第三十五話 束の間、心安らかに
俺の返答には多少納得いかなかった様子だったけど。
ウェンディーヌはそれほど気にした風でもなく、次の話題に移った。
「そういえばそなた様よ。精霊石を持っておるじゃろ?」
「ああ~、うん。持ってるけど……」
「貸してみよ。その石にわらわの力を注いでやろう」
「そんなことできるのか?」
「できるぞ? ただ、精霊石は脆いからの。使えるのは一度きりじゃ」
俺が精霊石を渡すと、ウェンディーヌは両手で包むようにそれを持って、目を瞑る。
すると、青い光が彼女の身体から発せられて、それが精霊石へと収束し、吸い込まれて行った。そうして出来上がったのは碧から青に変わった精霊石。元の属性が何だったのかはわからないけど、これは水属性がこもったと見ていいのだろう。
「では契約を結ぶぞ?」
「……契約?」
いきなり契約など持ちかけられれば、誰だって警戒しようものだけど。ウェンディーヌはそこも見越しているようで、すぐに説明を挟んでくれた。
「この精霊石を介して、わらわは、そこがどんな場所でも、一度だけそなた様に力を貸す。この身を地上に現界させるに当たり、使用者とのパスを作るための契約じゃ」
どうやらお互いの位置や魔力の波長を同期させるための契約らしい。
「……そういうことなら、お願いしようかな」
そういう訳で、ウェンディーヌの指示通り。彼女が作った魔法陣の中に立つ。
「心の準備はよいか? 効果は一度きりとは言え、仮にも大精霊と契約するのじゃ。邪な心を抱いてもらっては困るぞ?」
「それはこっちのセリフだよ。いいからやってくれ」
「うむ、それでは――」
周囲の音が消えた。
そこにあるのは、水の大精霊ウェンディーヌが放つ光のみ。やがて光は収束し、魔法陣へと流れ、その力が俺の足元の紋様を通して、俺の魔力回路に繋がる。
(不思議な感覚だ。ウィルテイシアと星婚で繋がった時ともまた違う……)
ウェンディーヌの魔力が俺の中に流れ込み、溶け、馴染み、一つになった
「わらわは結ぶ。彼の男の子。ライオット=ノールディとの間に、一度きりの約定を。彼の者が願いし時、この身を現世へと顕し、その力を振るうことを、ここに誓う。ライオット=ノールディ。わらわの誓いを受け入れるか?」
「……ああ」
「契約はここに結ばれた。たとえ、この契約が果たされようとも、わらわは永久に、そなたの行く末を見守ろう」
契約を終え、精霊石を受け取ると。そこには確かにウェンディーヌとのつながりを感じられる。それは魔導士としての俺としてもありがたい経験で。
「ありがとう、ウェンディーヌ」
「礼はよい。わらわがしたいからしておるだけじゃ」
俺のお礼を、ウェンディーヌははにかみながら、それでもしっかりと受け止めてっくれた。
「ところで、そなたらよ。先の戦闘で身体か冷えていよう? そこにちょうどそなた様の魔法の後に残った湯の溜まった窪みがある。温度はわらわが調節してやるから、二人で湯あみをするとよい」
突然の申し出。
確かに他に人はいないけど。それでも二人で湯あみとなれば、それは大ごとでしかなく。
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺とウィルテイシアはまだそこまでな仲じゃ――」
「では、わらわと湯あみをするか? わらわはそれでも構わぬぞ?」
ウィルテイシアに対して、挑戦的な笑みを浮かべるウェンディーヌ。
それに対してウィルテイシアが食って掛かることがわかっていてそうしているのだろう。案の定、彼女は耳の先まで真っ赤にしながら、その挑戦を受け入れてしっまった。
「ライオットは私の旦那様になる男性だ! 大精霊様とは言え、ポッと出の相手に初めての二人の湯あみを譲る訳にはいかない!」
そう言って、そそくさと服を脱ぎ始めてしまったウィルテイシア。ここで俺が水を差せば、場の収集がつけられなくなるのは目に見えている。
(まさか、そこまで考えてやってるのか?)
