第二話 必死の攻防
相手は顔が露になったとて、構えを緩めず。次の瞬間にでも、手にした細身の両刃剣で、俺を貫こうとしているのがかわる。
そんな俺の考えは、すぐに現実のものとなり。相手の剣は繰り返し突き出され、俺の心臓を的確に狙ってくる。俺は上体を捻りながら紙一重で躱すが、相手の勢いはとどまるところを知らない。
攻撃を躱す際のすれ違い際。彼女の目元に、両の下瞼からつり上がった目尻にかけて、何かの文字のような淡い碧の紋様があるのが見て取れた。これがエルフ全体に言える特徴なのか、それとも彼女が特別なのか。それはわからない。
ともあれ、こうして接近して間近で見たことで、その端麗な素顔が一層映える。
こう言うのを傾国の美女というのだろう。その姿は、まさに女神の現身。これほどの美貌を持った女性に、俺は今までに出会ったことがない。
長命として知られるエルフは、種族的な特性として美男美女が多く、若い姿が長く続くのだと、何かの書物で読んだけど。なるほど、確かに。彼女の容姿を見れば、それがただの憶測や噂ではないことがよく分かった。
「……一応聞くけど、俺のこと恨んでる人? 人違いとかじゃなくて?」
彼女は、答えない。
次々と繰り出される、まるで千本針を一気に突き付けられているかのような刺突を、俺はギリギリのところで躱す。
(言葉が通じていないのか? それとも、何らかの目的で俺を暗殺しに来たとか……)
相手の目的が俺を殺すことなら、逃げたところで一時しのぎにしかならないし。正体を明かさずに他者の命を奪おうとする危険人物を相手に、助けを呼ぶのも心苦しい。
無関係の人間を巻き込むのは、はっきり言って俺の性に合わないというのもあるけど。そもそもこのレベルの剣士を相手に、その辺にいる一般人が太刀打ちできるはずもない。
「エルフが、どういう理由で人間を襲って来たかはわからないけど、わかったよ! とことん付き合ってやる!」
俺が杖をくるりと回し、向きを変えて槍のように構えると、相手は一度攻めるのやめ、一旦こちらと間合いを取った。
エルフの出方を伺う。
手足のリーチの長さなら、身長が高い俺の方が上。となれば、彼女は剣を使う他ない。
そして得物が槍と剣なら。武器の間合いでも、俺の方に若干の分がある。
しかし、白兵戦の腕前の差を考えれば、俺が彼女に遠く及ばないのは変えようもない事実。こればかりは、今すぐにどうこうできる問題じゃない。
一応勇者パーティーにいた頃に歴戦の槍術使いの指導は受けたことがあるが、それも一時的なもの。そこいらのごろつきになら負けないレベルにはなったが、剣一筋で何年生きているかもわからないエルフを相手にするには、どう考えても実力が不足している。
彼女の剣の長さと高い身体能力を考えれば、この距離なら一足刀の間合いのはず。それでも安易に攻めて来ないのは、俺の槍術の腕を警戒しているからだろう。どうやら相手は相当慎重な性格らしい。
それでも、この膠着状態も長くは持たないだろう。多少使えるとは言え、俺の槍の腕など、その道の達人には程遠いのだから。彼女ほどの手練れなら、いつかはそれを見破られて、切り崩されるのは目に見えていた。
ふと、相手の姿が消える。
いや、消えたのではない。高速で重心を低くしたことで、俺の注視できる範囲の外に出て、意識から外れたのだ。
(いやいや!? いくら何でも速過ぎだろ!?)
