第四十一話 勇者パーティーの旅路③
露店を回って、プレゼントの内容を吟味する。
(フィオナは花が好きだから、花束とか喜ぶと思うんだけど。旅を続けている以上持ち歩く訳にはいかないし……。そう思ったら実用品とかの方がいいかな……)
ふと視線を横にやると、そこに出ていたのは装飾品を売っている露店。並んでいるのは指やピアス、ネックレスやブレスレットの類だけど、ここにあるのはただのアクセサリーではない。
「魔法効果の付与されたアクセサリーか……」
俺がぽつりと呟いたのを、露店の店主は聞き逃さなかったらしい。
すぐさま俺の方を見上げて、立ち止まるよう声をかけて来た。
「お、お客さん。旅の人かい? どうかな~、一応それなりの一品を用意させてもらってるつもりなんだけど……。ひとつ見て行っちゃくれないかい?」
目を見てそう言われると、簡単に断りづらい空気になると言うもの。俺は仕方なく、真っ先に目についた指輪を手に取る。
「……これは。魔力回復効果の付いた指輪か」
「おっ!? お客さん魔導の知識があるんだね~。その通り! こいつはウィンガル帝国で作られた一品さ! ウィンガル製と言えば、安くて良質! おすすめの一品だぜ?」
ウィンガル帝国。ベガリア大陸の北西にある人間の国家で、ここアルガトラム王国に比べて魔大陸に近いこともあって軍事産業が発展した国だ。国同士が大手を振って交易している訳ではないが、行商人を通じて物は入って来る。
確かに。ウィンガル帝国製なら費用対効果が高いで有名。普段使いは元より、お守り代わりに人に贈ることも多いと聞く。これならばかさ張らないし、何より魔力回復効果なら、魔導士にとってはあって困るものではない。
「それじゃあ、プレゼント用と言うことで一つ貰おうかな」
「毎度あり~! あれですかい? こういう感じの?」
店主が小指を立てて見せる。確かウィンガル帝国辺りで、彼女とか奥さんとか、いい人を表すジェスチャーだったか。
「まぁ、そういう認識であってるよ。そう言うことだから、入れ物も一緒に貰えるとありがたいんだけど」
「はいはい! ちゃんとご用意してございますぜ!」
小脇の木箱から指輪用の入れ物を取り出し、俺が指定したサイズの指輪を中に納めてくれる。箱付きでもそれほど高くないという辺りは、流石ウィンガル製と言ったところか。自由に使える金銭は少ないので、正直助かる。
そういう訳で宿屋に戻った俺。
できるだけ雰囲気を作りたかったので夜を待って、俺は彼女の部屋の前に立った。この時間なら、フィオナは部屋で本でも読んでいる頃だろう。
「フィオナ、ちょっと話がるんだけど――」
そう言って扉を開いて見えた先。
そこではフィオナがハヤトと、ベッドの上で裸で抱き合い。まるで何回も致した直後であるかのように汗だくで、仲睦まじげにキスを交わしているところだった。
フィオナの身体に付いた白濁と、ベッドのシーツに染み付いた汚れが。そこで何があったかを十全に物語っている。
「……え?」
頭が真っ白になった。
どうして、フィオナとハヤトが、こんな――。
(裸で、ベッドの上で、抱き合って、キスをして……。明らかに何回もした後で……。それから、それから……)
その場を動けず、声も発せなくなっている俺に気付いたハヤトが。いやらしい笑みを浮かべて俺に言う。
「悪いな。こいつはもう俺の女だ」
その言葉を受けて、頬を赤らめるフィオナ。それは言葉こそなかったが、間違いなく肯定の意味を含んでいて。
俺はその場に膝をつくことしかできなかった。
(どうして? いつから? いや、ここは二人を問い詰めるべきか?)
