第二十話 謎の紋様
魔族と対峙する俺。
命がけの緊張で足が震える。それでも俺は大樹の如く、深く台地を踏みしめた。
一瞬の揺らぎが死に繋がるのは明らかで。相手がその気になった途端、俺が吹いて飛ぶ様も脳裏に浮かぶほど。
それでも、やると決めた以上はやり切るしかなく。相手の動向を見逃すまいと、目を大きく見開く他ない。
いまだにウィルテイシアを嘲り笑う魔族の男から、ほんの僅かにでも隙を見出そうとし、それが叶わないことに焦りが積もる。
「どうした、人間? 来ないのか?」
魔族の鋭い眼光が、俺にスッと向いた瞬間。とてつもない重圧に晒され、膝を折りそうになった。
いや、実際はそれほどでもない。確かにすごい重圧ではあるけど。師匠の殺気を正面から受けた時の、あの瞬間の心地からすれば。この程度は虫に刺されたようなものと言っていい。
「ちょっとね。気を練ってたんだよ。あんた強そうだからさ。そういうの、必要だろ?」
「なるほど? 愚かしくも俺に挑もうという腹か……。その心意気だけは認めてやるぞ、人間?」
相手はいかにも余裕そうだけど、それでいてどこにも隙がないのだからたまらない。気を練っていたのは本当のこととは言え、それだけで勝てる相手でないこともまた事実。
(これが、魔族。ウィルテイシアが滅ぼしたいと願っている相手……)
とは言え。このまま時間をかけて、魔力も同時に練ろうと試みたところで、相手がそれを待ってくれるとは思えない。下手に時間をかければ待つのに飽きて、向こうがか攻撃を仕掛けて来ることだろう。
ならば――。
「そういうことなら、そろそろ始めようか!」
俺は瞬時に魔力を全身と杖の末端に込め、突撃する。繰り出すのは最短距離を駆ける刺突の一閃。これで決まってくれれば助かるが、そう簡単な話ではないはず。
案の定。俺の全力の刺突は、あえなく空を切った。
明らかに最小の動きで、綺麗に躱されている。それだけ俺の動きははっきり見えているということだ。しかし、それでも俺は止まる訳にはいかない。
「くっ! まだまだ!」
幸い、相手の動きは目で追えている。俺はその影を縫うように、二撃、三撃と続け様に攻撃を繰り出したのだが。それも相手を捉えるには至らない。予想はしていたけど、思ったよりも精神を削られる。
「何をやっておる、人間よ! 俺はここだぞ?」
翼を広げて空を飛び、俺の頭上で悠長に構えている相手の声。
居場所はわかっているのに、俺の身体はそこまで素早く動いてくれない。
もどかしさを感じつつ、それでも相手に喰らいつこうと、必死に体を捻る。
また躱された。
足りない。
知識も、経験も、努力も、結果も。
何もかもが俺の理想に届いておらず、それが俺の精神を縛る枷になる。
もっと自由に動く身体が欲しい。
もっと素早く回る思考が欲しい。
(それがないと、俺は……。ウィルテイシアを、笑顔にできないんだ!)
瞬間。敵に向けて追加の刺突を放とうとした俺の左手の甲が、カッと熱を持った。
何事かと、ほんの少し視線をずらしてみると、左手の甲に、見たことのない紋様の光が浮かんでいる。これは、何だ?
