第三十七話 北へ
ウェンディーヌにしっかりと礼を言い、神殿をあとにした俺たちは、一路北に向かっていた。
オーランド大陸を北上し、海を越えたその先に魔大陸は存在している。
長きに渡り魔族が支配する、人類未開の地。魔王討伐後のその地を欲するものは多く、今尚、魔王討伐競争は続いているのだろう。現段階でどの種族の、どの陣営がどこまで行っているのか。それを知る術は、俺たちにはない。
さりとて、ウィルテイシアが魔族の根絶を目的としている以上は、魔大陸を目指すことになる訳で。しかしオーランド大陸は縦に長いので、縦断するのも一苦労。
そういう訳で、途中にある人間の町に立ち寄ることにした。
この辺りは確か、ルイスハーデン共和国の領土だったはず。ルイスハーデンは比較的トップが温厚な性格で、交易も盛ん。ここ――イルラムの町も人で賑わい、いくらか異種族の行商人も目にするくらいだ。流石は世界有数の交易国家と言われるだけのことはある。
「しばらくここに滞在して、一度、ここから北の情報を仕入れようか」
「そうだな。異論はない。この国ならば、比較的私も過ごしやすいだろうしな」
情報を求めて街を歩いていると、ふと貴金属を扱った露店を発見する。飾りっ気はないが、しっかりと純度の高い貴金属を扱っているようで、それなりに人が集まっている様子。
「あそこの店、ちょっと見てみないか?」
俺はウィルテイシアに提案する。今までの俺なら、彼女の財布におんぶに抱っこだったのでこんなことは言い出せなかっただろうが。今はウェンディーヌに貰った希少な宝石の類をいくつか持っているので、換金すればそれなりの金になる。
俺はウィルテイシアの答えを待たず、店主に話しかけて、もっていた宝石の内、二つの換金の交渉を始めた。
「これとこれ、ここで換金できるかな?」
「あ~、はいはい。一応宝石鑑定の資格も持っているんで、対応は可能ですぜ?」
さすがは交易都市に店を構えるだけのことはある。俺は早速、宝石を店主に手渡し、鑑定してもらった。すると――。
「……だ、旦那! こいつを一体どこで!?」
「とある伝手で、ちょっとね。売り物になるかな?」
「もちろんなりますとも! こいつはそんじょそこらではお目にかかれない上物だ! 本当にうちに流していただけるんで!?」
「まぁ、それで全部じゃないし。買い取ってくれるなら、おたくの扱ってる商品も拝見させていただこうかな~と」
「そいつぁ、ありがたい話ですわ! 誠心誠意、いいお値段を付けさせていただきますよ!」
鑑定士としての血に火が付いたのか。店主の眼には炎が宿っているかのようだった。
待つことしばし。提示された金額は、俺の予想をはるかに上回っていて。ちょっと気が引ける感じになってしまう。
「そんなに高額つけてもらっていいの? 赤字にならない?」
「いやいや! これらは粗削りですが、超一級品の代物ですぜ!? ちょいと加工して装飾品にすれば、金持ち連中にだって売れますよ! それで採算もばっちりだ!」
「……そう? ならそれでお願いして、一番いい指輪を見させてくれないか? 結婚指輪にしたいんだ」
「お安い御用でさぁ~! ちょっくら待ってておくんな! とっておきの一品をお見せするんで!」
そう言うと店主は、イス代わりにしていた木箱を漁り始め、何やらけったいな箱を取り出す。「どうぞ」と見せられたその中身は、それはもう見事という他ない貴金属製の指輪だった。
「これ、ルナライト鉱石か?」
「さっすが旦那! お目が高い! バルムンド産で、かつ最高純度の一品ですぜ?」
バルムンド公国と言えば、セルベイル聖王国傘下にある、鉱山国家で有名な国だ。いくつもの金属鉱山を有しており、世界に流通しているほとんどの貴金属は、ここで採掘されたものと言っていい。
「そんないかにも高そうなやつ、さっきの俺の換金額で足りる?」
「いやいや! ペアで買っても、むしろおつりが出るくらいでさぁ~。こんな上物の宝石に出会わせてもらったんだ! その辺もサービスしますぜ?」
「ああ~いや、あまり物を渡されても旅の邪魔になるからな。余った分は取っておいてくれていいよ」
「いいんですかい!? ずいぶんな額になりますよ!?」
