第二十二話 夕暮れに踊る精霊の光/sideウィルテイシア
この日の晩は、精霊たちの光の舞を、二人で眺めながら、いろいろな話をした。
他愛ない趣味の話とか。今までに食べた美味しい料理の話だとか。お互いの故郷についてだとか。本当にいろいろと。
一緒に旅をしようというのに、私たちはお互いのことを知らなさ過ぎた。私の旅の目的がはっきりし過ぎていて。彼がそれに同行する形だったから。その辺りを深く考えられていなかったのだろう。
彼に趣味と呼べるようなものはなく、強いて言うなら、肉体鍛錬と魔法修練の二つに収束するだけだったのには、ついつい笑わされてしまったが。
「そっか。ウィルテイシアは森の中で育ったんだな。物語に登場するエルフそのものだ」
「そう言うライオットは、貧しい村の生まれで魔物の襲撃で村を追われて、孤児院で育ったのだろう? つらくはなかったのか?」
「嫌な思い出ならいくらでもあるけどね。つらいって感覚は、あんまりなかったかな。ずっとそばに幼馴染がいたし、目標もあったから……」
そこまで言ったライオットの表情が陰る。また勇者パーティーのことを思い出しているのだろう。その辺りの話は、ここに来るまでに彼から詳細を聞いていた。
せっかく良き師に恵まれ、最高の魔導士になって、世界を救うべく勇者パーティーに入ったのに。勇者に嫌われ、恋人に裏切られ、挙句パーティーを追放された。彼ほどの優しい人間が、こうも簡単に疎まれ、捨てられる。人間社会の闇が、そこには凝縮されていて。
だからこそ、彼の心は打ちのめされ、こうして何も信じられず。他者からの好意にすら臆病になってしまっている。
私にできるのは、そんな彼の傍を離れないことくらい。ずっと傍で寄り添って、愛情を言葉で伝え、態度と行動で示し。彼の心の傷が癒えるのを待つことしかできない。
「ライオット。それはもう考えるなと言っただろう? 貴方を愛そうとしない人間に、貴方から近づく必要はないし、大切にする必要もない。そんな相手のことをいつまでも考えているのは、はっきり言って時間の無駄だ」
「そういうものなのか? 切り替えろって言われても、それが上手くできるなら、もうとっくにしてるんだけどな~」
「その優しさは、貴方の美徳だが。同時に欠点でもある。時間も命も無限じゃない。大事なのは、その優しさを向けるべき相手を間違いないことだよ」
「……例えば君とか?」
「……いきなりそういうことを言うのは、いったい何なんだ! 貴方のそういうところは心臓に悪い!」
狙ってやっている訳ではないようなので、これには本当に困らされている。真面目に話していたかと思えば、不意にドキッとするような言葉や行動を見せるのだ。
天然でこれとは、相当に性質が悪い。今まで女を泣かせたとがないと言うのが嘘のようだ。はっきり言って信じられないし、正直困る。私の方がずっと年上なのに、これでは掌の上で転がされているようで。
(でも、それはそれで悪い気はしなくて……。って、いいや! ダメだ、ダメだ! 今のはなし! 忘れろ、私!)
彼の与えてくれる全てが、私にとっては新鮮で、心地よい。長らく停滞した人生を送っていた私にとって、この刺激に溢れる日々は夢のよう。だからこそ、私はこの夢にもっと浸っていたくて、ついつい彼に甘えてしまう。
「ごめんて。毎回気に触らせちゃってるみたいで、本当にすまないと思ってる」
「そういうことを言ってるんじゃない! 私は、貴方と一緒にいるこの時間が幸せでたまらないんだ! でも、私はエルフで、貴方の何十倍も生きて来たから……。いきなりの刺激には弱いんだ……。一般的なエルフの夫婦は、あまり情熱的に愛を交わさないからな……」
ここは種族間の文化というか、価値観の違いなのだろう。長い時を生きるエルフは、基本的に変化を好まない。
それが小さな変化ならいいのだが、大きな変化はストレスになってしまいがちだ。だから、エルフはお互いに好き合う相手ができても、積極的に愛の言葉を交わさない。ただ二人で寄り添って、自然と子を成し、育てていく。そういう平坦な人生を送る種族なのである。
ところが、このライオットと来たら。昔の女に何を言われたのかまではわからないが。女を喜ばせる手練手管に長けている。これはあれだ。ジゴロと言ったか。
容易く女を篭絡し、何人もの女を侍らせる男のことを言うそうだが。彼にはその素質がある。それを意識して行うのではなく、素でやってのけるところが恐ろしい。
「俺はあんまり君に好意を示さない方がいいってこと?」
「そうじゃない! それはむしろ積極的にして欲しいと言うか……。で、でも! もっとやり方とか、スピード感とか、雰囲気作りとか、いろいろあるだろ!?」
恋愛経験のない私が、どうして仮にも恋愛経験のある彼に、恋愛のあれこれをレクチャーをしなければならないのだろうか。
それだけで私の精神は消耗するし。恥ずかしさで顔が爆発しそうだし。でも、同時に、そこが楽しいとも感じてしまう訳で。
「でもさ、そういうテクニック的なことで相手に好かれても意味ないだろ? ちゃんと人間性を見て好きになって欲しいと言うか。俺は君に好かれるなら、その方がいいし」
「~~~~~~~~~~っ!」
顔から火が噴き出すような感覚に襲われる。
(……そういうところだ! そうところだぞ、ライオット=ノールディ!)