何かの模様を半分で切り取ったかのような。それでいて、一つの紋章としても成立している不思議な形。
それが何なのかはわからないが、その紋様が現れた途端、俺の身体の動きが急激に速くなるのを感じた。
「むぅ!?」
魔族は驚愕の様相を浮かべて、より高い位置へと退避する。俺よりもずっと力を持っているであろう相手が、本能的に距離を取ったのだ。俺自身も驚きだが、相手はよほど焦ったのか、額から汗を滴らせている。
「急に力を増しおったな……。貴様、何をした?」
そう言われても、俺には何かをしたという心当たりがない。
見知らぬ紋様が自身に発現したというだけで、それ以上でも以下でもないのだから、答えようがないのだ。
しかし、これは間違いなく好機。この紋様がいつまで効果を発揮してくれるかわからないが、少なくとも今この瞬間、俺の力を増幅させてくれていると見ていいはず。であるのなら、ここで一気に勝負をかけるしか、俺に勝ち筋はないだろう。
相手の言葉に応えることなく、俺は猛攻を開始した。
空中の相手を追うために風魔法で自身を浮かせ、肉薄し、一撃を見舞う。
「当たれ~っ!」
すると、これまでとは違い。俺の攻撃が、魔族の右肩を捉えた。杖を通して肉と骨を貫く感触が伝わり、俺は確かな手応えを覚える。これは、いい当たりに違いない。
「くぅっ!? おのれ! 妙な力を使いよるわ! 俺に手傷を負わせるとはな!」
相手は大層ご立腹の様子。それまで気にも留めていなかった相手に手痛い一撃を貰ったのだから、気持ちはわからないでもないが。
それでも俺にとっては、これ以上ないチャンスでしかない。致命傷でないとは言え、手ひどい傷を貰って冷静さを欠いた相手ならば、例え格上でも、立ち回りしだいで何とでもなる。
「まだまだ! ここからだぜ!」
相手に反撃を隙を与えないよう、俺はギリギリの間合いで立ち回り、武器を持っているという有利を存分に生かす。無手の相手と、杖を持った俺と。間合いの有利を崩されなければ、リーチの長さで俺が一方的に攻撃できるのだから。
「ええい、人間如きが!? 羽虫のように纏わりつくでないわ!」
翼で飛んでいる相手に羽虫扱いされるのは心外だけど。相手の癇に障ったのは間違いない。
魔族が放った巨大な火球。人間一人くらいなら余裕で飲み込めそうな灼熱の業火が、俺の眼前に迫る。
(これは、躱せない――!)
ファイヤーボール並の発生の早さと、飛翔速度。こんなものをとっさに繰り出せるのだから、間違いなく黒魔導士の俺よりも魔法の実力は上。
それでも、俺は負ける気がしなかった。
左手に輝く紋様。俺にとってそれは、奇跡の体現と真理への到達。その両方を兼ね備えた、神秘の具現を示したに等しいものだったのだから。
(……魔法で迎撃するか?)
いや、下手に魔法を使って、精霊の住処を傷つけたくない。
ならば――。
俺は自ら火球へと突進し、極限まで魔力を込めた杖の先で掬い上げるように、巨大火球を上空に弾き飛ばす。異なる魔力同士は反発するという、魔力の基礎知識を、そのまま最大限に利用した形だ。
「なっ!?」
それでも魔族の反応には、確かな焦りが見て取れる。
あの海上戦以来、ここまで魔力を練ったのは初めてのことだけど、今回は何か違う。あの時とは全く異なる、どこからともなく力が湧いてくるような。そんな感覚。
(自分でコントロールしていると言うよりは、勝手に魔力が練り上がって、淀みなく出力されているみたいな……)
その力の根源に心当たりはないものの。今、重要なのはそこではなく。あくまで魔族を排除すること。
ならば、この力の源がどこであれ、利用できるものは利用するまでだ。
上空に跳ね上げられた火球は、魔族に当りこそしなかったけど。結界の天蓋部分を貫通し。その遥か先にある雲の辺りで、弾けて、消えた。これが地上で起こっていたらと思うとゾッとするが、あれだけ高度での魔法の爆発なら、地上への被害はそうないと思っていい。
「ええい! 人間如きに後れを取ってなるものか!」
俺に向けられる魔族の怒号。それはどこか、死の間際のデモストールを連想させる。
結論から言えば。俺はもう勝利を確信していた。
左手に宿った紋様と、そこから生じているこの力があれば、俺は負けない。その自信と、自負がある。
となれば、あとは実行するだけ。
たぶん相手には魔法耐性があるだろうし、どのみち精霊の住処で大魔法は使いたくない。
(……となれば、方法は一つだよな)
俺は持てる限りの魔力を杖に注ぎ込み。杖の先端に魔力の刃を生成した。これがこの戦闘における、俺が導き出した最適解。
今の俺にできる、最良で、最高の攻撃手段だった。
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