第三話 謝罪の条件
一応の決着がついてから、二秒経ち、三秒経ち。
地面に大の字になって倒れたエルフは、何が起こったのかわからないといった様子で。地面にめり込んだまま、しばらく呆然としていた。
先ほどまでの引き締まった鋭い表情とは違い。何度も目をぱちくりさせ、うっすらと口を開けっぱなしにしている様子は、どこか愛嬌すら感じさせる。相変わらず耳がぴょこぴょこしているのは。意識しているのか、無意識なのか。そこがすごく気になる。
(いきなり襲撃してくるような人だし、もっと冷徹な感じかと思ったけど……。意外と表情豊かだな……)
動き出す様子がないので、俺はその間に彼女が落とした剣を拾い、何か素性に関する情報が得られないかと、まじまじと見つめた。
淡く光を放っているように見える、翡翠に近い色の金属。一般的な鍛冶技術では、絶対に再現できないような細か彫り込みと装飾。見れば見るほど美しい剣だが、芸術品であるなら実戦で使うような真似はすまい。使い込まれた様子からも、それが彼女にとってのメインの得物なのだということがわかる。
(この色、魔法鋼かな。見たところかなり純度が高いけど、ここまで見事な剣に鍛えるのなんて、人間技じゃないぞ……。これも古代遺産の類か?)
古代遺産を手にできる者など、ほとんどいない。これまでに発見された古代遺産は、大体がどこかの国家戦力の要として機能しているし。未知の古代遺産など、どんなに古い遺跡を掘り返したところで、まず見つかるものではないのだから。
俺だって、勇者パーティーにいた頃に、遺跡探索中にたまたま床が抜けたからこそ見つけた地下空間で、偶然この杖――正確には杖っぽい形をした何か――を手に入れた次第である。
(……ってことは、この人はエルフの中でも特に高い地位にいる人物。ってことになるけど)
想像の余地はいくらでもあるが。どこまで行っても、それはあくまで仮説に過ぎない。
憶測の羽を広げるより、目の前の相手に聞いた方が何倍も早いし、情報として確実。ならば相手に直接問い正すのが道理だ。
俺はそのまま彼女の頭側にしゃがみ込んで、問う。もちろん、手にしている剣を、彼女の首筋に当てることも忘れない。
「どう? まだ続ける?」
これならば、仮に言葉が通じていなくても、自分の置かれた状況くらいは把握できるだろう。多少卑怯な手を使ったとは言え、勝ったのは俺で、生殺与奪の権もこちらが握っているのだから。
呆けた顔が、再び真剣なものに戻り。固く結ばれた口と、頬を伝う汗も相まって、彼女が状況を理解したことを察する。
それでも。彼女はまだここからの打開策を考えているのか、すぐに返答する様子はない。
(目が死んでない。もしかして、まだ来るか?)
