第三十六話 束の間、心安らかに/sideウィルテイシア
ウェンディーヌの乗せられた形で、ライオットと湯あみをすることになってしまった。
(あの場ではああ答えるしかなかったとは言え、男女で湯あみなど……)
そこまで考えて、私は服を脱ぐ手を止める。
そう。湯あみをするとなれば、当然裸になる訳で。入る前に見た湯の張られた堀のサイズは、大体二メートル四方くらい。底が丸く削れているので、実際はもう少し狭く感じるだろう。
(そんな場所に、ライオットと、二人で!?)
私の頭の中に、ほわんほわんとイメージが浮かんだ。
イメージの中では、私が先に湯を楽しんでいて、心地よい湯の感触を確かめながらゆったりとしているところに、ライオットがやって来る。
『ウィルテイシア。隣、いいか?』
『あ、ああ……』
そうして寄り添うようにして、二人は湯に浸かり。
そうして心も体も温まってきたタイミングで、ライオットが積極的になって――。
「ああああああっ! なしだ! それはダメだ! いや、ダメではないのだが! 嫌ではないのだが! 心の準備と言うものがだな!」
誰にともなくいい訳をしていると、いつの間にか傍にウェンディーヌがやって来ていて、私のイメージを覗き見たのか、いやらしい笑みを浮かべている。
「ほう……。そなたはそういうシチュエーションがお好みか? いいの~。青春というやつじゃな~」
「あ、いや、これは、違うんだ! ライオットがそうしそうではなく、私がそうして欲しいだけというか! ああ、いや!? これで合ってるのか!?」
私の反応が面白かったのだろうか。ウェンディーヌはコロコロと笑いながら、私の頭に手を置く。
「よいよい。欲を持つのは悪いことではないぞ? そなたのような年頃のエルフであれば、このような状況に置かれれば、普段は希薄な繁殖欲求も高まるじゃろうて。それに、相手があの類稀な才を持つ男の子とくれば、それはもう致し方なし。大人しく身も心も差し出すのが、女子の務めというものじゃ」
そこに関しては同意しかない。ライオットは実に優れた魔導士であり、同時にこれ以上ないくらいの善人で、真面目で実直だ。そんな素晴らしい男性と出会えば、女であれば誰しも恋に落ちようと言うものだし、それを止める手立てがないことは、私にだって理解できる。しかし……。
「ライオットを評価してくれるのは嬉しいが、私とライオット間に割り込もうとするのはいただけないぞ!」
「そんなことで怒っておるのか? 心の狭い女子じゃなぁ。あれは英雄の器じゃぞ? そう出会えるものではない。なればこそ、女なら強い男の子の子孫を残したいと思うもの。正妻のお前が狭量では、ライオットの子孫の繁栄につながらんではないか」
「せ、正妻!?」
「そうじゃろう? 違うなら、わらわがその地位を貰うが?」
「そ、それはダメだ! ライオットの隣は私のものだからな! そこは譲れない!」
「じゃろう? じゃから、妾を囲うくらいの甲斐性をライオットの持たせてやっても良いのではないかと言うておる」
「……で、でも。それはライオットが私以外の女に……。その、愛の営みをするということだろう? それは、その……。気持ちがざわつくから嫌だ……」
「妾に正妻の座を奪われると、そう危惧しているということか? そんなもの、そこらの獣にでも食わせておけ。ライオットのそなたへの想いは固い。それ揺らがせる女子など、そう簡単には現れぬよ。もしそうなりそうでも、そなたがしっかりと彼の者の心をしっかと掴んでおればよい話じゃ」
「それができるかわからないから、こうして悩んでいるのだろう?」
いくら言の葉と重ねたところで、私とライオットはまだであったばかりで。積み上げて来た時間も思い出も少ない。
そこに横から別の女性は飛び込んで来て、彼との濃密の時間を過ごされてしまったら、私と彼の絆など、軽く上回ってしまうのではないかと。
「う~む、これは過去のトラウマが原因かの? 少々卑屈が過ぎる……」
ウェンディーヌは少し考えるような素振りをしてから、改めて私に言った。
「そんなに自信がないのなら、正妻の座はわらわに譲れ。そうすれば、一番に愛される覚悟などせずともよい」
「それは――!」
