第十四話 ただのライオット
固有結界。それは「一般的な結界魔法とは違う、利己的で、自分勝手で、自己完結しているだけの、ろくでもない結界魔法だ」と、俺は師匠から教わった。
彼女が何故それを使えたのかは、俺も知らない。俺の記憶に刻まれているのは、その結界内は恐ろしいまでの魔力で満ちていて、結界を生成した属性に応じて、使用者の意のままに環境を変えられるということ。そして、俺は師匠に幾度となくその中に閉じ込められ、修業と称して様々な臨死体験を強制されたということだけ。
(師匠の固有結界は、とにかく規模が大きくて。本気で怖かったからな~)
俺にとっては日常的に見ていたものなので、ウィルテイシアが言うような、今は失われた古代魔法の一種であるということなど、今更信じられるはずがない。
「確かにライオットの魔力を感じるが、この魔力量……。いったいどこでこれだけの魔力量を得たんだ! これではまるで――」
彼女はその先を口にしなかった。彼女の頬を伝う汗。困惑の表情からも何か言いづらい内容なのは容易に想像できるが、それが何なのかは、わかるはずもない。
「ええっと……。保有魔力増加のための修練方法なら答えられるけど?」
「そうだ! 貴方はいったい、これまでに何を――」
「瞑想による意識の霧散だよ。こう、意識を大自然に散らして、一体化させていく感じで――」
「なっ!?」
彼女の顔が驚愕に変わる。顔は青ざめ、口はわなわなと震えて半開き。まるで、信じられないことを耳にしたと言わんばかりだ。
「……何か変か? 俺は師匠からそう教わったん――」
「ライオット!」
突然両肩を掴まれ、顔を寄せられる。
(ちょちょちょっ! 何だよ、急に!?)
俺よりも色白で、血色のいいウィルテイシアの顔。ぷっくりと膨らんだ唇は、紅を指したように艶やかで。思わず吸い寄せられるような気分になった。
海上戦で暴れたせいか、服も髪もずぶ濡れ。長めの前髪からは水が滴り、頬に張り付いている。服もびしょ濡れで彼女の肌に張り付いているし、正直、目のやりどころに困る見た目になっている。
(すごく色っぽいけど。これは流石に、そういうことを言っていい雰囲気じゃないな……。いったいどうなってるの?)
急にそこまで接近されると恥ずかしいのだけど。彼女の表情は切迫しているに等しい。何が彼女の気に障ったのだろう。そんな顔をしないで欲しい。
「ライオット、よく聞け! それは……、それは……。その精神を霧散させるという行為は、精神の死――肉体と魂の乖離と同じだ!」
「……へ?」
肉体と魂の乖離。それは文字通り、肉体から魂が抜けて離れた状態と言うことで。それが意味するところは、すなわち――。
「俺ってば、修行中の間ずっと死んでた……、ってこと?」
「その通りだ! 何故気付かなかった!」
何故と言われても。俺は師匠から、修行の一環としてそれをしろと言われ続けていた訳で、実際に何度もやって来た当たり前の修練方法。今になってその行為の真実を伝えられても、正直すぐには飲み込めない。
(あ、いや。始めたばっかりの頃は、師匠が見ているところでしかやるなって言われてたっけ……)
そう考えると、万が一本当に俺が死ぬようなことがあれば、即座に師匠が救助してくれていたと。そういうことだったのだろうか。
「いやいやいや!? 死んでたって……、え!? で、でも、俺こうして今も生きてるし!」
「それは見ればわかる! わかるが! もう、そんな危険なことはしないでくれ……。お願いだ……」
彼女の焦った様子を見れば、それが出鱈目でないのはすぐにわかる。師匠よりもずっと長く生きて、様々な知識を得て来た彼女が言うのだ。きっと彼女の言い分が正しいのだろう。
泣きそうになっているウィルテイシア背に右手を回し、そっと抱き寄せ。空いている左手で、彼女の涙をすくった。
こんなに頬を冷たくして。きっと俺が作った足場が氷だったせいもあるのだろう。もっと考えるべきだった。氷なら水に浮くなんて、安易に考えた過去の自分を殴ってやりたい。
知らずにやっていたとは言え、こんな……。
