第三十三話 水の大精霊
ここで水の大精霊を倒してしまっては意味がない。
あくまで鎮めて、正気を取り戻させるのが目的だ。しか、それはいったいどうすれば叶うのだろう。
相手は全力で攻撃してくる。俺が氷の足場を作って舞台を整えたとて、それは同じこと。今尚続く、怒涛の攻撃に、俺たちは成す術なく逃げ回るしかなかった。
「ウィルテイシアは俺より精霊には詳しいはずだろ!? こういう時ってどうすればいい!?」
「正気を失った精霊など、私だって見るのは初めてだ! 聞かれても困る!」
そういうことなら仕方がない。
このまま躱し続けるにしても、タイムリミットはあるだろう。相手は水を操るのではなく、水を生み出しているのだから。この状態が続けば、いずれこの広間は水没し、俺たちに行き場はなくなる。
そうなったらおしまいだ。この場に居続けることはできず。撤退を余儀なくされ、二度とここに来ることは叶わなくなるのだから。
「水の精霊って、頭を冷やしたら冷静になるかな!?」
「知らん! やってみるしかないだろう!?」
という訳で、俺は氷魔法で攻めることにして、相手の水龍の如き攻撃を瞬間凍結させ、ウィルテイシアの足場とした。
その上をウィルテイシアが駆け、水の大精霊に肉薄する。
下手に精霊を傷つけまいと、彼女は鞘に納めたままの剣で、精霊に殴打を加えた。横っ面を殴られた精霊の頭が傾き、衝撃が加わったことを教えてくれる。どうやら物理的な攻撃は通るらしい。
「私の攻撃が当たるのなら、やり易い!」
ウィルテイシアは鎖分銅を再度取り出し、水の大精霊に巻き付けるようにして動きを封じる。
これで動きは封じた。けど、それで向こうの攻撃が収まったかと言えば、答えはノー。
ノーモーションで繰り出される水龍の勢いは変わらず。ウィルテイシアも一時離脱を余儀なくされた。
「予想はしていたが、やはり物理的に動きを封じてもダメか! 厄介だな、まったく!」
「そういうことなら俺の出番だ!」
今度は俺が凍らせた水流の上を駆け、右手に込めた冷気を、精霊の頭にお見舞いしてやる。
俺の攻撃を受けた水の大精霊は、氷で頭を包まれ動きを止めた。けど、それも数秒のこと。次の瞬間には氷は弾け、再び怒涛の攻撃は再開された。少なくとも、頭が冷えたようには見えない。
これで状況は振り出しに戻ったことになる。要するに、次の手立てを考えなければ、行き着く結論は先ほどと同じということ。
氷でダメとなると、次に思いつくのは雷の類だけど。本当にそれを使ってしまってよいものか。
(殺しちゃダメなんだ。けど、生半可な攻撃じゃ、たぶん状況は変わらない。どうする……)
ほんの短い時間の、わずかな思考。
それでも、俺の頭は、これ以上ないというアイデアを閃いた。
「ウィルテイシア、右手を出してくれ!」
「なっ!? こんな時に何だ、藪から棒に!?」
ウィルテイシアは俺の言葉に動揺しているけど、俺がやりたいのは何もいちゃらぶ展開ではない。
「いいから! 早く! 試したいことがあるんだ!」
俺の真剣さが伝わったのか、少しの逡巡の後、彼女は真剣な面持ちに戻って、俺の前に右手を差し出してくれる。
「貴方がそこまで言うなら、私は従うまでだ! で、どうする!?」
「こうするんだ!」
俺は自らの左手を彼女の右手に重ねる。
今の俺の左手には、例の紋様は浮かんでいないけど。精霊の泉で精霊たちが言っていた言葉を、俺は思い出したのだ。
『星婚は絆の証!』
『仲良し夫婦の愛の形!』
『二人がいっぱい仲良しするの!』
『二人が二人を大切にすれば、星婚は君たちの道を照らすはずだよ!』
あの紋様が星婚と関係しているならば、俺とウィルテイシアの絆こそが、それを発動させる鍵なのだと。そう思ったから。
俺が彼女を想い、信じる。
彼女が俺を想い、信じる。
その先にこそ、星婚の光は、その姿を現し、その先の道を照らしてくれるのだと――。
瞬間。繋いだ俺たちの手の甲に、例の紋様が発現する。
