第四十六話 追い込まれるライオット
考える。考える。考える。
今、俺がウィルテイシアに行える支援を。
気持ちは焦る一方だけど。下手に飛び込めば足手まといなだけで。それがすごくもどかしくて、俺は拳をきつく握る。
(何もできないんじゃ、パーティーを追放された時と同じじゃないか!)
そう、今こそ。
今こそ動かなければならない時で。
けれど何をしていいのかわからなくて。
一瞬、あの紋様が発現してくれないかと期待したけど。そんな都合のいいことは起こらず。
(くそっ! 何でこんな肝心な時に使えないんだよ!)
たぶんあの力なら、この魔力封じにも対抗できると。そんな直感はあって。
しかし紋様が姿を現すことはなく。
俺に今できるのは、手にした杖を振り回すくらい。
もっと白兵戦の技術を磨いていれば。ウィルテイシアと並ぶまでと言わずとも。力を合わせられるくらいには、鍛えておくべきだったと。今更ながらに後悔して。そんなものに意味はないと、自分を戒める言葉で打ち消し。
徐々にハヤトの剣を捌き切れなくなっていくウィルテイシアを、ただ不安げに眺めることしかできないでいる。
(いや、こういうところがダメなんだ! とにかく動け! 考えてわからないなら、とにかく失敗するつもりで挑むんだ! いい訳はその後でいい!)
師匠の下で修業していた時もそうだった。
『考える癖がついてきたのはいいが、お前は少し極端過ぎる。考えるばかりで動きが止まってたら意味がないだろうが!』
全くその通りである。
どちらにせよ。最適な行動が思い浮かばないのだから。動かないでいるよりは懸命に足搔いた方が身のためだと。そう教わって来たじゃないか。
考えをシンプルにすればいい。要は、ウィルテイシアが勝てる状況を作ればいいのだ。そのために必要なのは、ハヤトの猛攻を止めること。そう考えれば、俺にできることはまだあるはず。
だから俺は、腹の底から声を出して。精一杯、ハヤトの注意を引こうと。全力で、二人の戦いに割って入ろうとした。
「おっと、お前は引っ込んでろよぉ! 今は俺とウィルテイシアのダンスの最中なんだぜぇ!?」
俺の接近に気付いたハヤトの口元が、いやらしく歪む。
次の瞬間。俺は何者かに後ろから組み付かれて、動きを封じられてしまった。
(アレクとティオは無力化したはずだ……。ってことは、ハヤトの新しい仲間か!?)
『想定が甘い!』
師匠だったらそんな風に言って、俺をボコボコにしただろうけど。
ヒヤリとした思考を落ち着かせようと、俺は背後から組み付いてきた相手に視線を送る。すると――。
「アレク!? ティオ!?」
思いもしない相手が、俺の身体にまとわりつき。俺を拘束していた。
「何でだ!? そんなにすぐに動けるはず――」
「おいおい、ライオットぉ~! 知らないのか? 切り札は、何枚あってもいいんだぜぇ!?」
いつの間にかハヤトが手にしていた、どす黒い宝玉。そこから溢れる光が、アレクとティオの身体に纏わりつき、人形のように彼らを操っていたのである。
あの眼帯の奥の何かといい、この宝玉といい。いったいどこで手に入れたのやら。たぶんどちらも古代遺産の類なのだろうけど。俺が知る古代遺産とは、どこか違う。
まるで、作ったのが神々ではなく、魔族であるかのように。
「ハヤト、お前! 気を失ってる仲間にそんなもの使って、恥ずかしくないのか!?」
怒りが込み上げた。どこまでも下劣な奴だと。
「何言ってんだよぉ~。そいつらだって勇者パーティーのメンバーなんだぁ。だったら勇者である俺の役に立つのは当然だろぉ? 自分たちでできないみたいだから、俺がそうできるように手助けしてやっただけだぁ!」
しかし、当のハヤトはそんなことはお構いなし。俺に対してにんまりと笑って見せ、更に宝玉の力を強めた。
「くそっ! 離せ!」
アレクとティオの力がどんどん増していく。恐らく肉体を外部から操られているから、人間の身体に備わっているリミッターが機能していないのだ。こんなことを続ければ、二人の身体は壊れてしまうだろう。現に、彼らの筋肉はギリギリと音を立て、骨はきしんでいる。
