第三十話 古代遺跡へ
里に滞在すること一週間。魔王軍によるソラレスタへの再侵攻がないものと踏んだ俺たちは、エルフたちから教わった古代遺跡の調査に乗り出した。
水の大精霊が棲むという、その古代遺跡は、ソラレスタからそう遠い場所ではなく。
歩いて二、三日の時間をかけて辿り着いたそこは。鬱蒼とした木々に囲まれた、石造りの神殿のような外観をしていた。
時代は、かなり古いということしかわからない。神殿を形作っている白っぽい石には緑色の苔が群生していて。長い間、誰の立ち入りもないことだけが窺える。
「……ここが、話に聞いた『水の神殿』か。地下に続く形になってるって聞いたけど」
「見たところ、地表にある神殿部分の造りは、割とシンプルだ。この配置なら、一番大事な部分は、正面に見える大きな建物の中だろう」
ウィルテイシアと見据えた先には、一際大きな聖堂のような建物。
これも例に漏れず。下地の白い石は苔むして、立てられたばかりの頃を伺わせるような荘厳さは、もう残されていない。ところどころが崩れかかっており、もう数百年もすれば自然と倒壊してしまうだろう。
「神殿に入るのに、何か特定の儀式的な動作は必要だったりするかな? できれば水の大精霊とは穏便にやり取りをしたいんだけど……」
「それが言い伝えとして残っているなら、この神殿はここまで荒れ果ててはいないんじゃないか?」
それもそうだ。水の大精霊を今でも信仰している種族なり部族なりがいるのなら、もう少し手入れの一つでもされていそうなものである。
知る余地のないことをグダグダと考えていても仕方がない。
一応、礼を示すべく、神殿の敷地に入る前に一礼だけして。俺とウィルテイシアはいよいよ神殿内部に足を踏み入れた。
「今ある神殿とは、やっぱり形式が少し違うな。いろいろな種族の神々がレリーフとして彫られてる……」
「異種族間の交流。今となっては考えられない……か。これこそ古代の神殿という感じだな」
ゆっくりと、慎重に歩みを進め、辿り着いた大聖堂と思しき建物の前。当然ながら、聖堂の内部は陽の光が入らないので真っ暗だ。このまま入るのは、無防備が過ぎると言うものだろう。
(魔物とは言わずとも、野生の獣の巣になっている可能性もあるしな……。用心するに越したことはない)
俺は手荷物から乾いた布を取り出し、途中で拾って来た手頃な太さの木の枝に、それを巻き付け。エルフの里で分けてもらった、木の実を絞って抽出したという油をかけた。
(即席だけど、松明として使う分には問題ないだろう)
聖堂に入る前に、もう一度一礼をして。松明の明かりを頼りに、ゆっくりと中に入る。
聖堂の中は、外にある者よりもよっぽど精巧で、細かい装飾の施されたレリーフが、ずらりと並んでいた。よっぽど神々を崇拝していた民族が作ったのだろう。
「見た目通り、用途としては聖堂だったんだろうな。いつ作られたかわからないけど、この規模じゃ、今の技術でも、そう簡単には作れそうにないな」
「ああ。燭台に使われている金属も、私の剣と同じか、それ以上の純度の魔法鋼だ。それをこんなにたくさん……」
古代人は化け物かと思わされるほど、高い技術で作り上げられた聖堂。
星婚の真実に近づけるかも知れないという、エルフたちの推察も、そう外れてはいないように見える。
聖堂内を更に奥まで進むと、建物の一番奥の壁の前には。階段状に高く作られた床の上に、人ひとりがすっぽりと入るくらいのサイズの棺が鎮座していた。
「ここで行き止まりか。地下への入り口があるとしたら、明らかにあの棺が怪しいけど……」
「……ああ。正直触っていいものかどうか……。というところだな」
これも魔法鋼で作られているのか。今尚、淡い翡翠色の光を湛えているその棺は、とても幻想的で、安易に触れることが躊躇われる。
しかし、ここで引き返しては、遺跡に足を踏み入れた意味がない。ウィルテイシアと顔を見合わせ、一層慎重に、棺へと近づく。トラップなどの類は、今のところ大丈夫なようだ。
古代の遺跡など、何があるかわかったものではない。当時の人たちには反応しない、不届き物を排除する防衛機構が、至るところに張り巡らされていたりする。
