第四十二話 あの頃とは違う
こんなことではダメだと。俺は自分を奮い立たせた。
ここで俺が折れてしまっては、ここまで引っ張り上げてくれたウィルテイシアに申し訳が立たないし。彼女に抱き始めていた感情を、ふいにすることになってしまう。
それではウィルテイシアに対して失礼が過ぎるだろうと。
俺はきっとハヤトを睨み返した。
ここで、ふと気づく。
ハヤトは右目に見慣れない眼帯をしていて、その奥には何か魔力がこもっているような気配があった。
(何だ? 俺と別れてから、ハヤトに何があった?)
こうして魔力の流れが見て取れる以上、ただの負傷ということはあるまい。そこにはちゃんとした意味があって、必要があるから、眼帯で覆い隠しているはず。
「少し見ないうちに男前が上がったじゃないか。その洒落た眼帯は、どこで買ったんだ?」
師匠ならこんな風に違いないという言葉をチョイスして。あえてそれを投げかけた。
そこには褒める意図などないことは、向こうも百も承知の上で。
それでもこちらの会話に乗ってくれる。
「シルベイルに寄ったんだ。そこにいた露店の店主が偉い美人でおだて上手でさぁ~。乗せられるままに買っちまったよ! まぁ、そのあとでその女店主も食ってやったんだけどなぁ?」
相変わらずの無法者という訳か。
最初は生真面目でそんなに悪いことができるようなタイプではなかったのに。俺との一件があって、彼は変わってしまったんだろう。
俺のせいと言えば俺のせいかもしれない。でも、その責任を負うつもりは毛頭なく。
あの時の俺は、あの時の俺なりに最善を尽くしていたのだから。それを認めずして、俺は前に進むことはできない訳で。
「フィオナがいるのに、他の女にも手を出してるのかよ。どうしようもないな」
「俺は勇者様だぜ? 俺にすり寄りたい女はいくらでもいる! フィオナも女店主もその一人だったってだけだ!」
以前とは別の意味で、心が冷めた。
他人の恋人を奪っておいて、よくもぬけぬけと言えたものだと。
それに、どんな経緯であれ。恋人以外の男に靡いたフィオナとて、俺が許してやる道理はないのである。
であれば、ここは衝突する以外に道はなく。それを止めるような人間はこの場にいない。
ふと見れば、ウィルテイシアも嫌悪感を隠す様子がなく。俺を蔑ろにした勇者パーティーに、今にも飛び掛かろうという気構えでいることが見て取れた。
「ライオット。これ以上、言葉を尽くす必要はなかろう? 私はこいつらは好かない。貴方が、これ以上は相手をしないと言うなら従うが。気持ちとしては叩きのめしてやりたいぞ?」
「そういう意外と好戦的なところも、ウィルテイシアの魅力だよな」
「……そういう一言は余計だ! ライオット!」
俺の言葉に頬を染めるウィルテイシアを見て、ハヤトは苛立たし気に舌を打った。俺が女性と親しくしているのが、よっぽど気に食わないのだろう。
「勇者パーティーを追放されたろくでなしのお前が、そんな美人のエルフと一緒にいるなんてよぉ~。許されないよなぁ~! 許されていい訳がないよなぁ~!」
「お前の許しなんて必要ないだろ? 俺はもう勇者パーティーの一員じゃないんだから」
そう。俺が彼の指示を受け入れる必要はない。そんなものは過去に捨てて来た。
「なら、そのエルフは俺に差し出せよぉ! お前だってアルガトラム人なんだぁ! 自国の勇者に貢献するのは国民の義務だろうがぁ!」
「知らないな。勇者パーティーを追放された時点で、俺に帰るべき国はない。俺は俺のやりたいようにやるし、生きたいように生きる」
どこまでも自分のことしか考えていないハヤトには嫌気が差す。
そしてそれは、ウィルテイシアも同じようで。
俺とウィルテイシアの心は、今この瞬間、確かに通じ合っている。
「ライオットは私の旦那様になる男性だが、私は所有物になる訳ではないんだ。だから、お前の言っていることは道理に合わないぞ。アルガトラムの勇者よ」
「お前も口答えするのかよぉ! 俺は勇者なんだぞぉ! この世界を救ってやるんだから、少しくらい美味しい思いさせろよなぁ!」
ウィルテイシアに対しても、どこまでも無礼な振る舞い。
もちろん彼女が伝説の大英雄だとは知らないのだから――。
いや。知ったところで、より欲しがるだけか。彼がそういう男なのだということは、過去の経験から痛いほど知っている。
