第三十二話 難敵
何とか、更に地下へを伸びる階段にまでたどり着いた俺たち。
しかし、そこをすぐさま下る思い切りの良さはなく。階段を前にして立ち往生していた。
「この階層は何とかなったけど、次はどうなると思う?」
「ここでギリギリだったことを考えれば、このまま引き返すというのも視野に入れた方がいいとは思うが……」
そう。たった一体の魔道人形ですら、まともに相手ができなかったのに、これ以上の敵が出て来るようでは、先に進むこともままならない。
かと言って。ここで引き返しては、何のために入って来たんだということになるので、引くことすらも容易には選べない。そんな状態に陥っている訳である。
(魔導書の解析はともかく、星婚の真実に近づけるなら、ここは進むべきだよな……)
少しの逡巡の後、俺はウィルテイシアに待ったをかけながら、先に階段を下った。先に何が待っている変わっていた方が、お互いに役割の分担もしやすいというもの。前回は二人で同時に階段を下った結果の追いかけっこだったので、できれば次は避けたいと、そう思った次第。
彼女を残し、一人階段を下る。
じっとりとまとわりつくような湿気。カビくさいにおい。ひんやりと肌を撫でる冷たい空気。
地下だからというのもあるのだろうが、そこはどこか異質で。異界のような雰囲気を醸し出している。
「頼むぜ。今度は追いかけっこはなしにしてくれよ……」
周囲に気配は、ない。生物は元より、物体が移動する時の空気の流れもない。結論としては、一見安全そうに見えた。
(いやいや。これも遺跡を守るために、こちらを油断させてから作動するタイプのトラップかもしれない。慎重に……。慎重に……)
階段を下り終わる。途中からも見えてはいたけど。そこは天井が高く、だだっ広い広間のような造りになっていた。その奥には、何やら祭壇と祠のようなものがあって。そこがかつては、儀式な何かに使われていたのであろうことが窺える。
魔道人形やエレメント系の魔道生命体は、元々この場所を守るための防衛装置だったのだろう。それだけこの奥で祀られていた存在が、この遺跡を作った者たちにとっては重要で、崇高な存在だったと予想できた。
(水の神殿って言うくらいだから、水に関する存在なんだろうけど……)
それらしい記述が壁画として残っていないかと、周囲を見渡す。
地上施設同様。壁には様々な種族の神々が交流している様子がレリーフとして刻まれており、当時の世界観が今とはだいぶ違っていたのだということを伺わせた。
「とりあえず、敵性存在の気配はなし……か。これならウィルテイシアを呼んでも問題なさそうかな」
そういう訳で、一度階段を上り。今度はウィルテイシアと二人で階段を下って来る。
もちろん、二度目だからと油断はしない。
何がきっかけてトラップが発動するかわからないのだから、当然の警戒だ。
そんなこんなで、祭壇の前までやって来た俺たちは、さっそくその場の調査を開始する。
ウィルテイシアに祭壇の調査を任せ、俺は祠へ。
何かが出て来るとしたらこちらからだろうと思っての分担な訳だけど。これが吉と出るか凶と出るか……。
一見すると、それは周囲の白石と同じ材質で組まれた、石製の祠。特に戸がついている訳でもなく、その奥に宝石のような輝きが見て取れる。
「この輝き方、ただの宝石……じゃないよな。何だこれ?」
自ら発光しているので自然石ではない。となると何かの宝玉か、この間正体を知らされたばかりの俺のお守り――精霊石の類か。
その深い水面を思わせるような青は、美しさよりも恐怖を感じさせるほどで。
まるで深海に潜む何者かに、じっと見つめられているかのような……。
「ライオット~! こちらは特に何もなしだ~! そちらはどうだ~!」
ウィルテイシアのその声に、俺は思わずビクッと肩を震わせてしまう。
それだけこの宝玉のような何かに、心を奪われていたというとこだ。
(こんなに意識を持って行かれるなんて、恐ろしい玉だ。怖い怖い……)
こちらにも特にないと伝えようと、宝玉から目を離した、その瞬間である。
突然、背後の宝玉から濃密な魔力が溢れ、徐々に形を成していくではないか。幾秒も経たないうちに人型になったそれは、恐らくこの祠に祀られていたであろう精霊。いや大精霊というべきか。
