第二十八話 確かな絆
何とかウィルテイシアに追いつくことができた。
いつの間にか俺の手の甲に浮かんでいた、以前と同じ紋様。それのおかげで、俺は今ここにいる。
彼女に迫る、いかにも危険そうだった相手の攻撃も、俺の氷で防ぐことができたし、とりあえず、これで状況的には二対一。
ウィルテイシア一人では倒せなくても、二人いれば取れる戦術は増えるし。単純に戦力が増えているのだから、有利に戦えるのは間違いないはず。
「……あのクソザコども。人間一人足止めできないのかよ。クソ使えねぇ~な。で、お前何をした?」
部下に対する不満を吐くだけ吐いて、俺に視線を向ける焔姫ヴィリュインテーゼ。
こうして近づくと、ますます溢れ出す魔力量の多さが浮き彫りとなり、思わず足が竦む。なるほど。これが魔四将か。魔王直轄の部下なだけはある。大した威圧感だ。
「ちょっと眠って貰ったんだよ。全員倒すのには、時間も魔力もかかり過ぎるからね」
とは言え。師匠のそれと比べれば、まだ劣る。
ヴィリュインテーゼは魔力の放出を抑えていないだけで、凝縮と収束をさせていない。いくら潜在的な魔力量が膨大でも、垂れ流しているだけなら。練られていない魔力など、恐るるに足らない。
これは才能があるタイプに、よく見られる特徴そのものだ。
才能があるので、周りよりも能力の伸びが早く、伸び幅も大きい。故に頭角を早くから表して、周囲の注目を集める訳である。
「……これだけの数を、全員? これでもあたしが選抜してやった連中だぞ? 魔力耐性だってある。それを、お前ひとりでやっただと?」
「そうなるね。でなきゃ、俺がここにいる説明ができないだろう?」
一方。俺のような才能に恵まれなかったタイプは、成長の仕方が全く違う。
凡人は、凡人であるが故に、自らを鍛えることに余念がなく。どうすれば自身の能力を伸ばすことができるのかを常に考えているのだ。そうして磨かれるのは、才能ではなく技。才ある者は才で戦うが、才なき者は技で戦う。ここが重要だ。
「気付きさえすれば、そんなに難しくなかったよ。要は固有結界の応用だ。空間を自分の魔力で満たして、そこに直接魔法式を書き込む。今回は睡眠魔法の、ね?」
「……空間に魔力を?」
そこまで言えば、才ある彼女も気付いたらしい。苦虫を噛み潰したような顔で、俺を睨む。
「……強いて名付けるなら空間掌握魔法か。なるほど。それなら大規模軍勢に対しては有効だし。お前にも星痕の力が働いてるなら、それを達成できたのも納得だ。だけど、それだけじゃあ説明がつかない部分もある。術者であるお前はともかく、同じ空間内にいたあたしたちが眠らなかったのはどうしてだ?」
鋭い指摘。流石は、魔法の扱いに長けているという魔族の中の軍団長、とでも言うべきか。
「もう少し考えればわかったと思うけど、今は講義の時間じゃないからね。早速、回答編と行こう」
と言っても、答えはごく単純。俺がやったのは、魔法の効果範囲として空間を指定しつつ、その対象から二人を除外しただけ。
それを明かすと、ヴィリュインテーゼの様子が変わる。それまでは比較的穏便だった気配が、一気に圧を増して、大きく膨れ上がった。
「おいおいおい! お前! お前がそれをやったって言うのかぁ? 人間のお前が、よく知りもしないあたしの魔力回路を読み切って、魔法の効果対象から外したと!」
「結果は御覧の通りだよ。過程はどう解釈して貰っても構わない」
ヴィリュインテーゼの両拳がわなわなと震える。その手の甲には、俺のそれと似たような紋様。しかも両手分と来た。これはやはり、彼女の身体的な特徴が要因なのだろう。
つまりこの紋様は、星婚に関連する何かのはずだ。そしてこの紋様を指しているのが、恐らく『星痕』という名称なのだろう。まったく、わからないことだらけである。
(せっかくなら、もっと情報を引き出したいところだけど……)
しかし、今のヴィリュインテーゼは、それを問いただせるような状況ではない。
それだけ、俺のやったことが有効的で、衝撃的で、超常的だったということの示唆。師匠に散々言われてきたことが、ここに来てその本領を発揮したのだ。
『魔導士たるもの。常に頭を使え。物理的に使いたきゃそうしてもいいし、思考を動かすのに使ってもいい。とにかく、頭を使うことをやめるな。寝ている間もひたすら頭を使え!』
師匠の声が脳内に響く。もう何年も会っていないのに。すぐ耳元で言われているかのように、はっきりと思い出せる。
(当時は何言ってるのかわからなかったけど、こういうことでいいんだろ? 師匠!)
凡人でも戦えるのだということは示した。あとはウィルテイシアと二人がかりで彼女に勝利して、俺たちの旅の目的を果たせばいい。
これは、ウィルテイシアが掲げる魔族の根絶のための第一歩。いきなり魔王を討伐する力がなくても、その周囲からなら。俺達でも切り崩せるのだということを証明したい。俺を必要としてくれたウィルテイシアの願いがそれならば。彼女に心を救われた身として、その願いの成就のために全力を尽くす。ただそれだけだ。
ヴィリュインテーゼは、俺の言葉を飲み込むのにたっぷりと時間をかけ、一度開放した魔力を納める。
「いいぜ、わかった! ウィルテイシアはどうでもいいけど、お前はダメだ! お前は危険だ! 魔王様が覇道を歩む邪魔になる!」
代わりに彼女の体内で密度を増していく魔力。それは人間の俺からすれば、闇の深淵そのもののような、得体のしれない暗黒の渦だ。それはやがて紅い線となって、彼女の身体に幾重にも浮かび上がった。
(……面白い!)