それでもまぁ、種がわかれば視えないことはない。こと動体視力に関してだけなら、子どもの頃から結構自信がある。
次の瞬間。眼前に迫った刃の切っ先を、条件反射で杖で滑らせ、軌道をずらす。武器同士が散らす、激しい火花。もし俺がただの黒魔導士だったら、今の一撃で眼球から頭を貫かれて死んでいただろうけど。
(そうならなくて本当によかった。怖い怖い……)
この場で、思考速度に身体の動きが付いて来てくれたのは、黒魔導士という立場に甘んじず、自衛手段として白兵戦の技能を身につけ、鍛錬を怠らなかったからで。これは、俺の師匠の教えだった。
『黒魔導士たるもの、敵を殺すのに使うべきは魔法だ。しかし、敵を殺すのが必ずしも魔法である必要はない』
常々そう言っていた彼女は、魔法の修練と並行して、肉体強化のための鍛錬を俺に課したのである。
過酷な戦場において、前衛の仲間とともに散々走り回った挙句、いざと言う時に息切れで魔法の詠唱ができない。なんてことになれば目も当てられないのはもちろんのこと。魔力切れになった瞬間に足手まといになるようでは、黒魔導士としては二流以下だと、耳にタコができるほど聞かされたものだ。
当時は、何度死ぬほどの目に遭わされたか。回数が多過ぎて、一々覚えていないけれど。それがあったからこそ、俺は今、彼女の攻撃を受け流すことができたのである。
まったく、俺は、なかなかどうして良い師に巡り合えたと思う。それこそ、巡り合わせというものに感謝する他あるまい。
(師匠は、運命の相手と言うには危険人物過ぎたけどね……。歳はそう離れていなかったけど……!)
剣の軌道をずらされ体勢を崩した相手に、俺は杖の末端を打ち込む。当たってくれればそれでよし、当たらずともそれで更に体勢を崩せれば、こちらにも勝機がある。
相手がどう思っているかわからないけど、俺としては、できれば彼女を殺したくはない。それは相手が女性だからとか美女だからとかではなく、俺の戦闘技能の向ける先を、人間――今回はエルフだけど――に向けたくなかったからだ。
俺の技能は魔王を討伐するために身につけたもの。だから、守るべき対象に向けるのは論外だし、それは同じように魔王軍侵攻の脅威に晒されているであろうエルフ相手とて同様のこと。
俺が屠るべきは魔王とその配下であって、同じ脅威に晒されている者たちではない。
幸い。俺の一撃は当たりこそしなかったが、彼女の姿勢を更に崩すことができた。
俺は、ここぞとばかりに。この場にいるはずもない、かつての仲間の名前を呼ぶ。
「アレク、今だ!」
果たしてこのブラフは、彼女に通じるだろうか。
まだ一週間ほどしか経っていないけど。もし相手が、俺が勇者パーティーを抜けたという情報を事前に仕入れていたとしたら、このブラフは機能しない。
それでも。俺が堂々と仲間がいる風を装えば、相手だって警戒せざるを得ないだろう。
実際。彼女は支援攻撃を警戒して、慌ててこの場から離れようとしている。
時間にしたら、ほんのわずかの。
まさに刹那の間。
けど、そこが俺にとってはチャンス。
(ここだ!)
彼女の動きに生じた一瞬の揺らぎを突いて。俺は杖を手放すとともに相手の懐に飛び込み。彼女を覆うようにして胸ぐらと袖口を掴んで、相手を背負うようにして上体をグンと振り下ろし、豪快に相手を投げ飛ばす。
見た目よりもずっと重かった彼女の身体は、それでも木の葉のように宙を舞い。そのまま大の字に地面に叩きつけられた。これにより彼女は「かはっ!?」と息を漏らし、衝撃で綺麗に敷かれたタイル舗装の地面が大きく陥没する。とりあえず力いっぱい叩きつけてやったので、相手を無力化するダメージとしてはこんなものか。
しかし――。
(これは……、さすがにちょっとやり過ぎたか?)
彼女にではなく、町の住民たちに向けた感情でヒヤリとした。こんなにきれいに敷き詰められたタイルを、たった一人の襲撃者を相手にするのに破壊してしまったのだから。
けど、やってしまったものは仕方ないし、そもそもこちらは命を狙われていた身。周囲へのいくらかの被害には、目を瞑っていただきたいところである。正当防衛というやつだ。
(ほんと許して欲しい。と言うか許して……)
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