「数日ここに滞在するのに困らないくらいで返してくれればいいよ。あとは俺の気持ちとして受け取ってくれ」
「はぁ~、旦那はよくできたお方だ。そういうお人柄だからこそ、こういう貴重な品も自然と集まって来るんでしょうな~」
「おだてても何も出ないよ?」
「いやいや、滅相もない……。本心ですぜ?」
そういう訳で、店主との交渉が済んだので、ウィルテイシアを呼んで指輪を吟味する。彼女はその指輪の美しさに目を輝かせながら、一つ一つ手に取って、じっくりと厳選していた。
「ライオット、これなんかどうだ? 見た目はシンプルだが、これならば常時つけていても戦闘に支障がなさそうだ」
「どれどれ?」
ウィルテイシアのきれいな手の上に乗った指輪を眺める。高純度のルナライト鉱石は、光を当てると向こう側が透けて見えるかのような光沢をもっているのが特徴。月明りで照らすと淡く光るように見えるから、この名がついたのだとか。この指輪も例に漏れず、大層澄んだ色をしていて、かつデザインもくどくない。
「お、いいんじゃないか? ウィルテイシアの白い手にも似合いそうだ」
「お~お~、奥さんの方もお目が高い! エルフのお嬢さんとは珍しいが、こうして旦那と並ぶとお似合いですぜ?」
「……まだ結婚はしていないんだ。そう言うのは、いずれ時が来た時に――」
「旦那~。いいお相手を見つけましたね~。こんなにお似合いのお二人が身につけてくれるなら、この指輪も喜ぶってもんだ」
ウィルテイシアの言葉を遮るように言い切る店主。本心から言っているのか、商売上手なだけか。それはわからないが、そう言われて悪い気はしない。俺はそれぞれのサイズに合う指輪をいただくことにして、店主に伝える。
「店主、これで頼むよ」
「わかりやした。箱入りますかい?」
「いや、ここで付けていくから包装はいいよ」
「わかりやした。それじゃあ最後に、お二人の名前を刻みましょう? 結婚指輪、なんですから」
「そんなサービスまでしてくれるの? 専門の技師が必要なんじゃない?」
「それくらいやってこその、ルイスハーデンの商人でございやすよ?」
そういうことなら、と。名入れをお願いして。
それぞれの指輪の内側に『ライオット&ウィルテイシア』の文字が、共通語のアルファベットで刻まれる。文字のデザイン性も高く、なるほどこの店主はいい仕事をすると感心させられたほど。
ともあれ指輪は完成し、俺の方に小さい指輪、ウィルテイシアの方に大きい指輪が渡された。
「せっかくの門出だ。ここで指輪交換もして行ってくだせぇ」
店主がそういうので、俺たちはこの場で指輪を交換し合う。
まずは俺がウィルテイシアの左手の薬指に。彼女の指にはまった指輪はちょうどよいサイズで、店主の目利きの鋭さが際立っていた。
「綺麗だよ、ウィルテイシア」
「ありがとう、ライオット。それじゃあ――」
今度はウィルテイシアが、見様見真似で、俺の左手の薬指に指輪をはめる。こちらもぴったりサイズ。あの短時間で、よくサイズまで見分けたものだと感心する他ない。
「やはりライオットの手は大きくて逞しいな。私はこの手が大好きだ」
「ありがとう、ウィルテイシア。俺も、君の使い込まれた美しい手が大好きだよ」
お互いにお礼を言い合って、それから少しはにかんで。束の間、二人だけの世界に入っていた訳だが、店主の大声で現実に引き戻される。
「いやはや! お似合いの二人だ! こりゃ神様にも祝福されるってもんだ! これでお二人の絆は、未来永劫、時すら超えて保たれるでしょうぜ!」
「流石にそれは言い過ぎじゃないか?」
「それくらいお似合いと言うことですよぉ!」
まさかこの言葉が、本当に意味を持つことになろうとは。この時はまだ、想像すらしていなかった。
こうして、無事結婚指輪を購入した俺たちは、この国から北の情報を仕入れるため、魔物狩りを生業にしている連中を目当てに、酒場を回って行く。
いきなり情報は手に入る訳もなく、初日は空振りになってしまったが。どうしても急がないとならない訳でもない。少なくとも、まだ各国、各種族の勇者たちが魔大陸に向けて出港したという情報は、回って来ていないのだから。
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