第三十四話 勝利の対価と守護なしの真実
すすすと近づいてくる水の大精霊。近寄ってみると、なるほど整った見た目をしている。
(好みとしてはウィルテイシアの方が好きだけど、この人も綺麗っちゃきれいだな……。大精霊って、みんなこんな感じなのか? エルフみたいに美男美女しかいないとか……)
と、目の前の女性に対して失礼なことを考えていると。それは相手にも伝わったようで。彼女――水の大精霊は声高々に笑う。
「一途なのじゃな? だがそこもいい。知的探求心があるのも悪くないぞ? どうじゃそなた様、わらわを妾にせぬか? わらわは二番目でも一向に構わぬぞ?」
「な、何を急に! 先に彼を見つけたのは私だ! いくら大精霊様とは言え、勝手に話を進めないでいただきたい!」
俺と水の大精霊の間に、ウィルテイシアが割って入る。さりげなく俺に身体を押し付け、自分のものアピールまでしている始末。
(悪い気分じゃないけど、この状況は胃が痛いな……)
俺が苦笑いを浮かべるしかない状況でも、水の大精霊は相変わらずのマイペースで話を進める。
「エルフの娘も一途で純情と来たか。それもよい。星婚を契るともなれば、やはりそういう二人でなくては、な?」
水の大精霊から出た『星婚』の言葉に、食いつかざるを得ない。
「星婚って何なんだ? この魔導書に書いてあるのがそれっぽいんだけど、どうしても全部は読めなくて……」
俺は修復して使っているウィルテイシアに買ってもらったバッグから、例の魔導書を取り出した。
「ほう……。このようなものが、まだこの世に残っているとはな。魔族の思惑でとっくに失われたと思っていたが……」
「……魔族の思惑?」
きな臭い話である。俺は先を促そうと視線を向けるが、当の水の大精霊はどこ吹く風と言ったところ。
「その水の大精霊という呼び方はどうにかならんのか? わらわにもウェンディーヌという名があるのじゃぞ?」
どうやら、俺が頭の中で彼女の名前を呼んでいないことが気に食わなかったらしい。しかし、そういうことなら話が早いと言うもの。
「ウェンディーヌ。教えてくれ。星婚の意味と、魔族との関係を――」
俺はこれまでにあった出来事や、焔姫ヴィリュインテーゼの不思議な容姿について洗いざらい話す。するとウェンディーヌは、「なるほどの」と呟いてから、その先を語ってくれた。
「星婚とは、異種族同士の婚姻――、すなわち種の交わりを示す言葉じゃ。異種族同士の交わりについての知識はあるかの?」
「……獣の中には、稀に雑種と呼ばれる、近しい種族間にできた子供に双方の種族の特徴が合わさって出ることがあるというのなら……」
俺は、かつて書で読んだ内容をそのまま言葉にする。実際に雑種と思われる獣を目にしたことはないが、ヴィリュインテーゼがまさにそれだと言われれば納得できる話。彼女こそ、魔族と猫科獣人種との間に生まれた、雑種だったのだと。今更ながらに感心する他ない。
「それで十分じゃ。つまりの、異種族同士の婚姻において重要なのは、そのカップルではなく子どもの方ということじゃ。ヴィリュインテーゼとやらには、両の拳に紋章があったじゃろ?」
「確かに……」
「それは私も見た。あの時はただ恐ろしいと感じるだけだったが……」
俺とウィルテイシアの反応を見た後で、ウェンディーヌは話を続ける。
「種の交雑こそが世界を変える可能性であり、その力は世界の行く末を左右する。だからこそ、魔族はその力を恐れ。神々がこの世界から去った後、異種族同士の交流を阻害し、やがてその関係を完全に絶った」
「そんな! それじゃあ、俺たちは魔族の手の上で転がされて、結果として星婚が失われたってことか!?」
「その通りじゃな。じゃから、この遺跡の内部まで侵入できる奴などおらなんだと思うていたら、そなたたちが現れ、ここまで辿り着いた。いやはや、これも天命だったのやも知れぬの?」
俺とウィルテイシアが出会ったのは偶然ではなく、運命の出会いだったと。彼女は言いたいのだろうか。
