第三十一話 遺跡の試練
どこへ続くかもわからない迷宮を、散々走りまわされること三時間ほど。
そろそろ一息つきたいと思い始めた頃になって、魔道人形がその歩みを止める。
(……何だ!? 設定された追跡範囲を超えた――とか? だったら嬉しいけど――)
ここまで来て、そんなに都合のいいことがあるはずない。そう思った矢先のこと。魔道人形の胸部が、中央の宝玉の辺りから左右に展開し、巨大な砲台のような姿に変形する。
「おいおいおい! ここでぶっ放す気か!?」
「どうする、ライオット! ここから先はしばらく直線だ! 曲がり道がない!」
ウィルテイシアが言っているのは、つまるところ、躱すことができないということで。
魔道人形から放たれた光が、俺たちの視界を覆いつくす。
「くっ! せっかく魔四将を一人倒したんだ! こんなところで終われるかよ!」
俺は持てる全ての知識と技術を用いて、自分が作り出せるものの中で最大強度の魔力防壁を張る。これでダメなら、諦めるしかない。
半球状に何枚も張り巡らせた障壁は、一枚割れ、二枚割れ、三枚、四枚と、次々に割れて砕けていく。
俺が咄嗟に用意で来たのは、全部で二十枚。最後の一枚が破られれば、俺たちに未来はない。
「ライオット!」
立ち止まった俺を心配して、ウィルテイシアが足を止める。
でも、それが愚策であるのは、彼女とてわかっているはずだ。
「ウィルテイシアは先に行け! たぶんこの魔道人形のエネルギー源は外にある! そいつを探し出して破壊するしか、この魔道人形を止める術はない!」
「でも、ライオット!」
「行け、ウィルテイシア! 大丈夫だ! 俺は死なない! 少なくとも、この寿命が尽きるまでは、君の傍を離れたりしないさ!」
俺の言葉に背を押され、ウィルテイシアは先と駆けて行く。
「待っていろ、ライオット! 私が必ず、その魔道人形を止めてやる! だから、絶対に死なないでくれ!」
「ああ、任せろ! なぁに、最近は調子がいいんだ! このくらい朝飯前だよ!」
嘘だ。これは強がりでしかない。
(それでも、これしか方法がないんだ! ウィルテイシア、頼んだぞ! 俺の防壁が残っている内に何とかしてくれ!)
ウィルテイシアがこの場を去ってから十数秒。魔道人形の放つ光は、一向に衰えることを知らず。この魔道人形が、外部エネルギーで動いているという仮説が正しいのだという線が濃厚になってきた。
障壁は、残り三枚。
先ほどから、一枚の障壁が砕けるまでの時間は変わっていないので。残り時間にして十五秒と言ったところか。
それまでにウィルテイシアが、魔道人形の動力源を断ってくれるかが勝負。この広大な迷宮で、それが叶う確率が、いったいどのくらいあるだろう。
(これは……、ちょっと早まったかな?)
あの時はそうするしかないと思ったけど。今になって考えれば、もっと効率のいい防壁があったかもしれない。
(半球状じゃなくて、円錐状にすれば。もっと効率よく、あの光を威力を分散して受け流せていたかも……)
しかし、今から変更することもできないのだから。それを考えたとて意味がある訳でもなし。
終わりの時は、もう目の前まで迫っている。
残る最後の一枚。
俺はそこに魔力をより多く注ぎ込んで、必死に耐える。
(……耐えられるとして、あと何秒だ? 三秒か? 一秒か?)
もう障壁も限界。
最後の障壁も、既に幾重にもひびが入り、次の瞬間には砕けてしまうかもしれない状況。そうなれば俺はこの光を浴びて蒸発し、あとに残されるのはウィルテイシアだけ。
「それだけは……。それだけはっ!」
絶対にしたくない。彼女をまた一人にするなんて。できるはずがないし、していいはずもない。
彼女は俺に光をくれた。どうしようもなく地の底に叩き落された俺を、その優しい光で照らし、這い上がる勇気と決意をくれたのである。
そんな彼女が俺に好意を抱いてくれているのだから、それに答えを出さないまま逝くのは、絶対に間違いだ。
両足に力を込め、両腕を突き出す。手足が砕けたっていい。それで命が長らえるなら。俺が俺のまま、また彼女の笑顔を見られるなら、手足くらいはくれてやる。
踏ん張り、押しとどめ。何とか――。
いや、何としても――。
この場を生きて乗り越えるのだと。俺は――。
「うぉおぁああああああああああああっ!」
雄たけびを上げて、障壁に全魔力を込めた。
と、不意に消える圧力。
全力で踏ん張っていた俺は、支えを失って、そのまま頭から地面に突っ伏した。
「いっでぇっ!」
しかし、痛みを感じるということは、生きていることの証明でしかなく。
鼻血で服を汚しながら。それでも生の実感に打ち震えて、全力でガッツポーズをした。
「っしゃぁぁぁぁあああああああああああ!」
天に向かって叫んでから、俺は疲労感に包まれて。崩れるように、仰向けに地面に倒れる。
