第一話 追放、そして出会い
太古の昔。まだ神々がこの地上にいた頃。
種族の違う神たちは、自由に愛し合い。世界の在り方さえ変えたと言う。
何故か、その文化は徐々に廃れて。今では異種族間の交流は、ほとんどなくなってしまった。
それでも。愛が偉大であるということは、今でも必ずと言っていいほど、多くの書の中で記されている。
書によれば、出会いとは偶然でなく、必然であり。男女の出会いとは総じて運命であると語られていた。
運命の赤い糸で結ばれた男女の絆は、時に大きな力を発揮するもの。
故にこそ、愛は世界を明るく照らすのだと、俺は思っていたのである。
でも、そんな俺に突き付けられたのは、どこまでも非情な現実でしかなく。
「悪いな。こいつはもう俺の女だ」
その日は恋人である幼馴染――フィオナの誕生日。
勇者パーティーとして魔王討伐の旅に出てから数カ月。旅に出て初めての誕生日ということで。俺なりに考えて、魔力回復効果のある指輪を、彼女にプレゼントしようと決めたのである。
本当は花束とかの方が、彼女は喜ぶだろうけど。花束だと、旅に持ち歩くには適さない。指輪ならば、荷物としてかさ張らないし、実用性もあるから。きっと彼女も喜んでくれるに違いない。そう思った。
夜。プレゼントを渡そうと彼女の部屋に入ると。勇者と幼馴染が、ベッドの上で、あられもない姿で絡み合い、情熱的なキスをしているのが目に飛び込んで来て。
(何だよ、これ……)
呆然として、指輪の入った入れ物を落とした俺に、勇者は不敵な薄笑いを浮かべて見せる。
幼馴染のフィオナは、気まずそうに顔を背けた。
「ごめんなさい、ライオット……。でも、あなたも悪いのよ? あなたってば、ずっと鍛錬だの魔導の研究ばっかりで。私、寂しかったんだからね……」
「……そんな。冗談だろ?」
(何言ってるんだよ、フィオナ!)
同じ村で生まれ、魔物の襲撃で故郷の村と親を失った俺たちは。他所の村の孤児院に身を寄せ。いつの頃からか異性として惹かれ合い。いつか世界が平和になったら、結婚して本当の家族になろうって。そう誓ったはずなのに……。
「なぁ、フィオナ。嘘だよな? だって俺たち、いつか二人で力を合わせて世界を救って、家族になろうって。そう約束したじゃないか……」
「……いつまでもそういうこと言ってるところも重くて、正直飽き飽きしてるの。それに、ハヤトの手柄をいつも横取りして。勇者より黒魔導士が目立ってどうするのよ」
フィオナは心底うんざりしたような、冷ややかな表情と声。それは鋭く尖った氷のようで……。
長らく一緒にいるのに初めて向けられる、彼女のその態度に。俺の心がキンッと凍り、身体すら凍えそうなほど冷える。
(落ち着け。冷静にだ。自分を客観視しろ。状況を俯瞰して見て、どうすればいいかを考えるんだ……。そうだろ? 師匠……)
確かに俺は、異世界から召喚されたという勇者と性格的にそりが合わず、何かといがみ合うことも多かった。それでもパーティーとしての練度は着実に上がっていたし。数カ月経った今、人々からの期待を背負って。いよいよ魔王領へと旅立つことに決めたのだ。
その矢先に、この出来事。
今になって思い返せば、兆候はいくらでもあったと思う。
俺が黒魔導士として活躍する度に、勇者は気に食わなそうな顔をしていたし、それが原因で気まずい空気になったことは一度や二度ではない。その度に間を取り持ってくれていたのがフィオナだったが、いつの頃からか勇者――ハヤトの味方ばかりするようになっていた。
(ああ、くそ! そんなのってあるかよ……)
勇者の嘲笑が頭に響き。魂の火が、静かに消え入りそうになる。
「最高だな~、お前のその面ぁ~! 俺はお前のそういう顔が見たかったんだよ!」
勇者は実に満足そうだ。俺が沈む様を見て、楽しくて仕方がないのだろう。
(悔しい……)
「そういや、アレクとティオは、お前がいつ気付くか賭けてたぜ? 旅に出る前だから、勝負はアレクの勝ちだな~」
(……あの二人も知っていたのかよ)
知っていて、二人を止めることも、俺に真実を告げることもせず。あろうことか娯楽の対象にまでしていた。