そういう女に刺さる言葉を平然と言うところが、ライオットの悪い癖で。でも、そこが魅力的でもある訳で。
出会った瞬間から好きだったが、どんどんと底なし沼にハマって行くような。もがけがもがくほど、彼という泉に溺れていくような。そんな感覚に陥る。
「ダメか?」
「……ダメじゃ、ない」
結局、惚れた弱みというか。私はどこまで行っても、彼には勝てず。戦闘でも恋愛でも。彼には負けてばっかりで。でもそれが新鮮で、楽しくて、やめられなくて。
運命の出会いと言うものが本当にあるのなら、私にとってのそれは、間違いなく彼であるのだろうと。
同時に、彼にとっての運命の相手が、私であればいいのにと。そんな風に乙女心が叫ぶ。
彼はまだ、私に恋愛感情を向けていないのに。それはわかっているのに。彼の言葉が、仕草が、態度が、行動が、私を勘違いをさせる。
(異種族同士の恋愛がなくなったのには、こういう種族間の価値観の相違がすれ違いを生んだと言うのもあるんじゃないか?)
真実はわからない。でも、こうも振り回されてばかりいると。段々と、そんな気持ちになるということは理解して欲しい。
「……俺は、さ。両親のことは、もうほとんど覚えてないんだ。魔物に村が襲われたのは、俺がまだほんの小さな頃だったし。孤児院に居た時間の方がずっと長いから……」
そこに悲しみの感情はあまり見られなかった。それほどに、彼にとって両親の記憶は希薄になってしまっているのだろう。それは何だか、少し寂しい。
彼の両親だって、きっと恋をして、いろいろな試練を乗り越えて、結ばれて。そういう軌跡があったはずなのだ。その結果、彼が生まれ、今ではこうして逞しく成長している。
幼馴染だと言う女も、きっと同じような人生だったのだろう。だからこそ、彼と彼女は共感し合うことができて、共感があったから親密度が増して。そして愛し合うようになった。そのはずなのに。
彼は、結果として捨てられた。
彼は本当の家族を得ることができなかった。
だから彼は傷ついて、疲弊して、絶望して。
その先で、私と出会った。
「ウィルテイシアの両親は、どんな人たちだった?」
彼が求めているのは、きっと恋愛の先にある結婚観とか、家族像だとか、たぶんそういう話だと思うから。私は、私の中で理想となっている、両親の関係を語ることにする。
「仲のいい二人だった。多少ケンカをする日もあったが、それもそんなに長続きしなくて。結局、お互いがお互いのことを大好きで、ずっと一緒にいたくて。だから生涯をともにする決意をして、家族になって、私が生まれて……」
あの暖かな日を思い起こした。私にとって、それはつらい記憶でもあるが。私が結婚観や夫婦像を語るなら、この二人を上げる他ない。
「いいご両親だったんだろうな。今のウィルテイシアを見れば、どんなに愛情深く育てて貰えたかが窺えるよ……」
目は笑っているのに、口元はぎゅっと閉じられている。どうしても、そういう家族を作れなかった自分と比較してしまい。辛い気持ちが溢れて来てしまうのだろう。
こんな風になった彼に、私がしてあげられるのは。そんな彼の隣から離れず。しっかりと身を寄せて。この身の温もりを、彼に伝えることだけ。
「大丈夫だ、ライオット。今の貴方には私がいる。私は絶対に、貴方を裏切らない。そう約束しよう。誓いを立てるでもいい。形は問わないから、貴方が一番安心できる方法を教えてくれ」
私がそう言うと。彼は、そっと右手の小指を差し出した。
「……それは?」
見たことのない仕草。人間特有の何かの合図なのだろうか。
「指切りって言うんだ。俺の村に伝わっていた、約束事を破らないための……。そうだな、おまじないの類か。たぶん地方独特の風習だったんだろうな。王都では全然意味が伝わらなくて、俺も幼馴染も驚いたもんだよ……」
おまじない。そういう文化はエルフにもある。エルフのそれはもっと儀式的な様相が強かったが。
「……どうやればいい?」
「同じように小指を出して……、そうそう。そうしたら、こう。指を絡めて……」
私の右手の小指と、彼のみ右手の小指が、わずかに組み合わさる。触れている部分は少ないのに、どういう訳か、心がふっと温かくなる。
「指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲~ます! 指切った!」
そう言って指が離されてしまった。それが少し寂しくて、切なくて。彼の生まれた地域には、こんなに素敵な風習があったのかと。今はないと言う彼の故郷に思いを馳せた。それは、それでいいとしても……。
私には、どうしても言いたいことができてしまった。
「約束を破ったら針を千本を飲めというのは、いささか物騒が過ぎるのではないか?」
「そりゃ、大人になった今の俺でもそう思うけど。そういう歌だったんだから仕方ないだろ?」
「……そうか。まぁ、古くから伝わる風習なら、きっとそこには意味があったのだろう。それを説明できる者は、もうこの世にはいないかも知れないが……」
ともあれ、これで約束は結ばれたことになる。
彼と交わした、初めての約束。指を絡めてそれを行うことで、二人がずっと一緒にいられるようにという、それぞれの立てた誓いにもなっているのだろう。よくできている。
以前は私からの一方的な誓いだったが。これで彼もそれを受け入れてくれたことになる訳で。恋愛ではないにせよ。まだ家族ではないにせよ。二人で一緒に歩んで行こうと言う誓いが交わされたのなら。それは私にとっては一歩前進だ。
「……ライオット」
「ん?」
「私は貴方を好きになれて、本当によかった!」
この言葉には、ライオットの頭の方が沸騰していたが。彼が私から離れようとする様子はなくて。
それが嬉しくて、ときめいて。
私は彼のことが、ますます好きになった。
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