その機構が今も生きているのかもわからない状況で、何も考えずに足を踏み入れたらどうなるかは、周囲に転がっている、かつての生き物の残骸が教えてくれる訳で。
「盗掘目的かな。結構重装備だけど……」
「盗人を許す神殿などあるまい。もっとも。私たちもそう思われえれば、彼らと同じ道を辿ることになるだろうが……」
流石のウィルテイシアの顔にも、緊張が見て取れる。下手な動作でトラップが発動してはたまらないので、そういう表情にもなると言うもの。
「それでも、これを調べないことには先はありそうにない。思い切って触ってみるしか……」
「そうだな……。それじゃあ、せーの、で二人同時に触れよう」
俺は無言で頷き、彼女もそれを受け入れ首を縦に振る。
そっと手を伸ばし、タイミングを合わせて。ウィルテイシアと二人、魔法鋼の棺に触れた。すると――。
体内を何かが駆け巡るような感覚。それに呼応したのか、俺とウィルテイシアの魔力回路がそれぞれ蒼と黄金の光を放つ。
(これは成功なのか? それとも――)
棺からは手を離さず、周囲の警戒を強める俺たち。それでも、この身に害を成しそうな動きは見られない。二人の身体から溢れた魔力の光は、そのまま棺へと吸い込まれて行き、やがて消えた。
(どうなった? いや、これからどうなる?)
ごくりと喉を鳴らして、口内に溜まった唾液を嚥下する。一秒経ち、二秒経ち、三秒経ち。
何も起こらないかと、そう思った瞬間。棺が音を立てて動き出し、その奥に続いていた床面までもが移動を始め、ゆっくりと形を変えて行く。
何が起こったのかとそれを眺めることしかできない俺とウィルテイシアの前で、床は変形を続け。下り階段へとなり、ぽっかりと口を開けた床面が、俺たちを出迎えた。
「入っていいぞ、ってことかな?」
「これが不届き物を死へと誘う死の門でなければ……」
結局は、考えたところで何もわからないまま。
であれば、ここは入り口を見つけたものとして、先に進んでみる他あるまい。
結論から言えば。そこはウィルテイシアが言ったような死の門であったのかもしれない。階段を下った先に現れたのは、広大な地下迷宮。しかも、魔法鋼でできていると思われる魔道人形や、各属性のエレメントが凝縮して生まれた魔道生命体で溢れかえっている始末だ。
そんな魔道人形の内の一体に、俺と彼女は追われている訳で。
「あんなの反則だろ! 高純度の魔法鋼だから魔法は利かないし、剣も通らない! 俺たち二人じゃ打つ手なしだ!」
「だが、これだけの守りを固めた迷宮なら、その奥にあるものが重要であることの証明とも言えないか!?」
逃げる。ひたすら逃げる。
焔魔四将――焔姫ヴィリュインテーゼすら討ち取った俺たちが、だ。
「これが遺跡の試練だというのなら! これを乗り越えた先にこそ、私たちが生き残れる可能性があると、私は思う!」
「そうは言ってもな! この魔道人形、凶暴過ぎるだろ!? 俺たちを見つけた途端に、周囲の壁ごと叩き潰そうとしたぞ!?」
俺たちの進行方向を示してくれるのは、幾重にも分岐した、天井のない廊下だけ。魔道人形は、その壁すら破壊するサイズと強度を持っている。こちらの攻撃が全く聞かない以上、戦うことそのものが無駄と考え、こうして逃げに徹している訳だが。
どこが正解のルートかもわからない。敵とは出くわす。その敵が協力過ぎて倒せない。となれば、迷宮探索に時間を割く余裕などあるはずもなくて。
とりあえず空気の流れから、先が行き止まりに当らないように、何となく直感でルートを決めているだけだ。これで正解のルートを進んでいるという保証は、どこにもない。
魔道人形が再び、その巨大な拳を振り下ろす。
(この調子で追いかけられたら、流石に俺もウィルテイシアもスタミナが持たないぞ!)
半分涙目になりながら走る、俺とウィルテイシア。この階層に降りてきた時に見えた広大な迷宮の。今はいったいどこなのか。
それもわからないままに、俺たちは走る。ただ走り続ける。
その先に何があるのかを考える余裕は、一切なかった。
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