第十六話 精霊文字
その後、無事に航海を終え、オーランド大陸側の港町――バールンドに到着した俺とウィルテイシア。
到着が午後だったので。先を急がず、一晩宿を取ることにしたのだが……。
「……精霊文字?」
「ああ。少し形は違うから、完全に読み解くまでは行かないだろうが――」
二人で話し合った結果、部屋は一つという結果となり。夜な夜なこうして二人部屋で一緒に過ごしている。
俺もウィルテイシアも、寝泊りに不要な装備品は外し、ラフな格好だ。ウィルテイシアに至っては、着替えをしていて、寝間着を兼用しているのか、シンプルな白のワンピースを纏っているほど。
髪も普段とは違い、二か所で束ねたおさげを前に垂らしている。
(ラフな格好も可愛い……。っていうか服装と髪型だけで、ここまで印象が変わるんだな。今のウィルテイシアは何て言うか……。ただひたすらに可愛い……)
宿屋に入った際。別部屋を提案した俺に対して、あのウルウルとした上目遣いで「一緒ではダメか?」は、少しばかり刺激が強過ぎた。あれはダメだ。防ぎようがない。
(女って、総じてズルい生き物なんだな……。フィオナが特別強かなだけかと思ってた……)
それを思い出して。また気分が落ち込むけど。
そんな俺を、ウィルテイシアは優しい笑顔で包み込んでくれる。今も気分が落ち込んでいる俺のために、気持ちを落ち着ける効果があると言うハーブティーを用意してくれようとしていた。
宿屋の主人に宛がわれた二人部屋。値段の高い宿ではないので豪華という訳にはいかないものの。細かいところまで手入れが行き届いている、値段の割にいい宿だ。これはウィルテイシアの目利きによるもので。長年宿屋生活を続けていると、外観だけでそれを判断できるようになるらしい。
そんな部屋のベッドの片方に腰かけ、いつもの癖で魔導書を開いている俺と。少し離れたテーブルでハーブティーを用意しながら、彼女が視線だけこちらにやった。
「船の中でも読んでいたな。ふむ。見慣れない文字だが。精霊文字に似ている感じもする……」
お茶が入ったことを知らせようとして、近寄って来たのだろう。俺が解読に四苦八苦している様子の魔導書を覗き込んだウィルテイシアから、思わぬ情報提供があり、俺は精霊文字というものに興味を持った。
(なるほど、確かに。彼女の言い分が正しいとしたら、解読の手掛かりにはなるかもしれないな……)
聞けば。精霊文字というのは、読んで字の通り、精霊が使う文字であると言う。言葉はともかく、文字を使う文化が精霊にもあるというのは、俺にとって初耳の知識。人間の文化圏では決して得られない情報は、知識の探求者でもある魔導士の俺にとっては、まさに天からの恵み。これを逃す手はない。
「その話、詳しく!」
食い気味に言葉を被せて、彼女に迫った俺。俺の勢いに押されて後退する彼女を、ついついそのまま壁際まで追いやってしまう。
別に狙ってやった訳ではないが、この姿勢は、あれだ。いつだったか、俺を捨てた幼馴染――フィオナが言っていた『壁ドン』とか言ったはず。
元カノは一時期これにハマっており、しきりにねだられたものだが。俺は気恥ずかしさから、あまり期待に応えては来なかった。
そういった部分も、彼女が勇者になびく原因だったのかもしれないと、今なら思える。
(まぁ、今更だけど……)
何故女性がそういうのを求めるのかは、結局わからず仕舞い。でもやり方は覚えている。確か女性を壁際に追い込んだら、耳元で囁いてやるのだったか。
「……頼むよ、ウィルテイシア」
そんな俺の行動に、彼女はビクッと肩を震わせ、頬を染めながら、こちらをチラチラとチラ見しながら、細く絞り出すような声を上げる。
「あ、あの、ライオット。急にそんなに風に迫られると、その、困る……」
照れる姿も、何と絵になる美しさ。横髪からはみ出した耳の先まで真っ赤になっていて、不意に「これはいいものだ」と思ってしまった。この反応は可愛い。エルフの中で一番――。いいや、あらゆる種族の世界で一番かも間違いない。
(この反応。エルフ、いいかも……)
エルフである彼女が、いかに魅力的かということも大事だけど。