でも、俺が勇者パーティーを追放されなければ、あのタイミングでサンドルクにはいなかった訳だし。俺が勇者パーティーを抜けなかったら、そもそもウィルテイシアは俺に目をつけなかったのである。
それが全て運命だったと言われても。それじゃあ俺がフィオナにフラれることも運命であったと、そう言われているようで。
「何じゃ、そなた様。他に想い人がおったのか? どうやら人間の娘のようじゃが……。途中で心変わりをするような女子と、そなた様は結ばれたかったと?」
「それは……」
そう言われると困る。だってあの瞬間までは、フィオナは俺の恋人で。将来だって約束していた。それが運命で破局することが決まっていたと言われると。それじゃあ俺の想いは何だったのか、ということになってしまう。
「人の心は移ろうもの。しかし変わらぬものもある。その変わらぬものを見つけられるかどうかは、その者の運次第。こればかりは、努力ではどうにもならん」
ウェンディーヌの言葉に俺が口を噤んでいると、今度はウィルテイシアが彼女に声をかけた。
「偉大なる水の大精霊であるウェンディーヌに問いたい。私の下に精霊が来なかったのは何故だ? 私の何がいけなかった?」
それもまた、ウィルテイシアにとっては欠かせないこと。
俺が恋人との破局が運命だったと言われて気を落としているように、彼女もまた精霊の守護を受けられなかったことで歪んだ人生がある。
それを問いただせる機会があるならそうしたいと、彼女はずっと考えていたはずだ。
「それは簡単なことじゃよ、ソラレスタのウィルテイシアよ」
そんなウィルテイシアに、ウェンディーヌはこともなげに言う。
「そなたの力が強過ぎた。現存するどの精霊も、そなたの力の全てを受け止めきれなかったのじゃ。わらわも含めて、な。故に、そなたの下に精霊は現れなかった。ただ、それだけのことよ」
「そんな……ことって……」
ウィルテイシアの顔が真っ青になり、握った拳がわなわなと震えた。それも無理からぬことだろう。だって彼女は、力が及ばなかったから、両親を失ったのだと、そう思っているのだから。力を持っているが故に精霊の守護を受けられなかったなど。力があったのに両親を救えなかったなど。そう簡単に受け入れられるものではないはずだ。
「そなたに守護を与えられるものがいるとしたら、それこそ神くらいのものじゃろうて。もっとも、それは今となっては叶わぬことじゃがな?」
「それじゃあ、私は。今後どれほど長生きしても、精霊術は使えないと?」
「そうなるな」
堰を切ったように、ウィルテイシアは叫ぶ。
「うわぁぁぁぁぁあああああああああああああっ!」
ただただ、泣き叫ぶ彼女。
綺麗な顔が台無しになるくらい。彼女はみっともなく、子どものように、駄々をこねるように泣いた。
俺はそれを聞いているだけなのに耐えられなくて。泣きじゃくる彼女を、後ろからそっと抱きしめる。
すぐに俺の両手に彼女の手が重なり、しばし二人で。彼女は声を上げて、俺は無言で。ただひたすらに泣くことしかできなかった。
ウェンディーヌは、それを優しく見守ってくれていて。俺たちが泣き止んだ頃に、そっと話しかけて来る。
「そなたらは、お互い良い伴侶を持ったな。それこそが星婚の本来の在り方じゃ。これから先もそのままで、変わらぬ愛を貫くとよい」
そう言ってくれた彼女は、まるで聖母のようで。慈愛に満ちた、触れがたいほどの神々しさで、俺たちを包んでくれた。
「……それそれとして、そなた様よ? 二番目でもいいから、わらわにもその寵愛の一端を与えてはくれぬか?」
「それは、えっと……。お断りさせていただこうかな」
前言撤回。
彼女はどこまでも自由で、奔放で、身勝手な精霊だった。
(めちゃくちゃ美人だし。男なんてより取り見取りのはず女性ではあるけど……)
師匠と同じタイプ。
素を出すと引かれてしまう。『残念美人』というやつである。
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