第四十五話 魔力封じ
何を血迷ったというのか。
心の底からどういう理屈でそうなったのかわからず。俺の思考は停止してしまう。
(フィオナを、盾に? 何で……)
流石のウィルテイシアも、これには動揺したらしく。彼女もまた動きを止めていた。
そして、その隙を見逃すハヤトではない。
「ようやく隙を見せたなぁ! この瞬間を待ってたぁ!」
ハヤトが何かをしようとしているのが、彼の中を渦巻く魔力の流れで分かる。彼は、眼帯に手を伸ばし、それを外そうとしているように見えて。
(これは、いけない!)
俺は咄嗟に頭を働かせて、急速回転を始めた思考を持って、眼帯を取ろうとしているハヤトの右手めがけて、石弾を飛ばした。
以前海上で使ったストーンバレットにはなっていない。それを構成するだけの余裕はなかったから。
それでも飛び出した石弾はハヤトの腕に命中し、眼帯を外す動作を止めることに成功した。
「痛ぇっ!? おい、ふざけんなよ! ライオット! せっかくこのエルフが俺の女になるところだったのによぉ!」
彼が何をしよとしたかはわからなかったが、それを止めるための一撃なのだから、それでいい。
少なくとも。ウィルテイシアはその隙にフィオナから剣を引き抜き、ハヤトと距離を取っている。
「すまない、ライオット! 油断した!」
「そんなことはいい! それよりもフィオナはどうだ! 助かりそうか!?」
「咄嗟に急所は外したが、傷は深い! 長く放置すれば命に係わるレベルだ!」
ハヤトのやつ。やってくれる。自らの目的のために、恋人となったはずのフィオナすら盾として使うのか。
虫唾が走る。
怒りで肌が粟立つ。
食いしばった歯がギリギリと音を立てる。
この男を生かしておくのは危険だ。
勇者として適正があるかどうかとか、最早そんな次元の話でなくなってしまっている。
魔王は後回しでいい。
今討伐するべきはこの男だと。本能が、理性が、魂が、そう告げていた。
「ウィルテイシア、予定変更だ! こいつは――。ハヤトは、ここで仕留める!」
「……了解した。ことここに至っては、仕方あるまい」
俺の覚悟や決意を汲み取ってくれたウィルテイシアは、俺の方に駆け寄って来て。ともにハヤトと対峙する。
フィオナが戦線離脱した今。形の上では二対一。
それでもゾッとするような圧迫感と、苛立たしいまでの嫌悪感が溢れて。容易に攻撃を仕掛けることができない。まったく、度し難い相手になってしまった。
「……俺が魔法で牽制するから、ウィルテイシアは隙を見て後ろに回り込んで、とどめを頼む。くれぐれも、あの眼帯の下には注意してくれ。何か嫌な予感がする……」
「……承知した。でもいいのか? 自分でとどめを刺さなくて」
「俺と君は、もう二人で一つだろ? 君がやるなら、それが俺がやったのと同じことだ」
「……だから、そういうズルいセリフはなしだ。言うにしても、せめて二人だけの時にしてくれ」
真剣な顔が崩れ、耳まで真っ赤にしてしまうウィルテイシア。本当はいつまでもその横顔を眺めていたいけど。今は――。
「ハヤト、覚悟しろ。俺たちはこれからお前を殺す。徹底的に、一方的に、残虐的に、最終的に。今のお前には、人として、この先の未来を生きる資格はない。俺たちで終わらせてやるから。せめて、あの世で大人しくしていてくれ……」
彼に叩き込むための魔法を用意しつつ、そう告げると。ハヤトはおかしそうに笑う。
その声はだんだんと大きくなり、最後は悪役じみた大声で、高らかに笑って見せた。
「お前の言葉に「はい、そうですか」なんてなる訳ないだろうがよぉ~! 死ぬのはお前だ、ライオットぉ! それで、そのエルフは俺の女だぁ!」
彼は懐から何かを取り出し、空中に放り上げる。
見た目は、何位変哲もない赤い宝石。しかし、ただの宝石にしては、こもっている魔力が膨大だ。炸裂すれば、俺の《《空間掌握魔法》》と《《同程度の効果を発揮する》》であろうほどに。