恐怖とともに興奮を覚えた自分を、俺はすぐには受け入れられない。このような命のやり取りの場で、好奇心の方が勝るなど普通ならあり得ないこと。
(これも魔力の使い道か……。どんだけ深い闇を抱えてやがるんだ? やってることは神代の化け物級……。でも、魔力の使い方の方向性としては参考になる!)
それでも、俺は彼女を真似て、自身の体内で魔力を練ってみる。体中を駆け巡る魔力回路が熱を帯び、淡い蒼の光を放つ。
そうしてわかった。これは、この力は。ただの人間の手に負えるものではないと。
普通に使おうとしたら、肉体強度が足りなくて。よくて全身から血を噴き出して重傷。悪ければ爆発四散するはずだ。
俺がそうなっていないのは、明らかに左手の甲に浮き出た紋様のおかげでしかない。この感覚は、悪くないと言うか。むしろ、今後とも積極的に使っていきたいくらいである。
(なるほど。人間が使うとこうなるのか。見様見真似だから精度はまだ低いけど、これなら対抗手段としては申し分ない!)
俺はヴィリュインテーゼの意識がこちらに向いている間に、予め相談して決めていたハンドサインで、ウィルテイシアに指示を送った。
それを見たウィルテイシアが頷く。
そして、ウィルテイシアが俺の指示通りに行動を開始するのを見計らって、ヴィリュインテーゼの意識が、より強く俺に向かうように、あえて吠えるように叫んだ。
「いいね、その顔! 魔四将の一人とのガチンコ勝負だ! 精一杯やらせてもらうぜ!」
「かかって来い、人間っ! このあたしが、この焔姫ヴィリュインテーゼが、お前の首と心臓を、魔王様への手土産として貰い受ける!」
魔族は他の種族の心臓を喰らう。伝承の通りだ。生物としての活動に必要な心臓は、実は魔力を溜めるタンクにもなっているというのは、今となっては割と有名な話。
この説を提唱したのは俺の師匠だったらしいが、実際に魔物を生け捕りにして、生きたまま解剖することで判明したそうだ。
魔王に俺の心臓が渡れば、それを喰った魔王が、更に力をつける可能性がある。そんなことになったら師匠に合わせる顔がないので。ここで負ける訳にはいかない。
俺が恐れているのは。どちらかというと魔王軍の進撃ではなく。それによって師匠が、各地で全力で暴れること。そんなことになれば、生態系は崩れ、大地は腐り、天が落ちる。要するにこの世の終わりだと。俺はそう思っている。
(あの人が最前線に出なくて済むように、俺が上手く立ち回らないといけないんだ!)
そうして交差する、俺とヴィリュインテーゼの影。
俺と彼女の通った後には、魔力回路から漏れ出した蒼と紅の魔力が筋となって残り。さながら閃光が絡み合うような光景になる。
幾筋にもなったその光の線は、時にぶつかり、時に離れ、交差し、並んで飛ぶ。決着は、つきそうにない。むしろ、俺の方が、若干ではあるが押されているくらいだ。
(……でもこれでいい)
この戦いは一人でやっている訳ではない。重要なのは、ヴィリュインテーゼの意識から、ウィルテイシアの存在がさっぱりと抜けること。そうなった時こそが勝機であり。俺が作り出さなければならない瞬間である。
(……もう少し)
ウィルテイシアの方の準備は整った。
(……あと少し)
あとは俺が状況を整えてやれば、彼女がとどめを刺してくれる。
(……ここだ!)
ほんの一瞬の駆け引き。俺が武器を使うと踏んだヴィリュインテーゼが俺の懐に飛び込もうとして瞬間を、俺は見逃さなかった。
俺は杖を捨て、ヴィリュインテーゼが攻撃のために振りかぶった腕の内側に飛び込み。彼女の胴体に組みついて、そのまま地面へとダイブする。
音を追い抜く速度で地面に叩きつけられたヴィリュインテーゼが、大きく陥没した地面に、頭をめり込ませた。
「ウィルテイシア!」
「ああ!」
それで勝敗は決する。
地面に叩きつけられ、ヴィリュインテーゼの動きがほんの一瞬止まった、その刹那に。気配を消して潜んでいたウィルテイシアが、彼女の顔面に、その剣の切っ先を突き立てたのだ。
飛び散る、緑色の血しぶき。
俺への攻撃に備えて爪に魔力を集中させていたヴィリュインテーゼの魔法による物理防壁を突破するのは、必死に剣の修練を重ねて生きたウィルテイシアにとっては、そう難しいことではなかった、ということ。
見事に頭蓋を貫かれた彼女は、最後にビクンと体を震わせ。何も口にする間もなく、静かにその生涯を終えた。
まだ軍勢は眠っているだけ。やらなければならないことは山積みで。それでも……。
俺とウィルテイシアの二人だったからこそ叶った、これ以上ない完璧な勝利だった。
第二章 了
ここまで読んでいただきありがとうございます。
この作品は第一部は既に執筆完了しており、ひとまず切りのいいところまでは読めることを保証します。
そして、作者はただいま第二部の第一章を執筆中です。更新頻度がどのくらいになるかはまだ未定ですが、まずは第一部を楽しんでいただければと思います。
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