第十話 異世界の発想/sideウィルテイシア
船乗りの気配が急速で接近して来て。その気配で、私は目を覚ます。
せっかくライオットが寝入るのを待ってから。わざわざ彼に身を預けるようにして、幸せに浸りながら眠りについたのに。
と言うか、寝る前に彼に身を寄せてみて驚いた。細身だと思っていた彼の身体は、その実鍛え抜かれた戦士のそれであったのだから。
(あのくっきりと割れた腹筋の感触は……。正直ドキッとした……)
しかし、これだけ切迫した気配ならば、何かよくないことが起こったに違いない。少なくとも、こんな気持ちでことを迎える訳には行かないだろう。
一方のライオットは。眠りが深いせいか、それとも気配に気づいていないのか。起きる気配はない。その寝顔は穏やかで、見ているだけで頬が緩んだ。
何か緊急事態が起きているのだから。私が彼を起こすべきなのは、自分でも理解している。
でも、この幸せな時間を手放すのが惜しくて、私は。船乗りが彼を起こすまでは、絶対に離れないと決めた。
「何、人前でベタベタと――。いやっ、の、のんきに寝てやがるんだ! ええい! さっさと起きろ! 魔物だ! 魔物が出たぞ!」
素知らぬ顔で目を瞑っていると。客室の扉を勢いよく開けて入ってきた船乗りが、何か棒のようなもので、ライオットを叩いたのが気配で分かる。
(ああ……。これでこの幸せな一時もお終いか……)
ライオットは文字通り叩き起こされ、ついに目を覚ましてしまう。彼の意識が完全位浮上する前に。今起きた風を装って。私はそっと、彼から離れた。
まだ頬に残っている、彼の体温が心地よく薄れて行くのを感じて。私は束の間。しんみりした気分になる。
今はまだ。彼が起きている時に堂々とこの身を寄せる勇気はない。でもいつか。私の想いを彼に届け、その先の未来で、受け入れてもらえるように。私は一人。静かに決意を固めた。
船乗りからことの説明を受け。彼の後を追う形で、私は廊下を駆ける。
どこもかしこも、この話題で溢れていて。わざわざ立ち止まって話を聞かなくても。情報収集には困らない。
(……それにしても)
先行する彼の動きが、私には常軌を逸しているように見えて。少し困惑する。
先ほどから、慌てふためく船乗りたちと何人もすれ違っているが。この速度で走っていて、彼は誰とも、一度も、掠りもしていない。
(これが魔導士の動きか?)
彼に襲撃を仕掛けた際もそうだったが。彼の動きは魔導士のそれではない。明らかに近接戦闘を担う者のそれだ。それを魔導士の彼が行えることに、私は驚愕し、混乱した。
的確な体捌きは、重心に一分のブレもなく。曲がり角で鉢合わせた船乗りを、難なく避けて見せる。
時に壁を駆け、時に横に跳んでは、元の走行姿勢に戻り。何事もなかったかのように、甲板へと続く長い廊下を駆け抜けて行った。
(私なら。気配察知で見えない場所にいる船乗りの居場所を探り、タイミングを合わせて躱すが……。彼の動きはそうじゃない……)
明らかに。彼は、相手を視認してから、回避動作を行っている。
何故、それで間に合うのか。
答えは、眼。
恐らく彼の動体視力は、人間の持つそれの基準を遥かに超えている。
そして、視てからでも間に合ってしまう、圧倒的な反応速度もそうだ。脊髄反射ではなく、意図した反応速度で。眼で視て、回避しようと思考し、そして動作を実行する。この行程をこなす速度が、常軌を逸しているとしか言いようがない。
才能か。あるいは修練の賜物なのか。実際のところどうなのかは、私にはわからない。しかし、反応速度はともかく。あれほど『よく見える眼』を、修練で身につけたとは考えにくいのだ。
(反応速度に関しては、わからないでもない。反復の訓練を積んでいれば、徐々に身体が慣れていくから……)
しかし、こと『眼』に関しては、その限りではない。育った環境によって『多少良くなることがある』のは経験上知っているものの。それで、このレベルと精度に至ったというのは。少なくとも、私は今までに見たことがない。
(いったい何なんだ。この人は……)
知れば知るほど興味が尽きず。そこにまた魅力を感じて、心がざわつく。
ゾクゾクするような興奮と、胸の内が暖かくなるような高揚感と。
今までに経験したことのない複雑な感情が、私の胸中を渦巻き。それが私を虜にさせる。
彼という存在に酔い、彼という存在に深く深く落ちていく。そんな感覚。
これが恋というものなのか?