「さぁて、これで邪魔者は抑えたぜぇ! あとはこのエルフの女をものにすれば、お前への制裁は完了だぁ! お前の前でたっぷりとこの女を愛でた後で、お前にはむごたらしい死をご馳走してやるよぉ!」
ハヤトの狙いは、考えずともわかった。
彼はあの眼帯の奥に秘めた能力を使うつもりでいる。その正体が何であれ、使われてしまったが最後。俺の望みは絶たれるだろう。
こういう時の彼に容赦はない。俺を貶めると決めたら、徹底的にそうする。それがハヤト=キサラギと言う男だ。
「ウィルテイシア! 警戒しろ! 絶対にその眼帯を外させるな!」
せめてもの抵抗として、俺はウィルテイシアに警戒を促すけど、それを実行に移すほどの余力は、彼女にはなさそうで。
「わかっている! わかってはいるが――! 私の力不足のせいで、今はかなり分が悪い!」
彼女せいではない。それは俺が一番よくわかっているのに。今の俺に、それを彼女の心に届ける術はなくて。
「くっそ! 二人ともどけ! 今すぐ行かないと、彼女が! ウィルテイシアが!」
俺の声は、アレクとティオには届かない。
一応目は開いているけど。その表情はもうろうとしていて生気がなく。まるで動く屍のようだ。
「いい様だなぁ~、ライオットぉ! これでお前の心をへし折れるぅ! さぁ、よく見ておけぇ! こいつが俺の女になる瞬間をよぉ!」
一瞬の揺らぎの隙をついて、ウィルテイシアを剣で押し飛ばし。眼帯を外したハヤトが、露になったその謎めいた瞳で、彼女を見据えた。
「さぁ、ウィルテイシア! 俺の女になれ!」
その眼は、恐らく。魅了の効果を持った義眼の古代遺産か何かで。
これこそが彼の、ハヤトの何個目かの切り札。
黒魔導士として修練を積んで来た俺には、この手の精神干渉系の魔法は利かないけれど。精霊の守護を受けていないウィルテイシアはそうはいかない。
故に彼女は、狡猾なハヤトの手中に堕ちた。
彼の瞳から溢れた怪しげな紫の光が、押し飛ばされたことでよろめき下がるウィルテイシアに注がれる。その光は、彼女の身体を包むように纏わりつき。徐々に彼女の身体へと吸い込まれて行く。
彼女の身体がビクンと震え、ほんの束の間、硬直する。彼女の震えが収まった時には、彼女はどうしようもなく、これ以上ないくらいに根本的に、その在り方がごっそりと。きれいに置き換えられて、変わっていた。
次に見開かれた彼女の瞳は妖艶な光を湛え、それが今までの彼女でないことを。これでもかと言うほどに伝えて来る。
まだ魅了の効果が馴染んでいないのか、身体の動きは緩慢だけど、今の彼女に目には俺は写っていない。視線は確かにこちらに向けているのに、まるで赤の他人を目にするような――いや、嫌悪すら抱いているかのようだ。
(やめてくれよ、ウィルテイシア……。俺にそんな目を向けないでくれ……)
ウィルテイシアの瞳は、かつて勇者パーティーを追放された最のフィオナの瞳を連想させ、あの時の苦しみと絶望感が再燃する。
このままでは彼女がハヤトのものになってしまう。そう考えただけで、心が凍り付いた。
「ウィルテイシア、しっかりしろ! そんな妙な力に惑わされるな!」
しかし、彼女は答えてくれない。
そうしているうちに、勝ち誇ったような笑みを浮かべたハヤトが、ゆっくりとウィルテイシアに近づいて行った。
「おい、ハヤト! それ以上彼女に近づくな!」
何とか声を絞り出し、声高々に叫ぶ。
だが、ハヤトはそんなことはお構いなし。ウィルテイシアの前に立ったハヤトは、彼女に対してこう告げた。
「さあ、ウィルテイシア。お前が愛しているのは誰か、ライオットのやつにも聞こえるように言ってくれ」
それは完全な嫌がらせ。俺の心を完全に折るためだけの指示。
もし彼女がそれを実行に移したら、今度こそ俺は立ち直れないだろう。どん底の状態から心を通わせ、想いを重ね、そして築いたウィルテイシアとの絆が、あっさりと崩壊してしまうのだから。
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