吐き気が込み上げる。しかしここで吐くのはいくら何でも醜態が過ぎるし。何よりフィオナにも、宿屋の主人にも迷惑だ。
喉元まで込み上げて来ていた夕食の未消化物を、何とか飲み込んで。でも、震える手からは指輪の入った箱が落ちて。
そんな俺を見て、彼女は気まずそうに顔を背ける。
「ごめんなさい、ライオット……。でも、あなたも悪いのよ? あなたってば、ずっと鍛錬だの魔導の研究ばっかりで。私、寂しかったんだからね……」
「……そんな。冗談だろ?」
心は苦しみ、傷つき、怨嗟の叫び声を上げて。しかし師匠から叩き込まれた冷静な思考が、激しく警鐘を鳴らした。
この状況はよくない。
どうにか。どうにか理性的に解決しないと。
俺たちは勇者パーティーで。俺は勇者パーティーの一員なんだから……。
「なぁ、フィオナ。嘘だよな? だって俺たち、いつか二人で力を合わせて世界を救って、家族になろうって。そう約束したじゃないか……」
「……いつまでもそういうこと言ってるところも重くて、正直飽き飽きしてるの。それに、ハヤトの手柄をいつも横取りして。勇者より黒魔導士が目立ってどうするのよ」
氷のような視線。感情のこもらない、冷たい声。
温厚な彼女から発せられたとは思えない、その言葉が。俺の知らない彼女の一面が。俺を凍えさせるには十分で。
幼くして故郷を失ってからずっと隣にあった、あの温もりも。あらゆる苦悩をどうでもよくしてくれるような、あの暖かな微笑みも。もう見られないのだと。永久に失われたのだと。どうしようもなく、はっきりと、それが伝わって来た。
「最高だな~、お前のその面ぁ~! 俺はお前のそういう顔が見たかったんだよ!」
ハヤトの笑い声が耳触りで、胸が痛くて。
ハヤトが浮かべている表情が憎くて、この状況が妬ましくて。
でも誰かに必要とされていなければ、俺は頑張ることができず。
何が起こっても何かできる訳でもない。どこにでもいるような、ただの凡人でしかなく。
「そういや、アレクとティオは、お前がいつ気付くか賭けてたぜ? 旅に出る前だから、勝負はアレクの勝ちだな~」
他の仲間からも疎まれていたのだという真実も、かえって俺を冷静にさせる材料にしかならなくて。
結局。師匠に磨かれた、どんな状況でも冷静でいられる頭は、この状況をどうにかできまいかと。必死に自分を俯瞰して、他人事にして。俺自身を徹底的に見下ろし続けていた。
「まぁ、アレクもティオも、お前の魔法に散々仕事を邪魔されてた訳だし? そうなっても仕方ないよなぁ~!」
見下されることで生じる無力感。見放されることによる絶望感。それらは俺の心で混じり合い、深淵の闇を煮詰めてできたような汚泥となって、その勢力を拡大していく。
「……そういう訳で。お前クビ、な? もうついて来るなよ? ウザいから。あ、装備品は置いて行けよ? あれは勇者パーティーの財産だからなぁ! ああ、あの杖と、例の魔導書だけはくれてやるよぉ~! どうせ俺たちには必要ないし、売ったって金にならねぇもんなぁ~!」
そのハヤトの一言で、俺は。
俺の冷静な頭は、戦略的な一時撤退を選択し。
結果として、宿を飛び出していた。
最低限の荷物と。遺跡探索で偶然発見したものの、売り物にならなかった用途不明の杖のような古代遺産と。結局解読できなかった古代文字で書かれた魔導書だけ持って。ハヤトに言われた通りに。
そうすることが、あの状況から俺の心を守るための最適解で。最善の行動だったのだと。
自分の心に、そう言い聞かせながら。
走る。ただ走る。
生きる目的もなく。
死に場所を選ぶ訳でもなく。
ただ身体が動くまま。
衝動に突き動かされるまま。
遠くへ、遠くへ。
少しでも彼方へ、自分の心を退避させるために。
真っ直ぐ、真っ直ぐ。
途中で出くわした魔物は、逐一魔法で吹き飛ばしながら。周囲への影響など考えもせずに。
そうして俺は、一人ぼっちになった。
生きる意味を無くし、それ故に死ぬことにも価値を見出すこともできない。生ける屍として。
二度とこの呪いは解けないのだと。
自分に言い聞かせて。
納得したつもりになって。
でも心は我慢が出来なかったのか。
ふと立ち止まって、そこが森の中なのだと気が付いて。
誰もいないことに安堵と寂しさを感じ。
力いっぱい。
目いっぱい。
腹の底から息を絞り出して。
胸の内から溢れてやまない汚泥を、大声に変換して。
精一杯の叫びとして吐き出した。
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