(胸が痛い……)
握った拳が白くなるくらい、きつく握った手がプルプルと震え。爪が肉に食い込み、出血し始めても、更に強く握りしめるのを止められないでいる。
「まぁ、アレクもティオも、お前の魔法に散々仕事を邪魔されてた訳だし? そうなっても仕方ないよなぁ~!」
俺の今までの努力も、尊厳も全ては壊され。大切なものも守り切れず。あまつさえ他人に奪われるという。まさに青天の霹靂。
俺が信じていた『愛の形』は、実は砂上の楼閣に過ぎなかったのだと。そう思い知らされる。
(俺は、何て無力なんだ……)
積み重ねて来たと思った絆は幻想で。俺の一方的な思い込み。
フィオナの言うように、ただ重く。痛いだけ。
「……そういう訳で。お前クビ、な? もうついて来るなよ? ウザいから。あ、装備品は置いて行けよ? あれは勇者パーティーの財産だからなぁ! ああ、あの杖と、例の魔導書だけはくれてやるよぉ~! どうせ俺たちには必要ないし、売ったって金にならねぇもんなぁ~!」
立てた親指で首を切るようなジェスチャー。それをわざわざして見せる辺りが、実に彼らしい。
耳障りな笑い声が、部屋に響く。
それに耐えられなくなって。静かに部屋を出てすぐ、最低限の荷物だけ持って、そのまま宿屋をあとにした。
宿屋の入口の戸を開けると、外は生憎の雨。
それでもかまわずに、俺はどこへともなく駆け出す。
宿屋を離れ、町を離れ、街道を離れ。
土砂降りの雨の中。ただ一人、孤独に、当てもなく。ひたすらに走り続ける。
いつまで経ってもやまない大雨のせいか、陽の光での時間経過さえもわからなくなり。ようやく立ち止まった時には、どこともわからない森の中だった。
森の中の、少しだけ木々が開けた場所。それでも真っ暗であることには変わりないけれど。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああっ!」
力いっぱいに叫ぶ。胸の内から、感情の全てを絞り出すように。
俺の魂の慟哭を、仲間の遠吠えと勘違いしたのか。どこか遠くで狼が応える。
それは徐々に連なって。さながら狼たちが合唱をしているように感じた。
連なり続ける狼の遠吠えを聞きながら。吹きそよぐ秋風に晒されている内に、びしょ濡れになった身体が冷え。少しだけ思考がまともに機能し始める。
(俺の声に応えてくれるのは、今は獣だけ……か。こんなところ仕方ない。町に帰ろう……)
雨上がりの森のにおいを目いっぱい吸い込み、大きく息を吐いた。
心が晴れた訳ではないが、それでも冷静さは取り戻せたと思う。
自分の至らなさを呪う。そんな冷静さだけは……。
俺が元の港町――サンドルク戻った時には彼らの姿はなかった。今頃はきっと、魔王討伐に向けての旅を始めているのだろう。
パーティーメンバーはみんな手練ればかりだし。あの組み合わせなら、パーティーとしては充分機能するはず。魔法戦力がなくてもバランスのいい編成なので、もしかしたらそのまま目的を果たすかもしれない。
(俺がいなくても、世は常に平常運転……。わかっちゃいたけど、やるせないよな~)
パーティーと袂を分かったこの港町で、俺は一人途方に暮れていた。
海辺の広場で、海に面したベンチに腰掛けながら。底なしの闇と見紛うばかりの夜の海と、まばらにしか見えない星を、ボーッと眺める。
勇者に嫌われ、恋人にも仲間にも見放された俺など、どこへ行ったところで何かを成せるとは思えない。努力して身につけた実力も、今となっては無駄なものとなった。真綿で首を絞められるような、ゆったりとした絶望感に包まれ、俺は小さくため息を吐く。
「くそっ!」
子どもの頃、フィオナがくれたお守りを懐から取り出し、海に向かって投げ捨てようと構える。
見た目が綺麗なだけの石に穴を空け、紐を通しただけのお守り。
幼い頃。 俺が川辺で拾ったきれいな石をプレゼントした時の、彼女の満面の笑みは、今でもこの胸に深く刻まれている。
彼女がそれをお守りに加工して、俺にプレゼントし返してくれたのは嬉しかったし。だからこそ彼女を大切にしようと思った。
(何が運命の相手だ! 何が永遠の愛だ!)