後頭部にも衝撃が来るかと覚悟していたけど、そんなことはなく。柔らかな感触が、俺の後頭部を支えてくれた。
それは、ウィルテイシアの膝。目の前には彼女の、今にも泣きだしそうな顔。
俺が倒れる瞬間。彼女が滑り込んで来て、俺の後頭部が地面に激突するのを阻止してくれたのだ。
「まったく。貴方は目を離すと無茶ばかりする……」
「ごめん。でもそのおかげで、今、君に膝枕をしてもらえてるんだから。俺としては役得かな~」
「膝枕くらい、いつでもしてやるから。貴方が望むなら、それ以上のことでもいいから。だから、あまり私を振り回さないでくれ……。心が痛くて、胸が張り裂けそうだ……」
ぽろぽろと零れた彼女の涙が、俺の口に入る。
しょっぱくて、でもどこか甘い。
こんなことを言うと彼女は起こるだろうけど。
俺のために真剣に涙してくれる人なんて、今までほとんどいなかったから。
だから……。
その涙の味は特別で、格別で。俺の心に深く、大きく、刻み込まれたのだった。
そんなこんなで、少し休憩をした後。俺は起き上がり、身体の具合を確かめる。
「多少筋肉に損傷はあるけど、骨は……、大丈夫そうだな」
「お、おい。いきなり立ち上がって大丈夫なのか? 腕も足もすごい色をしているぞ? 何と言うか、その……、グールみたいだ……」
歩く死体。生物の死骸が闇の魔力の影響で魔物化した、いわゆる不死者の分類である。
確かに、破れた服の合間からのぞく俺の手足は、赤だか、青だか、黒だかわからない色をしていて。痛々しいというよりは、ただただ不気味に見える。これを見せられたら、グールと言われても仕方がない。
「これくらいなら、まだよかったよ。骨が無事なら、治癒魔法で治すにしても早く済むし……」
「ちょっと待て 貴方はまさか、この状態を治癒可能な魔法まで使えるのか!?」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
「聞いてない! 聞いていないぞ、ライオット!」
ウィルテイシアはご立腹なのか感心しているのか。何とも不思議で中途半端な表情を浮かべている。
「貴方は黒魔導士だろう!? 治癒魔法は専門外のはずだ! 以前私を癒してくれた時は軽傷だったし、多少使えるくらいならと思ったが!」
「だから、専門じゃないから白魔導士ほど上手くはできないけど……。一応、ほら……」
そう言って、俺はウィルテイシアが負っている軽傷を、十数秒かけて跡形もなく癒してやった。専門職の白魔導士なら、この程度は一瞬で完治させるのだから、俺なんてまだまだだ。
たぶん、魔道人形の動力源を破壊する時にでもついたのだろう。こんなにきれいな手を傷だらけにしておくなんてもったいない。人間に比べて細くてきれいな手だ。大事にしないなんてありえないことである。
「何をやっているんだ! ライオット! 治癒魔法が使えるなら、私でなく、まず自分に使え!」
怒られてしまった。
(まぁ、でも。こんなに可愛い怒り顔なら、ちょくちょく見てみたいくらいだけど)
そんなことを口にすれば、彼女はますます怒るだろう。でも、彼女が起こるのは俺のため。俺を心配しているからこそ、彼女は怒り、声を荒げる。
そんな彼女が愛おしくて。
俺は下から両手を伸ばし、彼女の頭を抱えて。そっと抱き寄せた。
まだ、唇にキスとまでは行かないけど。それでも。
俺の素直な気持ちを、彼女には伝えておきたかった。
「ありがとう、ウィルテイシア。君のおかげで、また生き延びることができた。何度感謝しても足りないくらいだよ……」
「だから! すぐにそうやって、私をドキドキさせて誤魔化すのはやめろ! 今回は騙されないぞ! 私は本当に怒っているんだ!」
耳の先まで真っ赤にしながら、俺の手から逃れようとする彼女を、俺は離さない。
「怒ってる顔も素敵だよ、ウィルテイシア」
「なっ!? くっ!? そ、その手には乗らないぞ! 私は、私は――」
「君の涙は、甘くてしょっぱいんだな?」
「~~~~~~~~~~~~っ!?」
頭から湯気を上げながら、それでも俺を突き飛ばしたりしない彼女が。どうしようもなく健気で、愛おしくて。
それでも晴れない胸の内の闇が、嫌でたまらない。
いつかこの胸の内に溜まった汚泥を、きれいに注ぐことはできるのだろうか。
俺はそんなこと考えながら。しばらくの間、自分に治癒魔法をかけつつ、彼女の純粋な反応を見て。
ほんの束の間、安らぎを得るのだった。
読んでいただきありがとうございます。
このエピソード良かったよ!という方は☆評価、ブクマ、いいねなどよろしくお願いします。また、誤字脱字などあればいつでもご報告くださいませ。
感想、レビューなどあると今後の執筆の励みになりますので、どしどしお送りください。




