第二十九話 ――ウィルテイシアの手記・XXXXXX枚目――
自分でも困惑している。
あの焔姫ヴィリュインテーゼを倒せてしまった。
ライオットと一緒ならあるいは、という期待はあったとは言え。こうもあっさりと叶ってしまうというのは想定外。そもそも、あんなタイミングで彼女に出くわすとは思っていなかったのだから、それも想定外だったと言えばその通りでしかない。
しかし、これで確信した。
彼と一緒ならば、当代の魔王に挑むことも夢物語ではないし。その先にある魔族の根絶も、叶わない目標ではなくなったのだと。確かな手応えとして感じることができている。
ヴィリュインテーゼにとどめをさせたのが、完全な不意打ちという形だったとは言え。ここは戦場なのだから、卑怯だとののしられる謂れはない。それに、あの状況で私という存在を意識から外したのは彼女で、そこにライオットの意図が働いていたというだけなのだから、あくまでチームワークがあったからこその勝利。
そこにあったのは純粋な駆け引きで、軍勢を上手く利用できなかった彼女の失態であり。そこに付け入ることができたからこその勝利なのだと。私はこの胸に刻む必要があるだろう。
それにしても、ヴィリュインテーゼを討ち取った時の、あの右手の甲に浮かんだ紋様は何だったのだろうか。
確か、精霊の泉で魔族と戦った時や、今回のヴィリュインテーゼ戦でも、ライオットの左手にも同じような紋様が浮かび上がっていた。
長年生きて来た私にも心当たりのない、未知の紋様。
あれのおかげで、ヴィリュインテーゼの物理障壁を突破することができたし、一撃で仕留めることができた。
星婚と何か関係があるのだろうと、私は踏んでいるが、実際のところはわからない。
ライオットにも見せて確認しようと思ったが、その時にはもう紋様は消えていて。結局その話もできていないまま。
流石の彼も、あの戦闘の最中に、私の右手の甲までは見ていなかったらしい。彼の方からの言及もないので、私自らがちゃんと、その効果を実感できた時に、改めて彼には話をすることにしよう。
ともあれ、里を――ソラレスタを救うことができた。
私にとってはつらい過去ばかりだが、両親にとってはかけがえのない住処で。その思い出の詰まった大切な場所だ。それを守ることができたのは、私にとっても誇らしい。
里の住民たちからは感謝をされた。自分勝手な態度だと、腹立たしい気持ちではあったが、それはそれ。ライオットもいる手前、私は自らの心の内から湧き上がった黒い感情を抑え。彼とともに謝辞と謝礼を受け取った。
その謝礼の一部として受け取ったのが、古代遺跡に住むという大精霊の情報である。
ライオットの持つ古代文字で書かれた魔導書の解析に一役買えれば、ということだったが。実際に意味があるかどうかは、行って見なければわからない。
そういう訳で、里の安全が確認できるまで、ソラレスタに滞在することにした。まずは数日様子を見たが、今のところ再侵攻はなし。穏やかな毎日を送っている。
それにしても、ここ数日を私の実家で過ごすことになって、私はあらためて思い知った。
ライオットはいい男でしかない。
宿屋では自分たちで家事を行う必要がなかったから、そこまで気にしたことはなかったのだが。彼はよく気が付いて掃除や洗濯を率先してしてくれるし、私が料理中の時でさえ「手伝うよ」と、傍に寄り添ってくれる。
仲の良い両親を見て育ち、私がかつて憧れた理想の夫婦像。彼との共同生活は、まさしくそれそのもので。
そんなところにもまた、私は魅力を感じ。ますます彼のことを好きになって行く。
彼は、ライオットは、私を女として見てくれているだろうか。
ただの旅の道連れでは、もう我慢できない。こんなにも彼が愛おしいのだから、彼にもその半分でもいいから想って欲しいと。そんな風に思っている私がいる。
でも、それを素直に口にするだけの勇気はなくて。
結局、私は黙って、彼にそっと寄り添うことしかできないのだ。
もどかしい。
戦場ならばいくらでも勇気を振り絞れるというのに、恋愛となった瞬間にこの体たらく。これでは、せっかく実家に戻っていても、両親に合わせる顔がないではないか。
私は、何て弱い女なのだろう。こんな弱い私は、強い彼の隣に立つに相応しいのだろうか。そんな風に憂鬱になって、「はぁ……」とため息をつけば。彼は決まって、「大丈夫? 疲れてるなら早めに休んだ方がいいぞ?」なんて、私を心配してくれる。
そういうところもまた好きで。最近は好きのスパイラルが止まらない。
毎日更新されて行くこの「好き」は、いったいどこまで上り詰めるのだろう。
「好き」に果てはあるのか。あったとして、そこにはどんな景色が待っているのだろうか。
気になる反面。怖くもある。
だって、どんなに好きが積み重なって、結果結ばれることができたとしても。彼は人間で。私よりずっと早く、その生涯を終えるのだから……。
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