝うのがわかる。
「あの子なら。貴方よりも少し早く、ここに来ていますよ? 少し位層がズレたところにいるようで、直接目視はできませんが……」
彼女が何を言っているのかわからない。しかし、ウィルテイシアが無事だと言うのなら、少し力を抜いてもいいのかも。
そう思って、ゆっくりと。俺は男性に向けて伸ばした両腕を引っ込める。
「ふ~う。ありがとう、エルフィオーラ。助かったよ。最近の若いのは元気があり過ぎて、おじさんだとちょっと手に負えないからね」
エルフィオーラ。確かエルフの始祖と言われる女神だったか。エルフという種族の名前自体が、彼女の名前に由来しているとか。
改めて二人の容姿に目を向けた。
男性の方は黒髪黒眼の人間。これは俺が生まれた村だけに見られる特徴なのだけど。男神ヒュムシスの末裔と言うのは王族だ、というのが一般的。しかし、どの国の王族にも、黒髪黒目のものはいない。ここから導き出されるのは、歴史上のどこかで起こった、歴史の改変と言う可能性だけど。真実を知る術は、今の俺にはない。
女性の方は金髪碧眼のエルフ。顔の造りがウィルテイシアにそっくりだけど、細かく見れば、まつげの長さや髪の質感、唇の膨らみ方など、やはり異なる点も多い。一番の違いは胸のサイズだろうか。彼女の胸は小さくはないものの、ウィルテイシアに比べれば大きく劣る。
二人とも何やら書に記されているような古い時代の衣服を纏っているのだけど。それが、この二人が本物のヒュムシスとエルフィオーラであることの証明なのだろうか。
「話を、聞かせてもらってもいいか?」
俺は二人に問いかける。話が通じるなら、争っているよりは具合がいい。相手の奇怪さに、つい攻撃を繰り出してしまったが。それも二人の気配を考えれば無理からぬことだ。
率直に言えば。二人からは生きた生物の気配がしない。ならば死霊かと思えば、そうでもない気がする。
もっと清浄で、神々しい。そんな雰囲気を纏っている。となると、考えられえるのは。それこそ神様くらいのものだけど――。
「その認識で合っていますよ、ライオット。流石は、ヒュムシスの直系なだけありますね? 大変優れた頭脳をお持ちです」
「僕は、どちらかというと頭を使うのは苦手なんだけどな~」
どうやらこちらの思考を読めるらしい。
というのなら、これ以上あれこれと考えても仕方がないだろう。
「聞かせてあげますよ? あなたの欲しがっている情報もそうですし。星婚の本当の意味と、その使い方も」
俺の中の好奇心が、それに強く反応する。
けれど、俺はそれを飲み込んで。真っ先に聞くべき、ウィルテイシアに関してのことを尋ねた。
「ウィルテイシアは、どこにいるんだ。無事なのか?」
少し長い沈黙。答えたくないという訳ではなく、どう説明すればいいのかと、迷っている様子だ。それならば俺は待つしかない。
待つことしばし。ウィルテイシア似の女性は、困った顔で首をかしげつつ呟くように口にする。
「ふむ。無事かと聞かれると難しいですね。貴方もそうですけど、この地は生者ではたどり着けない場所。いわゆる死後の世界ですので……」
「……はい?」
思わぬ答えに、俺は絶句するしかなかった。
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