金目のものに目がなくて、女好きで、自分勝手。それがたまたま上手く噛み合っていたから、勇者として遜色ないように見えただけ。一皮剝けば、彼も一人の人間に過ぎず。軽々しく人に明かせないような後ろ暗い感情だって持っている。
それが最悪の形で結実したからこそ、俺たちパーティーは破綻し、俺は心を壊されて。
だけど、その先にこそ現在があって。俺は、ウィルテイシアに出会うことができた。
なればこそ、今度こそ大切なものを守らねばなるまいと。俺は決意を固める他ない。
「お前の自分勝手な要求は聞き飽きたよ、ハヤト。もういいから、ここでケリを付けよう」
俺は背負っていた杖に手を伸ばし、あえてクルクルと回してから構えた。相手を挑発することが目的の、ちょっとしたパフォーマンス。
それは、ハヤトも同じようで。左腰に差した剣を抜くと、二、三度振り回して地面に痕を刻み。そして俺に向けて構えた。
「やっぱり生きてるだけで目障りだわ、お前ぇ。ここで徹底的に心を折って、それから最大限の苦痛を与えてから殺してやるよぉ!」
刃物のような視線が飛んで来る。
常人であれば、それだけで立っていられなかっただろう。
しかし、俺とて死線を潜り抜けてきた身。この程度で怯む訳もない。
そうして視線を後ろにやれば、ハヤト以外のメンバーも、その気になっている様子。三人はハヤトほど、個人的に俺を憎んでいないだろうけど。ハヤトの障害になるのなら、勇者パーティーの一員として、俺を排除することを躊躇いはしないだろう。
俺に対して武器を向ける様は、俺が知っている彼らよりも洗練されていて。彼らの旅路が、いかに過酷であったかを伺わせた。
「前までの私たちと同じだと思わない方がいいわよ? ライオット。私たちだって、それなりに死線を潜って来たんだから!」
フィオナが杖を構える。その構えは以前よりも堂に入っており。俺が見知った弱々しさは残っていない。
ハヤトを筆頭に、フィオナ達も努力を重ねて来たのだろう。
そう感じるのに十分な圧力が、俺に向けられていた。ビリビリと肌を刺すような威圧感は、殺気と言っても過言ではない。
(流石は勇者パーティーって言ったところか。俺がいた頃とはまるで違う……。楽に勝てる相手じゃないな……)
相手は俺のことをよく知っている訳だし。ウィルテイシアが魔法戦力でないことも、直感的に理解していると見た方がいいだろう。
お互いがお互いを知っているからこその緊迫感。
向こうの戦力が俺の知る頃よりどの程度上がっているのかわからないけど、少なくとも数では不利。
弓使いであるアレクの長距離支援攻撃と、隠密であるティオの無音の暗殺攻撃は厄介で。それを補うフィオナの支援魔法もそうだし。戦闘の主軸として十二分の実力を持ったハヤトが相手。
因縁がなかったら、絶対に戦いたくない組み合わせだ。
それでも、俺はこれから先の平穏を得るために。彼らと戦わなければならない。
「死線を潜って来たのはこっちも同じだ。二人しかいないからって舐めるなよ?」
自陣に目を向ければ。ウィルテイシアもその気でいるのだから。機は熟したと言っていい。
「相手が何人でも関係ねぇよぉ! お前を殺してぇ、そのエルフの女は貰う! それだけだぁ!」
「おお~、怖いね。そうならないように、俺は俺で全力で抵抗させてもらうよ」
それぞれの視線が交差する。
空気が震え、風は凪ぎ束の間の静寂が、場を支配した。
「せいぜい情けない声で鳴いて俺を楽しませてくれよぉ!? ライオットぉ! 簡単にくたばられたら、俺の気が晴れないからよぉ!」
「そっちこそ! 無理やりにでも土下座させて、でこが割れるくらい地面に擦り付けさせてやるよ! ハヤト!」
そうして始まる。俺とハヤトの闘争。
実際に勝利の女神とやらがいるのなら。彼女はどちらに微笑むのかと。
そんな風に考えながら。並列思考で魔法式を並べた俺は、無詠唱で大量のファイアボールを、勇者パーティー連中に叩き込んでやった。
第三章 了
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そして、作者はただいま第二部の第一章を執筆中です。更新頻度がどのくらいになるかはまだ未定ですが、まずは第一部を楽しんでいただければと思います。
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