第十一話 海妖魔軍
目の前の魔物を一旦放置し、彼女のいる方へと駆け寄る。
こちらも大層なあり様だった。
戦い方が原始的な分、俺に比べれば数は多少少ないものの。それでも辺りは相当数の魔物の死骸にあふれている。さすがは歴史に名を刻んだ大英雄と言ったところか。この程度の魔物ならものの数ではないらしい。
が、問題はその向こうに見える、水中の大きな影だった。
ウィルテイシアが俺に声をかけたのは、この影を目にしたからなのだろう。
魚型の魔物とは全く異なるシルエット。明らかに手足と思われるものが見て取れるそれは、魚人の類だ。
時々太陽光を反射して煌めいて見えるのは、そいつらが何らかの武装をしているからだろう。これだから魚人というやつは性質が悪く。相手にするのが面倒だ。
魚型の魔物と違い、明らかな知性を持っている魚人型の魔物は、それだけで厄介と言える。その魚人の影が、見て取れるだけで数十体。恐らくこちらがこの集団における戦力の本命。
俺は甲板から飛び降りて、氷塊に降り立ち、ウィルテイシアの横に並ぶ。
「大丈夫か?」
「貴方の作ってくれた足場のおかげで、無理なく戦えているよ。ありがとう」
穏やかに笑って見せるウィルテイシア。
多少の傷は負っているが、まだ余力は充分と言った感じだ。ハヤトなんかよりも、ずっとスタミナがある。
(……ハヤトの奴。実は大したことなかったんじゃないか?)
俺が魔法を教えても、ろくに覚えられなかった訳で。当時の俺は、それを「自分の教え方が悪かったのだ」と思っていたけれど。
まぁ、今は勇者のことより目の前の敵だ。水中からこちらに向かって大きく膨らんでいく影。この調子で水面に飛び出せば、サイズは魚型の魔物の倍くらいだろう。
「さて、おいでなすったぜ……」
いつの間にか、空は暗雲に抱かれ、稲光が産声を上げ始めている。一嵐来そうな、そんな予感。それは、すぐに現実のものとなった。
魚人の群の中に見える、一際大きな影が一つ。
水上からでも見て取れる、鋼のような強固な鱗と、大きく盛り上がった手足の筋肉。大きさは、周りの魚人のざっと十倍はある。頭に王冠のような物をかぶっているこいつが、この一団の首魁――すなわち敵将だ。
「こちらが消耗するのを待っていたようだな。魚にしては頭が回る」
ふと見れば、ウィルテイシアはいくつかの武器を紛失している。流石の彼女も、数で責め続けられると弱いらしい。
彼女が言い終えるかどうかのところで、いよいよ敵将とその取り巻きが姿を現す。
水上に顔を出したのは、いかにも位が高そうな装束を纏った大物の魚人と、全身を鎧で包んだ兵士然とした魚人の群。彼らが姿を現すと、魚型の魔物の攻撃はやみ、一時の静けさで、戦場を包んだ。
「う~む。アルガトラムの勇者一行の背後を取る前の腹ごしらえのつもりだったが、どうやら思わぬ強敵が混ざっていたようだ」
敵将の魚人が言葉を発する。
それ自体は別に不思議でも何でもない。魔物化して魚人となった彼らには、人間と同等の知能があるとされている。人間の言葉を理解し、使って見せたとて、驚くべく要素にはなり得ない。しかし――。
相手は「勇者の背後を取る」と言った。それはつまり、戦略として。ハヤトを後方から狙う準備を整えているということ。いや、もしかしたら、陸上の部隊と連携して、挟撃を狙っているとも考えられる。
これがこの巨大魚人の発想なのか。それとも誰かの指示を受けているのか。どちらにせよ、放置していいことはなさそうだ。
「大層な身なりじゃないか。さぞ名のある王族とお見受けするけど?」
戦闘用というよりは着飾っている印象の方が大きい、魚人の首魁。勇者一向を相手取ることが決まっているということは、魔王軍の中でもそれなりの地位にいるのは間違いない。
正直、あの勇者一向が狙われる分にはどうでもいいが、その矛先がこの船の船員を始めとした無辜な一般人に向かっているのであれば。それを見過ごすことは不可能。できるだけ、彼らの注意をこちらだけに向けておきたいところである。