今、俺が集中したいのは知的好奇心の方。この状況を作り出したことに対する恥ずかしさを感じるよりも。知識の探求を優先してしまう。俺の行動が彼女の羞恥心を煽る形になってしまっていても、ここは絶対に譲れないところだ。
「照れてる顔も可愛いよ、ウィルテイシア。だから教えて欲しいんだ」
「~~~~~~~~~っ!?」
ここでとどめの『顎クイ』。大抵の女性は、これで落ちるとのことだが、果たして彼の大英雄の反応は――。
「……は、はい」
蚊の鳴くような声でそう答えて、ウィルテイシアはへなへなと、その場にへたり込んでしまった。
ウィルテイシアがある程度平常心を取り戻すまで、待つことしばし。まだ耳がほんのり赤く色づいたままだけど。
気を取り直して。並んでベッドに腰かけ、彼女の話を聞く。
「……私も精霊文字を全て読める訳ではないから、触り程度だが。例えばここの一文――」
ウィルテイシアが指差す先。そこに書かれていたのは、例の『星婚』と読むと思われる文字が含まれた文章だった。
「もし精霊文字と同じなら、この二つの文字は、それぞれ『星』と『結ぶ』の意味を持つ文字だが、組み合わせて使うと『星婚』という単語になるんだ。そしてその前の文章が『別れる』『星』『再度』『繋ぐ』に近い文字に見えるから。繋げて読むと「別たれた星を再び繋ぐ星婚」なんじゃないか?」
すごい。俺が何日もかけてようやくたどり着いた、それでも憶測の域を出なかった部分を、容易く読み解いてしまった。これは思わぬ収穫。まさか、異種族であるエルフの知識があるだけで、こうも解読のための手掛かりが手に入るとは……。
「すごい! すごいぞ、ウィルテイシア! こんなに簡単に読めるなんて!」
「い、いや。あくまで精霊文字に似ているかもしれないと思っただけで、これで合っているとは限らないんだぞ?」
「何言ってるんだ! それでも前進したことに変わりはないんだぜ? 闇雲に翻訳しようと躍起になってた時とは訳が違う!」
俺が褒めちぎると、彼女はまた耳を真っ赤にして俯いてしまった。でも、俺の気持ちはそれだけでは収まらず。俺はこの喜びを彼女と共有したくて、思わず彼女を抱きしめる。彼女の熱が心地よく伝わり、先ほど荒れかかった俺の心を、優しく撫でつけてくれた。
(温かいし、柔らかい。全体的に細身だし、あれだけの動きができる身体だから、もっと固く引き締まってるかと思ったけど……)
決して、そんなことはない。実に女性らしい、独特の柔肌である。
武装を外している彼女の身体は羽のように軽くて、簡単に俺の胸の中に納まってしまう。星屑のような煌めきを残しながらなびいた彼女の綺麗な金髪が。あとから俺の腕にふわりとかかり、しっとりとして滑らかな、心地よいこそばゆさを伝えてくれた。
(心地いい。気持ちが安らぐ……)
この温もりを得られるのは、信頼関係のある人物からのみ。彼女に出会えて本当によかった。いきなり襲われた時はどうなるかと思ったけど、相手がウィルテイシアのような女性だったのは、俺にとって、これ以上ない出会いだったと言えるだろう。
「あああ、あの!? ライオット! だからそういうことをいきなりされると困る! 私には心の準備が必要なんだ!」
「そんなこと知るもんか。俺はウィルテイシアに会えてよかったと思っているし、君の能力にも助けられてる。まだ結婚とまでは言い切れないけど。君と一緒にいて悪い気はしない。だから、これからもずっと俺の傍にいて欲しい」
「~~~~~~~~~~~~っ!?」
またしても湯だったタコのようになって、頭から湯気を噴き出しているウィルテイシア。そんな彼女も大変可愛らしく。見ていて飽きが来なかった。
だからこそ。俺はもっと努力をして、大英雄たる彼女の隣に立つに相応しい人間にならなくてはならないだろう。
そのためには、更に体を鍛えないといけないだろうし。魔法の種類も精度も上げないとだし。保有魔力の量と密度も向上させたい。保有魔力に関しては、以前の鍛錬方法を禁じられてしまったので、新しい方法を見つけ出すことから始めなければならないけど……。
やらなければいけないことは多い。彼女と並び立つに相応しい男になるには、俺はまだまだ未熟過ぎるのだから。
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