これもまた、かつて師匠から口酸っぱく言われたものである。
『相手を生かしたまま勝ちたいなら、相手の目が死ぬまで叩きのめせ。徹底的に、だ。ほら、そんなところでいつまでも寝っ転がってないで復唱!』
我ながら、血の気が多い師に師事してしまったものだ。あの地獄のような日々を、よく生き残れたものだと。自分でも自分を褒めてやりたい。
(師匠ってば。俺の時はマジでガチだったからな~。俺が負けを認めても、「お前の目はまだ死んでいない」とか言って、容赦なく追撃して来たし……)
けど、そんな杞憂も、今回ばかりは不発に終わる。
数秒の沈黙ののち、不意に相手が言葉を発した。
「……いいや」
淀みない発音。どうやら言葉は通じているらしい。
「すまない、貴方の実力を見誤っていた。働いた無礼の謝罪をしたいので、起き上がることを許していただけるだろうか」
予想通り、育ちの良さそうな物言い。女性ならではの高い声は、さながら小鳥のさえずりを連想させる。何と言うか、聞いていて心地よい声だ。
ともあれ、話が通じるならば、率先して暴力を行使する理由は俺にはない。とは言え、まだ心を許せる段階ではないので、俺はそれを相手に伝える。
「起き上がる時に、隠し持ってる武器一式を、俺に見えるように一個ずつ手放してくれるなら。どうぞ?」
「……そこまで見破られているのなら、私は貴方には勝てそうにないな。わかった、条件を飲もう」
彼女は誠意を示そうとしているのか。ゆっくりとした動作で起き上がり、膝をついたまま、衣服の中に忍ばせていた武器を、一つ一つ取り出し、丁寧に地面に並べていく。それ自体はいい。問題はその数だった。
それはもう出て来るわ出て来るわ。投擲用の短剣が全部で十本、そして無数の針が納められたベルト、角手が三種類で計六つ、吹き矢に鎖分銅、手投げ斧、スリングショット、エトセトラエトセトラ。更には毒薬、爆薬と思われる小瓶までがずらり。もはや目の前は、さながら露店のような見た目になっている。
(なるほど。見た目よりも重い訳だ……)
いったいどこに隠していたのかと思うほどの、大量の武器の山。何故ここまで武器を隠し持つ必要があるのかはわからないが、これだけの重荷を纏いながら尚あの動きの速さとは、恐れ入る。女性の身でここまでできるようになるのに、いったいどれだけの時間と覚悟を費やしたのだろう。
あまりの量の隠し武器は一見ふざけているようにも見えるが、毒薬や爆薬といった消耗品はともかく、道具はどれも使い込まれていて、冗談で持ち歩いているようには見えない。何かよっぽどの理由があって、これらの道具に頼らざるを得ないのだろう。
「これで全部?」
「ああ……」
緊張した面持ちで、目の前にちょこんと正座をしている彼女の、何とも可愛らしいこと。それに加え。彼女のいる方から不意にフッと風に吹いたことで、彼女の長い金髪がふわりとなびき、何だかいい香りも漂って来た。
ついつい、先日フラれたばかりの幼馴染と比べてしまう。
そうして、また悲しくなった。
(ああ~。俺、フラれたんだよな~)
俺が流した突然の涙に、彼女は酷く動揺したようで。慌てて俺の顔色を窺い始める。
「あ、あの!? 私は何か気に障ることをしてしまっただろうか!? ああ、いや。襲撃をかけている訳だから、それは気に障ったかと思うのだが……。そうではなくっ――!?」
慌てて両手を当てもなくわたわたと動かす様は、まるで小動物か小さな子どものようで。俺は思わず、涙を引っ込めて吹き出してしまった。
(何だろう、この人。何か癒される……)
今まで俺の周りにはいなかったタイプ。初見の印象は硬くて凛々しい雰囲気だったのに、今ではあたふたするばかりで、その面影は微塵もない。これがかつてフィオナが言っていた『ギャップにグッと来る』とかいうやつなのだろうか。
(ともあれ、これでこの場で命を落とす心配はなさそうだ。とりあえず彼女を宥めて、それから話を聞こう……)
これが俺と彼女の出会い。
この時はまだ、この先の自分が、世界の命運を分ける戦いの中心に立つことになるとは思っていなかったけど。
それでも、俺は彼女と出会った。
全てはこの出会いから始まった。
かつて神々が行っていたと言う、異種族同士の自由恋愛。何故それが栄え、何故それが失われたのか。その答えが、この出会いの先にあるということを、俺は、これからの旅路で知ることになる。
たくさんの大切なものと出会い、たくさんの大切なものを失いながら。たくさんの血と涙を流し、それでも尚立ち上がって。
どれだけ傷ついても、どれだけ心折られても。あがき、抗い、乗り越えて行く。そんな泥臭くて、みっともなくて、輝かしい英雄譚には程遠い道のりを。
俺は、彼女と手を取り合って、苦楽をともにしながら、歩んで行くことになるのだ。
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