と、ウェンディーヌの方を見れば。したり顔の彼女がそこに居て、「いい仕事をしたじゃろう?」とブイサインを送ってきている。
「古代の精霊の癖に、どこでブイサインなんて思えたんだよ……」
ともあれ、ウェンディーヌの策略――もとい、気の利いた計らいによって、俺とウィルテイシアは、二人で湯あみをする流れになってしまった。
もちろん。ウィルテイシアが服を脱ぐ場所は指定させてもらった訳だが。
心地よい湯が肌になじみ、その熱がじっくりと体の芯に伝わっていく。
(こんな足を延ばして湯船につかるなんて。勇者パーティーに選ばれた頃に、王城で接待を受けた時以来だな……)
足を延ばして入れるだけの窪みは、先ほどの戦闘でウェンディーヌが刻んだものだけど。それそれでいい仕事だったと、この状況では思うしかない。
俺が先に気持ちよく久しぶりの風呂を堪能していると。後ろからウィルテイシアが声をかけて来た。
「ま、待たせたな。ライオット……」
ふと見ると、彼女は俺の手ぬぐいで辛うじて大事な部分を隠している状態。
「あ、ああ。入れよ。いつまでもそこにいたら寒いだろ?」
「そうだな……。隣、失礼する……」
チャポンと足から湯に入り、温度を確かめるようにしてから。追って全身を湯につけるウィルテイシア。髪は暗器の一つを簪のように使って、きれいにまとめられている。
普段は見えないうなじが色っぽくて、思わず顔を背けた。
「は~っ。これは、いいものだな。全身を湯につけるというのは初めてだが、悪くない」
「エ、エルフには、入浴の文化はないんだな」
「そうだな。もっぱら水浴びをするくらいだ。里を出てからは湯あみという文化を覚えたが……。全身を湯で包まれるこの感じは……。とても安らぐ……」
初めての感触に打ち震えている様子のウィルテイシア。俺だって慣れているほど風呂に浸かった経験などないけれど。それでもあのお王城で味わった至福の一時は、今でも筆舌に尽くし難い。
「……本当は、な。ライオット」
「ん?」
ぽつりと、ウィルテイシアが漏らすように声を発する。
「本当は、一目惚れだったんだ。私は貴方と出会った――貴方に敗れたあの瞬間に、生まれて初めて恋をした……」
それは初めて会ったあの時とは違う言葉で。でも、それが真実なのだと、やはり彼女の真っ直ぐな瞳の輝きが教えてくれる。
「私はどこまで行っても、生きるために必死で。自分が女であることなんて、生きていくうえで関係ないと思っていた。でも、貴方に挑んで、負けて。どこまで行っても私は非力な女性でしかなく。一方の貴方は、とても力強くて、逞しい。私の百分の一も生きていない貴方は。紛れもなく男性だった」
彼女が何を思い、長い時を生きて来たのかは。俺には推し量ることはできないだろう。俺が人間で、彼女がエルフである以上。そこには絶対的な寿命という壁が存在するのだ。
「力の差を思い知らされて、呆然として。でもどこか晴れやかで。清々しくて。それを与えてくれた貴方が、どうしようもなく魅力的に見えた。これが私の運命の相手なのだと。本気でそう思ったんだ……」
彼女のその純粋な瞳が、俺の向く。
「だから、あの場ではああいうしかなかった。いきなり結婚だなんて、我ながらおかしいとは思ったが……。それでも、あの時の感情は間違いではなかったんだと。今ならはっきり言える」
その吸い込まれそうな空色に目を奪われながら。俺は、彼女の言葉を待つしかなかった。
「ライオット。私は、貴方を愛している。心の底から、身体の隅々に至るまで。私の全てが、貴方を求めてやまない。だからこそ、改めて言わせてくれ……」
一瞬だけ口を噤んでから、それでも彼女は、勇気を振り絞るようにして、その言葉を紡いだ。
「私と、死が二人を別つまで――。いや。死が二人を別とうとも! 私とともに、私の隣で。ずっと私を、支えていてくれないか?」
それは俺の心にすとんと落ちて。
だからこそ、いつまでも後ろを向いていていい訳はないのだと。
「……それじゃあ、指輪を用意しないとな」
俺は彼女の想いに応えるべく、今紡ぎだせる精一杯の言葉で、それを口にした。
「……指輪? どういうことだ?」
どうやらエルフには結婚指輪という概念がないらしい。
そういうことなら、俺が知る限りの知識を持って、その魅力を語り。彼女にも俺の想いに共感して貰いたい。そんな欲求が芽生える。
「結婚指輪って言ってな? 人間の男女は結婚する時に、お互いに指輪を送り合うんだよ。変わらぬ愛を輪で表現しているとか、同じものを身につけることで夫婦の絆を確かめ合うとか。そういう意味があるらしいけど。単純に、お揃いの指輪をしていた方が、いかにも夫婦って感じでいいだろ?」
上手く伝わったという自信はない。それでも、これ以上ないという部分を切り取って、簡潔にまとめたつもりだ。これで伝わらなかったら諦めるしかないと、そう思っていると。彼女は目を輝かせながら、それに答えた。
「……それは、いいな! すごくいい! 結婚指輪か! 永遠の愛を象徴する指輪を交換することで、夫婦の絆を確かめ合う! こんなに素晴らしい文化を、人間は生み出したのか! 素晴らしい!」
あまりの興奮からか。ウィルテイシアは立ち上がってしまう。
もちろん今は入浴中で。お互いに何も身につけていないのだから。立ち上がったらどうなるかは、言わずもがなでしかない。
慌てて目を逸らしたけど、それはもう後の祭り。既にばっちり見えてしまった後だった。
何をしでかしたかは、彼女もすぐに理解したようで。すぐさま飛び込むように湯に潜ってしまったけど。
そんな彼女も愛らしくて、愛おしくて。俺は、彼女の隣に寄り添い、肩にそっと腕を回した。
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