ここは協力して立ち向かおうと、そっとウィルテイシアにアイコンタクトを図った。すると、彼女もこちらに視線をやっていて、すぐに首を縦に振る。まさに以心伝心。勇者パーティーにいた時とは大違いだ。頼れる仲間とは、これほどまでに心強いものなのかと。今更ながらに感動した。
「人間の黒魔導士か。何やら見たことのない魔法を使っていたようだが?」
どうやら魚人の首魁は、俺に興味を持ってくれたらしい。であれば、そのまま釘付けにしたいところ。
「ちょっとアルガトラムの勇者から異世界の知識を学ばせてもらってね。創意工夫で再現してみた」
「ほう? では貴様がアルガトラムの勇者一行から追放されたという黒魔導士か……」
どうやら、この一週間で魔族側まで情報は伝わっていたらしい。となると、魔族の情報網もバカにはできない。魔族の本拠地がある最北の大陸――通称『魔大陸』までは、ここからかなり距離があるのだ。俺の情報が既に魔族に伝わっているのなら、少なくとも魔族の耳は、既に中央のオーランド大陸にまで広がっているということになる。
「ああ、元アルガトラム勇者パーティーの一人――ライオット=ノールディだ。名も知らぬ魚人の王様?」
俺が名乗って見せると、魚人の首魁は喜ばし気に目を細め、声をあげて笑った。
「そうか、そうか! ライオット=ノールディ! 聞いたことがあるぞ? 貴様が! 彼の悪名高い五宝星の中でも最強と謳われた『滅尽のレザルーナ』の一番弟子か!」
人類が誇る至高の魔導士たる五人を指す五宝星。その中でも最も強く、最もいかれた魔導士と言われているのが、『滅尽のレザルーナ』。俺に魔導士の何たるかを叩き込んでくれた師匠である。
その一番弟子としての名前は、国内外にも広く伝わり、結果として勇者パーティー入りを果たせた訳だが、まさか魔族にまで評判が伝わっていようとは……。
「よいぞ! 我にも運が巡って来た。滅尽のレザルーナ本人とは言わずとも、その一番弟子を屠ったとなれば、更なる地位も望めるというもの!」
思った以上に師匠の名前の効果があり、図らずも注意を引くことに成功。奴の注意が全面的に俺に向いているなら、船を離れて戦うことで船への被害を減らすことも可能かもしれない。
「海妖魔軍後方遊撃部隊などという、ごく限られた範囲でしか振るえない権力になど興味はない! 貴様の命を以て、我――『群青のデモストール』は、いずれは魔四将を超えた、更なる高みに上り詰めるのだ!」
魔四将というのは、魔王直轄の配下にして、魔王軍において最高位の軍団長のこと。その席を超えるとは、なかなかどうして大きく出たものである。
ご丁寧に名乗りまで上げてくれた上で、奴――『群青のデモストール』は一斉に手下の魚人をけしかけてきた。
剣やら槍やらの白兵武器を手にした魚人の群が、一斉に飛び掛かってくる。
そのスピードは魚型の魔物の比ではない。
速く、鋭く、滑らかで。ストーンバレットを使ったとしても、当てるのは容易ではなさそうだ。
(狙いどころは間違えないように。確実に仕留めないとな……)
俺とウィルテイシアは、同時に動き出す。
先行したのは前衛のウィルテイシアで。そのやや後ろを、俺は彼女の動きに合わせて追う。剣士と黒魔導士のパーティーなのだから、この動き自体は至極当然のこと。わざわざ言葉を交わして段取りを組むようなことではない。
さざ波をかち割り、水上に飛び出してきた魚人の一匹の首を的確に跳ねるウィルテイシア。続け様に水上に飛び出し、彼女を狙う魚人は。俺がストーンバレットで、的確に、その脳天を打ち抜く。
連携は完璧。事前の打ち合わせもなしにここまでできるとは、正直思っていなかったけど。
ともあれ、魚型の魔物は前哨戦に過ぎない。
俺たちの本当の戦いは、今この瞬間から始まったのだ。
読んでいただきありがとうございます。
このエピソード良かったよ!という方は☆評価、ブクマ、いいねなどよろしくお願いします。また、誤字脱字などあればいつでもご報告くださいませ。
感想、レビューなどあると今後の執筆の励みになりますので、どしどしお送りください。




