第二十一話 夕暮れに踊る精霊の光
勝ちへの道筋はもう見えている。あとはそれに沿って、思うままに動けばいいだけ。
ゆっくりと。
そう、俺はゆっくりと動いたつもりだった。
しかし俺の視界に映っているのは、時間の流れが遅くなったかのような、全てがゆっくりと重たく動く世界。それは俺の動きより圧倒的に遅く。歩くような速度の俺でさえ、容易に相手の動きを捉えることができる。
「もう少し、魔族についての情報が欲しいところだったけど――」
そんな雑念が、一瞬脳裏をよぎった。
けど、所詮は雑念。今すべきことの前では、どうでもいい些事。取るに足らない思考でしかない。
「せっかく精霊たちが俺を受け入れてくれたんでな。余計な水を差さないでくれ。それに――」
極力周囲に被害を与えないで済むよう。俺は魔力の刃をスッと一振りし、魔族の首を刎ねる。ゆっくりと、肉と肉の隙間を通すように。鋭く研ぎ澄ませた、極薄の魔力の刃を使って。
途中当った少し硬い部分は、きっと彼の首の骨だったのだろう。
だがそれも、今の俺の一線を遮るには能わない。肉と同様に、骨と骨の継ぎ目を断ち、そのまま反対側に抜けた。
「お前みたいな、自分の利益ばっかり考えるような奴は。俺は嫌いだよ」
俺の体感時間が元に戻った時。落ちた魔族の首の断面から、おびただしい量の緑色の血液が噴水のように噴き上がる。
想像よりも簡素だった。
想見よりも冷静だった。
想定よりも余裕だった。
想察よりも平常だった。
想到よりも無心だった。
ただ、俺はやるべきことを。一番確実で、一番安全で、一番簡単な方法を。細心の注意を払って実行しただけ。
それだけで、あんなに恐ろしかった魔族を。ほんの束の間の時間で、あっさりと仕留めてしまったのだ。
いったい俺に何が起こったのか。それはよくわからない。
確実に言えるのは、左手に浮かんだ紋様が、俺に未知の力を与えたということ。
「って、あれ?」
ふと紋様を確認しようと左手の甲に視線を向けたのだが、そこには見慣れたやや骨太な肌が見えるだけ。どこにも紋様など見当たらない。
(……気のせい、じゃないよな。確かにここに、見慣れない紋様があった)
何かの模様を半分で割ったような、それでいて一つの模様としても成立していた、奇妙な紋様。それが現れた左手は熱を帯びていたし、それが発現したと同時に、自分でも信じられない力を発揮していたのである。
あれが気のせいだったはずはない。現に首を失った魔族の身体が、ゆっくりと倒れ伏せる様を、目の当たりにしているのだから。
「ライオット!」
ウィルテイシアが俺を呼んでいる。その声には困惑が混じっていて、どこか落ち着かない。
俺はすぐさま彼女に駆け寄り、そのまま抱きついた。
また彼女の心を傷つけてしまったのかと不安で、不可思議な現象を目の当たりにした自分自身も不安で。整理しきれない感情のまま、ウィルテイシアに縋る。
彼女の首筋に顔を埋め、大きく深呼吸をした。香水なんて高価なものを使っている風でもないのに、彼女からは花のようにほんのりと甘い香りして、鼻腔を満たす。それがとても心地よくて、荒れた俺の心を優しく包み込み、癒してくれた。
「ちょっ――、ライオット!? それは……。それは……。ちょっと困る……」
「え? いいにおいなのに。ダメなのか?」
「だ、ダメに決まってるだろう! 私たちは、その……。まだ結婚した訳ではないのだし……。お付き合いしているという段階でも……ないのだし……」
恥ずかしさからか、腕の中から逃れようともがく彼女を。俺はきつく抱きしめて離さず。彼女の香りに包まれながら、しばしの安息を得る。そうしていないと、不可解な事象で疲弊した心が、悲鳴を上げて倒れてしまいそうだったから。
「すごい! すごい!」
「怖い魔族、やっつけた!」
「流石、新しき星を紡ぐ希望!」
「星婚の光!」
精霊たちが騒がしい。俺たちを取り囲んで、何やら声を上げている。
(星婚って。今そう言ったよな?)