世界に愛なんて存在しない。愛なんて、物語の中にしかない幻想である。現に彼女は裏切って、俺を置いて行ってしまったのだから。
「こんなもの――!?」
投げる前の動作まで腕を持って行って――。
でも、結局。お守りを放り捨てることはできなかった。
我ながら女々しいとは思う。それでも、それが、かつての想いの残骸でしかないとしても。それを手放すなんて。俺には、できない。
俺はお守りを胸の内ポケットに入れて、飲み屋街へと足を向ける。
(飲み代に回せる金。あったっけな……)
いっそ、このまま静かに野垂れ死ぬのが、誰かにかける迷惑が一番少なくて済むのではないか。そんなことを思いつつ、人気のない裏路地を歩いていると、不意に向けられた殺気に、俺の生存本能が警鐘を鳴らした。
(……何だ!?)
俺が身を翻すと同時に、無数の短剣が地面に突き刺さる。
殺気に気付いていなければ、俺は今頃、物言わぬ躯と化していただろう。とっさに身体が動いてしまったのだから。俺は思っていたよりも、ずっと生き汚かったようだ。
突然の攻撃を躱し切った俺は、闇の中から現れた相手を注視する。
「誰だ!?」
全身黒衣で統一された、スラリとした体格。身長は、俺よりも少し低いくらいだ。目深に被ったフードで顔は見えないし、マントで体型も覆い隠されているので。相手が何者なのか。そもそも男なのか女なのかもわからない。
「こんなに堂々と命を狙われるほど、反感を買った覚えはないぞ!」
その瞬間。相手の姿がふっと消え、次に見えたのは目の前に迫る、心臓へ向けられた剣先だった。
「――っ!? いきなり何なんだよ、あんた!」
星の瞬きのような煌めく一閃。自然体から何の予備動作もなく繰り出される一撃は、戦女神の寵愛を受けているとしか思えないほど。
(ちっ! 街中だけど魔法を使うしかないか!)
魔物を屠るべく習得した魔法を、街中で。それも人間相手に使うのは気が引けるけど。ここはやむを得まい。
俺は背中に背負った杖を取り出し、構える。白金の輝きを宿した杖。神々の時代から存在するとされている、古代遺産の一つだ。
「今はイライラしているから、思い切り暴れさせてもらうけど。文句言うなよ!」
俺が右手に持った杖を横に振ると、無詠唱で火球が無数に出来上がる。
魔導士が扱うものの中では最も初歩的な、火属性最弱の魔法――ファイアボール。師匠の下に弟子入りしたばかりの頃は、やれ「精度が低い」だの「発生が遅い」だの「数が少ない」だのと散々ののしられたものだけど。今では俺の十八番とも言うべき、有用な魔法の一つだ。
「――っ!?」
さすがに相手も、瞬時に生まれた大量の火球を見て驚いたらしい。
「喰らえ!」
相手が戸惑っている隙にファイアボールをまとめて叩き込んでやる。剣士が相手なら、遠距離からのこれが一番効率的だ。
ダメージを与えられるなら、それでよし。もしダメージを与えられなくても、火を浴びればマントやフードが燃えて、相手の正体がわかるかも知れない。
「くっ!?」っと声を漏らしながらも、ファイアーボールを躱し切って見せる相手。だがその動きに、分厚い生地のマントはついて来なかったようで。動作の遅れたフードが、相手の素顔を月光の下に晒す。
「……エルフ!?」
俺は思わず足を止めた。これは珍しい。
まさか人間の住む領域で、エルフと対面するとは思わなかった。
異種族同士の交流は絶えて久しい。いつから交流がなくなってしまったのかは、今となってはわからないものの。俺個人としては、いつかはお目にかかってみたいと、常々思っていた訳だが……。
(まさかこんな形で実現するなんて――)
ぴょこんと飛び出た、可愛らしく小刻みに動く、鋭く尖った長い耳。ふわりと風になびいた、月明りをそのまま写し取ったかのような金色は、腰の届くほどのストレートの長髪で、その艶やかさはシルクを思わせる。長めの前髪から覗く切れ長二重の瞼にふっさりとして長い金色のまつげと、晴天をそのまま宿したかのような空色の瞳は、力強い輝きで俺を見据えていた。
この時の俺――いや、俺たちは知らない。
これこそが運命の出会い。異なる星と星を繋ぐ星婚に続く、最初の灯であったことを。
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