俺はウィルテイシアの紋章を見るのは初めてだったけど。その紋様も美しく、彼女を彩るに相応しいもので。
そして、二つの紋章は、対になっているかのような形をしている。つまりこれが、小精霊たちの言っていた、《《二つで一つ》》の意味。
「これは!?」
ウィルテイシアが驚きの声を上げる。
でも俺にとっては想定通り。まだ上手く使いこなせると決まった訳ではないけれど。使わないという選択肢はない。
「ウィルテイシア! 俺に合わせろ!」
「……わ、わかった!」
そうして、俺は怒涛の勢いで迫り来る水流を逐一凍結させて動きを止めながら。魔法の詠唱を開始する。
膨大な魔力量を必要とする、極大魔法。本体ならパーティー戦で、力を合わせて使うような、そんな魔法を。今、ウィルテイシアと、二人で。
「我は求め訴えたる」
「我は求め訴えたる」
俺の詠唱に続き、彼女がそれを重ねる。
「「無限の業火。万象一切を灰燼とせん焔の乱舞。其は焔神の戦場なれば、その威光を以て我が宿敵を薙ぎ払わん」」
俺の思考がそのままウィルテイシアに伝わったのように、彼女の詠唱が、俺のそれを完全に重なって行く。
実に不思議な感覚。こんな不思議な気持ちになったのは初めてだ。
場の空気が表情を変え、怨嗟の叫びにも似た激情に包まれていた空間は、徐々に熱い魂の迸りに飲まれて行く。
やがて、俺たちの足元から炎が溢れ出し、徐々にその範囲を広げていった。足場にしていた氷塊も、その下に溜まっていた大量の水も、その熱でどんどん蒸発し、姿を消していく。あまりの熱量に水蒸気はまとまることができず、湯気も立たない。
「「来たれ、焔神の僕たる古の炎よ。天を焦がし、地を溶かすその力を此へ示し、聖戦の狼煙を上げ、神に仇なす愚者を熱き猛りの焔獄に沈めたまえ!」」
これこそ、俺が使える中で最強の火属性魔法。
通常は魔導士一人では使えない、パーティーで力を合わせて使う極大魔法だが、実は俺一人でも使える。今回そうしなかったのは、星婚の力が必要だと思ったから。
今困っているのは場を満たした大量の水。その全てが水の大精霊の武器となるのだから、それを無くしてしまえば、向こうに攻撃手段はなくなる。そう考えての属性チョイスだ。
「「猛き焔神の進撃!」」
火属性の極大魔法は無事発動し、水の大精霊が生み出した水のこと如くを蒸発させる。厄介だった水龍も、今では見る影もない。
(上手く、行った……か?)
大精霊に動きは、ない。
だから俺とウィルテイシアは、眼で、鼻で、肌で大精霊の動きを察知しようと、感覚を研ぎ澄ませる。
五秒経ち、十秒経ち。
もしかして失敗したかと。水の大精霊を殺してしまったのではないかと不安になり始めた頃。
水の大精霊の口元がにやりと歪み。次の瞬間には、この広間全体を揺るがすような笑い声が響き渡った。
「いや~、よい! よいぞ! そなたらよ! 今更わらわの眠りを妨げる不届き者がおると思うて憤りをぶつけてみれば……。なるほど、水属性のわらわに対して炎の極大魔法か。くくくっ、よい。実にあっぱれじゃ! 寝起きだというのに気分がいい!」
何という変わりよう。
先ほどまで一言も声を発しなかったのに、急によく喋るではないか。
「あの~、水の大精霊様? 目を覚ましてくださったということは、もう戦いは終わりと思ってよろしいので?」
一応不敬があってはなるまいと、下手に出てみる。
すると水の大精霊は、にこりと笑って、俺たちの前に降りて来た。
「よい。勝負はそなたらの勝ちじゃ。こんなに気持ちのいい負けは初めてじゃがの?」
言うなり、水の大精霊は俺に近寄って来て、その透き通るような白い手で、俺の頬に触れる。
「それにしても、そなた様よ。実に逞しく強い男の子じゃの~。そこなエルフの娘には悪いが、わらわも気に入ってしまったぞ?」
「……はい?」
何だか、これはこれで雲行きが怪しくなって来た。
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