伝承にその名は記されている。しかし、それがいったい何を意味する言葉なのか。どういう状態を指すのかは、謎に包まれている。急に好奇心が首をもたげ。俺は、ウィルテイシアの首筋に埋めていた頭を持ち上げた。
「その……。星婚って何なんだ?」
「……それはね」
「あっ、ここに書いてあるよ! 星婚!」
ふと視線を動かすと、少し離れたところに、俺のバッグが落ちている。恐らく先ほどの戦闘中に、肩紐が千切れてしまったのだろう。せっかくウィルテイシアが新しいものを買ってくれたばかりなのに。
精霊たちの動きを追って、俺は落ちた拍子に鞄から飛び出したのであろう、例の魔導書に目を落とす。開いたページはちょうど中ほどだったが。そこには俺が必死に解読して見出し、そしてウィルテイシアが読み方を教えてくれた。『星婚』の文字があった。
「これが、星婚で合ってるのか?」
妖精たちが指差す先。そこには確かに、俺たちが『星婚』と読んだ文字が並んでいる。
「そう! 星婚は素敵なこと!」
「異種族同士の絆が、新しい星を紡ぐの!」
「とっても綺麗で、とっても力が湧いてくるの!」
ウィルテイシアからの情報提供と、精霊たちが口々に言っていることを要約すると。異種族同士の絆が新しい星を紡ぐ希望の光であり、大きな力を生む。それを『星婚』と呼ぶ、ということらしい。
「さっきの紋様が、星婚の証ってことか?」
精霊たちはとても嬉しそうにしている。それぞれが元気よく空中を飛び回る様は、まるで舞のようで。その光は、どこか無数の流星を思わせた。
「さっきのはまだ半分!」
「星婚の光は、二つで一つなの!」
「一つであれなら、二つだともっとすごいね!」
あの力には、まだ先があるらしい。俺の手の甲に浮かんだのを一つとするなら、揃えるべきはウィルテイシアの身体に現れる紋章ということか?
「どうすれば星婚は発動する!?」
俺が焦り気味に問いかけると、顔が見えないはずの精霊たちが微笑んでいるように見えた。
「星婚は絆の証!」
「仲良し夫婦の愛の形!」
「二人がいっぱい仲良しするの!」
「二人が二人を大切にすれば、星婚は君たちの道を照らすはずだよ!」
つまるところ何をすればいいのかは、結局わからないまま。
困惑する俺と、同じ困惑している言葉を発せずにいるウィルテイシアをよそに、精霊たちは空中を自由に舞い踊る。
夕焼けに浮かぶその光は、とても幻想的で。
俺は思わず、ウィルテイシアの手を握っていた。
何となく。本当に何となく。そうするのがいいのではないかと、ふとそう思ったからだ。
彼女は、俺の手が触れた瞬間。ビクッと肩を震わせ、身体を硬直させたけど。それもほんの少しの間のこと。
全身の強張りは徐々に抜け、代わりに握った手に力が入る。繋いだ手がほんのりと熱を帯びたのは、たぶん、お互いの熱が伝わったからだけではなく。
端から見れば。俺たちは二人とも、顔を真っ赤にしていたのだろう。妖精たちが微笑ましそうに笑う声が、そこかしこから聞こえていたから。
繋いだ手が心地いい。それは、俺をフッた幼馴染の手と違い、確かな想いを俺に伝えてくれている。
今はまだ、彼女の気持ちに正面から向きうことはできないけど。
(それでもいつか。俺の気持ちが晴れて。その先に彼女を想うようになったなら……)
そんな風に考え。そんな自分がおかしくて、苦しくて。複雑な感情を抱いていると、彼女の方の手を握る力が、少し強くなる。
「大丈夫だ、ライオット。焦らなくていい。私と貴方の旅は、まだ始まったばかりだ。生き急いでいると、人間はすぐに歳を取ってしまう。少しゆっくり歩いた方が、人生は楽しいぞ?」
その言葉の重みは、きっと人間には出せないもので。だからこそ、この胸の中にすとんと落ちた。
「ウィルテイシアが、そういうなら。ペース配分は任せるよ。俺は何かと忙しくしてないと生きていられないような環境で育ったから。ゆっくり歩くのは難しい」
「それなら任せろ。エルフの長生きの秘訣を、たっぷりと伝授してやろう」
二人で手を繋いで見上げた空は、精霊たちの祝福に包まれ。とても暖かく、心の底から元気が湧いてくるような。そんな心地よい時間を、俺たちに与えてくれた。
「それで、ライオット。先ほどの戦闘では、結局何が起こったんだ?」
今更の質問。けど、彼女は彼女で、この話をする機会を窺っていたのだろう。俺が急に彼女を抱きしめたりしたから、彼女は話うを切り出すタイミングを失ってしまったのだ。
「う~ん。俺にもよくわからなかったけど、今は考えなくていいかな。魔族は無事倒せた訳だし。こんなにきれいな景色を、君と一緒に見られているんだから」
「……そうか」
空を真っ赤に染める夕焼けと。舞い踊る精霊の群の光。
俺はその瞬間を彼女と、精一杯共有したくて。繋いだ手をぎゅっと握り、ともに目に焼き付けようと、彼女の視線を誘導し。この神秘的な光景を、いつまでも、いつまでも。夜が明けるまで堪能したのだった。
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