寒さのせいだけではない。不安や恐怖で体が震えるほどに、彼女を追い込んでしまった。それが純粋に申し訳なくて。自分が情けなくて。今はただ、彼女に安心して欲しかった。それだけで……。
「わかった。あの修練はもうしない。約束するよ」
「頼むぞ。貴方と言う存在は、今となっては私の一部なんだ……」
すすり泣く彼女の頭を撫で、抱きしめるようにして、背を優しくポンポンと叩きながら、俺はデモストールに視線を送る。
「悪い。想定外の事態で相棒を泣かせちまった。二人きりになりたいから、お前は退場してくれないか?」
俺たちのやり取りに困惑なり激怒なりしているかと思ったが、デモストールの顔に浮かんでいたのは恐怖だった。動きを封じられ、俺の魔力に包まれて、ただ震える。そこにはもはや、一軍の将としての威厳はない。
「い、一体何なのだ、貴様はっ! 滅尽のレザルーナの弟子とは言え、貴様自身はさして名のある魔導士ではないはずっ!」
彼の言う通りだ。俺自身は、名もなき黒魔導士の一人に過ぎない。そんなことはわかり切っている。
「そうだな、お前の言う通りだよ」
終わりにしよう。この戦いを。
さっさと終わりにして。ウィルテイシアがまた、あの、春の太陽の煌めきのような笑顔を、俺に向けてくれるように。
「俺はどこにでもいる、ただの黒魔導士で、二つ名がある訳でもない。人間関係のいざこざで勇者パーティーを追放された、ただのライオットだ」
本当は、この固有結界の中で更に魔力を注ぎ込んで、取り込んだ太陽光を利用した炎熱系極大魔法を使うつもりだったのだけど。ここで更に魔力を大きく使うような魔法を使ったら、ウィルテイシアにいらぬ心配をかけてしまうかもしれないから。
だから俺は。この固有結界を疑似的な異界であると定義付けを行う術式を付加し、通常空間から切り離して、そのまま消滅させることにする。
デモストールに向けて右手を差し出し、そして、空を握りつぶすように、拳を握った。
追加で付与された術式が起動し、固有結界が異界へと変換されると、世界はそれを異物と捉え、排除しにかかる。これは師匠から教わった、世界そのものの自己修復作用により起こる現象で、巻き込まれれば命はない。
あとは転移魔法で俺とウィルテイシアがこの空間から脱出すれば、世界の修復力が、俺の作った固有結界ごと、デモストールを無に帰してくれるという訳だ。
(やらかしたな……。このまま嫌われたらどうしよう……)
転移魔法で俺とウィルテイシアが固有結界の外に出ると、さっそく異界化した結界は崩壊を始め、その内にあった何もかもを飲み込んで、消失する。あとに残ったのは、無事被害を免れた船と、転移後の足場として新たに作った氷柱の上の俺たちだけ。
デモストールはもちろん、彼を拘束していた無数の氷柱も、海を覆いつくしていた魔物の死体も、赤黒く粘ったくさい魔物の血も。きれいさっぱり、その場から消えてなくなっている。
ふと見上げれば、空を覆っていた暗雲は晴れ、心地よい秋の陽光が、俺たちを優しく抱きしめてくれていた。もちろん、冷えた身体を温めるまでは行かないけど。
太陽光だけでは足りないので。俺もウィルテイシアをきつく抱きしめ、ちょうど口の近くにある彼女のおでこにキスをする。
「ごめん。ウィルテイシア……」
彼女を不安にさせてしまった罪は、甘んじて受け入れるしかない。俺は、この命が続く限り、その償いをしていかなければならないのだ。今はまだ、旅の道連れでしかないとしても。孤高の英雄であった彼女の隣で。この先も、ずっと。この命の灯が、燃え尽きる、その日まで……。
第一章 了
ここまで読んでいただきありがとうございます。
この作品は第一部は既に執筆完了しており、ひとまず切りのいいところまでは読めることを保証します。
そして、作者はただいま第二部の第一章を執筆中です。更新頻度がどのくらいになるかはまだ未定ですが、まずは第一部を楽しんでいただければと思います。
ここまで読んでみて「面白かった!」「続きが気になる!」などありましたら、是非とも作品フォローや☆評価、いいね、感想、レビューをお願いします。
評価や感想、レビューは執筆モチベーションを飛躍的に高めますので、どうかご理解とご協力のほど、よろしくお願いします。