泉で会った小精霊とは、まさしく格が違う。
圧倒的な力をもって、神の如く君臨する姿は、まさしく信仰されるに相応しい。
けど、そんな大精霊も、どこか様子がおかしく。
具体的に言うと、正気を失っているかのような……。
刹那。
大精霊から放たれた何から、俺の頬を掠める。
流れる血の温かさが、俺に危険信号を発させた。
「ウィルテイシア! 避けろ!」
次いで始まったのは、大量の水が蛇のようになって襲ってくるという事態。魔道人形の時の比ではない。圧倒的な質量と圧迫感で、俺たちを飲み込もうとしてくる。
「くっそっ!? いきなりかよ!?」
俺は魔法で、ウィルテイシアは鎖分銅を壁際の燭台、引っかけて。それぞれ空中に退避した。数瞬前まで俺たちがいた足場は、今はもう深い水の底。
澄んだ水に映る床面は大きく削れていて、先の攻撃の威力を物語っていた。
「おいおい。この広さの広間が水没って……。どれだけの水を生み出せるんだ?」
広間の大きさは、小規模な村なら二、三個はまるごと入りそうなほどはある。それが水没してしまったのだから、吐き出された水の量が凄まじいのは言うまでもない。
これが大精霊と言うものかと、額に汗していると、ウィルテイシアから声がかかる。
「ライオット、このままでは動きようがない! また足場を作ってくれないか!」
これからどうなるにせよ、自由に動ける足場は必要。話し合うにせよ、戦うにせよ、このまま空中に居続けるというのは、あまりに効率が悪い。
ということで、俺は早速、氷魔法で足場を作り、その上にウィルテイシアと着地した。
「助かった、ライオット。私は貴方のように魔法で空を飛べないからな。面倒をかけて申し訳ない……」
「それはいいよ。俺だって白兵戦の腕前だけ見ればウィルテイシアには劣るんだし」
ウィルテイシアは何か言いたそうにしていたが、そこを深掘りしている余裕はない。それは彼女もわかっているようで、すぐに話を切り替える。
「それにしても、ライオット。これは……」
「ああ、どうして怒ってるのかはわからないけど。これは相当ご立腹だぞ?」
完全に姿を現した大精霊の眼は赤くぎらついており、どう見ても正気には見えない。
俺たちが侵入してきたことが問題なのか。
それとも他に何か要因がるのか。
どちらにせよ。俺たちがここから生きて地上に帰るためには、大精霊を鎮める必要があるだろう。
「ライオット。一応聞いておくが、何か貢物になるようなものは?」
「持ってると思うか? 来ている服だって君に買ってもらったのに……」
「……金銭的価値が重要とは限らないぞ?」
「差し出せるものがあるとしたら、この命くらいだけど。生憎、それは君にあげる予定だからね。ここで手放す訳にはいかないよ」
「――っ!? 本当に、貴方という男性は! そういうところだぞ! ライオット!」
大精霊の攻撃が来て、咄嗟にそれを躱す俺と、耳まで真っ赤にしたウィルテイシア。
俺一人だったら、大精霊の圧と勢いに飲まれていただろうけど。そうならないのは、明らかに彼女という存在のおかげで。
「具体的な話は、また今度で! 今はこの大精霊を鎮めよう!」
「ぐ、ぐ、ぐ、具体的というのは、あ、あれか!? けけ、結婚の日取りの話だろうか!?」
「そう言うのも含めて、また今度ってこと! 今は戦闘に集中だ! ウィルテイシア!」
「……言質は取ったからな! 絶対に! この戦闘が終わったら、絶対にだぞ!」
そう言うと、ウィルテイシアの顔に凛々しさが戻る。相変わらずの切り替えの速さ。
こういう部分が、彼女を英雄にまで押し上げたのだろう。
常に張り詰めるのではなく、適度に気を緩め、頭を休ませるのだ。これが出来なくては、長期の旅は続けられない。
千年前に魔王を暗殺したという彼女なら、それくらいは容易いと、今まで一緒にたからよくわかる。
ともあれ、今は目の前の戦闘が重要だ。
ここでどのように勝つかで、星婚に関する情報をも、手に入るかもしれないのだから。
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