私には答えが出せない。
私は恋というものを、これまでに経験したことがないから。
それができる環境で、私は育っていないから。
私は……。私は――。
甲板までやって来ると、ライオットが、その場にいた船乗りと会話を締めたので。私は状況確認に急ぐ。
ぐるっと甲板を回って。そして戻って来た頃に、彼から声がかかった。
「そっちはどうだ!?」
船乗りの姿はもうない。きっと彼が避難を促したからだろう。
「すっかり囲まれている! 数は……、数えたくもない!」
「俺たち二人で何とかできると思うか!?」
「何を言っている! 貴方と私がいて、できないことなどあろうものか!」
私には強い確信があった。
彼の言葉からそれを感じることはなかったが。彼の眼が、彼の動作が教えてくれる。
彼と二人なら、どんな困難でも乗り越えて行けると。
「船が沈んだら元も子もないからな! 大魔法は使えないぞ?」
「貴方と私なら! そんなもの使わなくても、この状況を打破できるだろう?」
私はそう言い切って、腰に差した鞘から剣を抜いた。
古の技術で生成された特別な魔法鋼で鍛えられた、至高にして究極の一振り。私の一族に代々伝わって来た。古代を生きた先人たちから託された、大いなる遺産。
私の一番の得物にして。生涯、この命を預けると決めた、唯一の剣だ。
「一応確認だけど、ウィルテイシア泳ぎは?」
「泳げはするが、水中戦を求めているなら無理だぞ?」
「いいや、泳げるならいい! やってもらうのは水上戦だからな!」
彼が何を想定していたのかが、次の動作でわかる。
瞬時に海上に張り巡らされた、無数の巨大な氷塊。足場にするには十分で、そのためにこそ作られた。私のための戦舞台がそこに作り出されたのだ。
であれば、そこに言葉は不要。
すぐさまその氷塊に向かって身を投げ、静かに着地を決める。
しっかりと表面の乾いた氷は滑らない。きっと彼にもそれがわかっていて。だからこそ、彼の期待に応えたいと。私は、喜び勇んで魔物の群に突撃した。
近くの敵は剣で突き。遠くの敵には短剣を投げ。投げた短剣や手投げ斧は、鎖分銅で回収する。私が対多数を相手取る時の、いつも通りの戦い方。
数を数えることに意味はないと思ったので。ひたすらに敵を殺し続けることしばし。
船を挟んだ反対側から、聞きなれない音が響いて来るのに気付く。
それがライオットによって放たれた魔法の音なのだと言うのは、直感的にわかり。反対側は彼に任せれば問題ないと。そう改めて実感し、私は目の前にいる無数の敵に集中することができた。
それでも身体は、思考の速さにはついて来れず。いくらか敵の攻撃受けてしまったが。この程度の傷はいつものことなので、まったく気にならない。
いや、違う。
今までなら気にならなかった。が正しい。
今は、この身に傷が残るのは嫌だと。いつの間にか、そう考える私がいて。
(こんなにボロボロに私を見て。彼はそれでも私を女として扱ってくれるだろうか……)
その心配が、女心というものなのだと。
古い記憶の中の父の言葉が思い出させてくれる。
『ウィルテイシアは女の子なんだから。軽い怪我でもしっかりケアして治さないとダメだよ? 傷跡が残ったら大変だからね?』
あの時父が言ったのは。将来私に想い人ができた時に、より美しい私でいなさいと。そういうことで。
幼少の頃から、私の将来まで見据えてくれていたのだと。その愛の深さに、今更になって泣けてくる。
(大丈夫だよ! 父上! 傷の治療方法はちゃんと学んだんだ! 今は塩水が傷口にしみるけど、この戦いが終わったら、きっと! より美しい私でいるために全力を尽くすから!)
戦闘中にこんな清々しい気持ちになったのも初めてで。ライオットに出会ったのがきっかけなのだと。結局そういう結論に至り。
私は、戦闘中だと言うのに。頬に熱がこもったのを。水の冷たさも相まって。より鮮明に感じ取ることになった。
そんなこんなで、戦い続けた先。だいぶ敵を討ち取って、移動してきた氷塊の縁の辺り。
そこで私は、より大きな危機が迫っていることに気付く。
「……これは!?」
水中に潜む巨大な影。それが何を意味しているのか、私はこの時、初めて理解して。
「ライオット! 緊急事態だ! 忙しくしている最中だろうが、一度こっちに来てくれ!」
次の瞬間には、彼に支援要請を出していた。
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