第十五話 ――ウィルテイシアの手記・XXXXXX枚目――
彼は、何と言うか。少し歪だ。
あれほどの力を持ちながら、当人はそれを自覚していない。
たぶん元々の謙虚な性格のせいもあるのだろうが。あの感じは、それとは違う何かを感じる。
私が好意を向けても、彼は嫌そうに――ではないな。居心地が悪そうにすることが多い。勝手な予想だが、幼少期から身を置いていた環境が良くなかったのだろう。たぶん彼は愛に飢えていて。でもそれを満たすことができず。しかも、一度手にしかけたそれを失ったかのような。そんな様子も見受けられた。
親からの虐待か。彼の女性遍歴のせいか。本人の口から聞いた訳ではないので、あくまで憶測でしかない。
でも、このままでは私の想いが成就しないのだから。ここは私から積極的にアプローチするべきだろう。在りし日に、母も言っていた。「将来好きな人が出来たら、全力で、真っ直ぐに、誠実に、その人と向き合いなさい」と。
だから私は。私なりの方法で。あらゆる手段を以て、彼と向き合おう。そうすることが、私の想いを彼に届け、いずれかの未来に、彼の心を癒すきっかけになるかもしれないから。
それにしても。海上戦で見た、あの底知れない魔力量。彼がそんなものを隠し持っているとは微塵も気付かなかった。普段の彼から漏れ出す魔力は、黒魔導士ならこんなものかという程度。しかしそれが、そう思い込まされていただけなのだと気づかされたのである。あれは少し……。いや、かなり怖かった。それに、彼がそれを持つに至った理由も……。
今でも思い出すと、少し手が震えるし、我慢していないと涙が出てくる。あの異常としか言いようのない魔力量に達するまでに、いったい何度、疑似的な死を体験したのだろうか。彼の師――滅尽のレザルーナとやらは、きっと悪い人だ。あんな善良な人を何度も死の淵に追いやっていたなど、到底許せるものではない。いつかお仕置きしてやろう。
しかし、あの彼の師匠ともあろう人物に、私などが勝てる確率が、果たしてどのくらいあるだろうか。
最初に会った時は多少遠慮していて全力ではなかったとは言え。彼相手でさえ、私は手も足も出なかったのだ。その師匠ともなれば、どれほどの実力を秘めているかなど想像もつかない。
でも、お仕置きは諦めないつもりだ。彼の師は、それだけのことをしている。今の私の実力で足りないのなら、もっと鍛えればいい。それだけのこと。
彼は、私にとても優しくしてくれる。
けど私が抱き着くと、少し恥ずかしそうにして距離を取ろうとするところが玉に瑕。私は、もっと彼にくっついていたいのに。
幼い頃に見た、仲睦まじかった両親の気持ちが少しだけわかった気がする。まさか、今更になって、こんな感情が私の中にあったと気づくことになるとは。長生きはしてみるものだ。
だから私は、彼に思い切り愛情を注ぐことにする。
かつて私の両親がそうしてくれたように。
見返りを求めず。彼を愛し、支え、導く。どこまで上手くできるかはわからないが。それでもやらないという選択肢はなかった。
それはそれとして、デモストール戦で彼の胸に抱かれた時のあの感覚。一見だと服に隠れていてわからなかったが、触れた時に感じた、あのごつごつとした胸筋と腹筋。あの細身でこれだけしっかりとした体格をしているとは驚いた。あれなら力で勝てないのも納得できる。彼がその気になれば、私など簡単に組み伏せられてしまうだろう。
正直。その展開も、ありだ。私が多少嫌がっても無理やりされてしまうかと思うと、何だかゾクゾクしてくる。でもこれは、本当に正しい恋の形なのだろうか。
彼といると、今まで知らなかった自分の一面が見えて来て、少し不安になる。こんな私を、彼は好きになってくれるだろうかと。
でもそういう悩みすら、彼にそっと寄り添って大きく息を吸った時に感じる彼のにおいで、どうでもよくなってしまう訳で。こう言うのを男くさいというのだろうか。くさいという言葉が使われている割には、嫌なにおいではない。むしろ心地いいというか。もっと嗅いでいたくなる。
それで嫌われてしまっては元も子もないので、少し我慢が必要かもしれない。自重しよう。できるだけ。
彼は人間だから、守護なしの私を非難したりしない。私が成長するにつれ、苛立ち、怒り、蔑んだ一族の皆とは大違いである。
でももし、この先、彼が私に、精霊術の使用を求めたら?
期待に応えられない私を、彼は必要としてくれるだろうか。一族の皆みたいに、私を、あの冷ややかな目で見たりはしないだろうか。そう思うととても怖くて、いまだに本当のことを打ち明けられずにいる。
一度里に戻ると決めた以上、彼に真実が伝わるのは、もうそう遠い未来ではないのに……。
人間の一生は短い。私が生きて来た時間の十分の一も生きられないのが人間だ。当然、彼も、いつか私を置いて先に逝ってしまうだろう。それは仕方のないことだ。
だからこそ、一緒に居られる間は、極力傍にいたいのである。寄り添って、触れ合って、心を重ねて……。いずれは、その……。身体を重ねたりも――。
いや。先走りはよくない。父さんも母さんも言っていた。こう言うのはお互いの気持ちが重要だ。私の一存で決めていいことではない。彼が了承してくれるまで、この気持ちは我慢しないと。
でも、この気持ちは、どうやって伝えればいいんだろう?
彼と一緒に居たくて、彼にくっ付きたくて、彼の方から触れて欲しくて。それで、もっと、もっと……(この先はぐちゃぐちゃに書き潰されていて読めない)
一旦冷静になろう。
私は、彼を連れて、一度里に帰る。歓迎も祝福も、してくれるとは思ってないが、私なりにけじめをつけたいから、それは外せない。
仮に、里の皆が彼に危害を加えようとしたなら、私は、相手が同胞であろうと、容赦なく斬り捨てるだろう。私が磨いたこの力は、私が守りたかった大切なものを、今度こそ、この手で守り切るためのものなのだから。
もちろん。できればそんな事態にはなって欲しくはないが。覚悟だけはしておこう。
神に見捨てられたであろうこの世界では、本当に信じられるものなど、限りなく少ない。
人生とは、かくも儘ならないものか。
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