ウェンディーヌは反論しようとして私の唇にポンと指を押し当て、それを遮る。
「そういうことじゃ。そこで反論が先立つという時点で、そなたの中には一番に自分を愛して欲しいという想いがある。それを蔑ろにして、自らの立場を決めるなど、どちらにせよ後悔しか残るまい?」
そういった彼女の顔には慈愛が満ちていて、まさに生命の母とも言うべき貫禄があった。
なるほど、これが古代から生きる精霊と言うもの。私などの人生経験では遠く及ばない。それをまざまざと示してくれる。
「そなたが彼の者を導き、ここまで掬い上げた。それが全てで、彼の者がそなたを妻に選ぶ理由としては十分じゃ。後のことは全て些事。いくら考えたとて詮無きことよ」
「……詮無きこと。考えるだけ無駄なのか?」
「力ある雄に雌が惹かれる。自然界では当たり前のことじゃ。人間もエルフも、獣人も精霊も、それは皆同じ。全ては自然から生まれたもの。その在り方は多少違えど、根本的には変わらん。誰もが必死なのじゃよ。より良い未来を掴もうと、な?」
より良い未来。そう言われるとわからないでもない。
私は将来的に魔族を撲滅したいと考えている。しかしそれが、ライオットが生きている間に叶うとは限らない。もしかしたら、彼の子や、孫の代でも叶わないかのしれないのだから。
しかし、そういった未来に、彼の強さと意思を継いだ子孫がいれば。私の夢の達成に大きく貢献してくれるはず。
それが私一人の子だけでなく、ウェンディーヌを始めとした精霊や、獣人、その他の種族との間にライオットの子がいれば、それは圧倒的戦力となって、ことを押し進めてくれるだろう。そう考えれば、ライオットが複数の女性を妻に迎えることは、私の目的には沿っているではないか。
しかし――。
「いいや、やはり私はライオットと二人がいい! 他の誰かが入るのは、個人的に好かない!」
「そんなことを言っておると、将来足元を掬われるかもしれぬぞ? それはきっと、つらい選択をそなたに強いるじゃろう……」
「その時はその時だ! 少なくとも、それは今じゃない!」
そうだ。今発生していない問題を、今考える必要はないではないか。それに気づけば話は早い。さっさと覚悟を決めて、ライオットの下に向かわなければ。
「頭が固いの~。そんな未来も、もう遠くないかも知れんというのに……」
ウェンディーヌの最後の一言はよく聞こえなかったが、私は覚悟を決めて、服を脱ぎ去る。
それから自分の身体に変なところがないかを確認。
髪の毛、乱れなし。
暗器でしっかりとまとめて、湯につけないようにした。変に湯につけると手入れが大変だからな。髪の質感は大事だ。ごわごわでは美しくない。
身体、目立った傷はなし。
大きな傷はライオットが治癒魔法などで直してくれているので、あとは残っていない。流石に昔の傷は多少残っているが、それは私にとっての勲章でもあるから、そのままでいいだろう。恥じることなどない。
胸、いつも通り張りがある。
戦闘ではちょっと邪魔だけど。彼と出会ってからはそう悪いサイズだと思わないようになった。男性は大きな胸が好きだと聞くし、ライオットも時々チラチラと見ているからきっと大丈夫。
手足、多少使い込まれている感は否めないが、見た目が悪い訳ではない。
普段から手入れはしているし、我ながらきれいな手足だと思う。手の平には剣マメがあるが、それも私にとっては強く在ろうと生きてきた証だ。よって問題なし。
(……最終チェック。オールクリア!)
気合を入れるために、一度深呼吸。
「……よし!」
私は準備万端で、既に湯に浸かっているライオットの方に向かう。
身体を隠せるものが、彼から借りた手ぬぐいしかないのが困りものだが。ないものを強請っても意味がない。
できるだけゆっくり。動きから生じる風で、手ぬぐいが捲れてしまわないよう、ゆっくりと。
私はライオットの傍まで来てから、そっと彼に声をかける。
「ま、待たせたな。ライオット……」
先に湯に浸かっていた彼が振り返って。真っ先にその視線が行ったのは、私の胸の辺りだった。
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