「まずはお前を無力化するぅ! 空間術式展開ぃ! 発動せよ、魔力封じの結界よぉ!」
見上げら頭上。ハヤトが言葉を発すると、それは起動し、赤い宝石が真っ白に見えるほどの光量を発しながら、弾けた。
すると、準備していた魔法が突然消失し、次いで魔力が練れなくなってしまう。
「これは!?」
魔力封じの結界。書で読んだことがある。
もっとも魔王領に近い場所にある人間の国――ラルドクルス連邦。小規模国家の集合体であるその国の保有する古代遺産の中に、そういう効果を持ったものがあると、そう記されていた。
用途的には魔王軍が侵攻して来た際に、防御壁として展開し、魔王軍の戦力を大幅に減衰させることに使われているとのことだけど。それをどうして彼が使っているのかがわからない。
とにかく、この古代遺産の効果範囲では、一切魔力を使うことができないのである。
俺が得意とする魔法はもちろん。魔力を使った身体強化も、この効果の前には無意味。そんな隠し玉を持っていたとは、露とも思はなかったけど。それはあくまで国家保有の古代遺産だからで、それを他国の勇者であるハヤトが使用するなど、想定外もいいところ。
とはいえ、使われてしまったからには何らかの打開策を考えなければなるまい。
ハヤトは頭の切れる男だ。自分の力を減衰させるような真似はしないだろう。となれば、俺が戦力外になってしまえば、彼とウィルテイシアの一騎打ちに逆戻り。
彼の眼帯の奥に何が隠れているかわからない状況で、それはよくないと、俺の本能が告げている。
「ウィルテイシア! 魔力を封じられて、今の俺は役立たずだ! すぐに打開策を考えるから、少しだけ耐えてくれ!」
俺が声をかけると、彼女はハヤトへの警戒を解かないまま、声にだけ反応を返してくれた。
「こんな男程度、私一人でも……、とは思うが! 他でもない貴方がそう言うなら、そうしよう!」
そう言って、彼女はハヤトへの攻撃を再開した。
そこまではいい。問題はそこからの流れ。
結論を言えば、ウィルテイシアはハヤトに対して攻め切れないでいる。恐らくだが、ウィルテイシアは精霊術が使えないだけで、体内魔力の運用による身体強化自体は身につけていたのだろう。
それを封じられたから、彼女の身体能力は大きく減退し。一方で魔力封じの影響を受けていないハヤトは、その能力強化を存分に使うことで、彼女と同等以上に戦えている状態だ。
(まずい……。押されているとまでは言わないけど、向こうには何か切り札のようなものもある。ウィルテイシアが動きを止めたら、迷わずそれを使うはずだ……)
その切り札の正体がわからないから、俺としても対応が決められない。
ハヤト自身の言葉から、その秘めた切り札が、魔眼などによる精神干渉の類なら。魔導士としてその手の耐性も鍛えてきた俺には効果がない。しかしそれが、石化や即死の類の状態変化だった場合は、今の俺では完全に防ぐ手立てがないのも事実。もしそうなら、俺が下手に介入すれば、俺ごと相手の術中にはまる可能性を捨てきれないのである。
かと言って。急に身体能力が落ちたことで動きにブレが生じている今のウィルテイシア一人に戦わせるのは、はっきり言ってリスクが高い訳で。
拮抗よりやや劣勢と言うべき現状。時間的猶予は、あまりない。
(どうする……。俺は何をすればいい……)
ここで俺が暗器として飛び道具の一つも持っていれば、また状況は違ったのだろうけど。それはないもの強請りをしているだけ。
もっと堅実で、確実で、絶対的な対処法を見出さなければならないのに。口惜しくも時間ばかりが過ぎていく。
(あ~っ、もう! こんなことなら近接戦もウィルテイシアに稽古つけて貰えばよかった!)
と、今更考えたところで無駄な話。
今はただ。着実に優勢になっていくハヤトと、徐々に押されて行くウィルテイシアの悔しげな顔を、見続けることしかできなかった。
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