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死んでも君を愛し続け、異世界まで追いかけて来た俺は、君の婚約を祝福する。─この嘘は貫き通す。君の為に強くなった俺は君の幸せをただ願う─  作者: 一斗
侵攻の足音。揺れる誓いの行方編

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昏い山肌に響く名

 神罰のごとき光の連撃がようやく止んだ時、帝国の誇る大軍勢は、見る影もなく散り散りになり、ただ恐怖のままに逃げ惑う敗残兵の群れへと成り果てていた。


「ハァ、ハァ……っ! 総員、持ちこたえろ! 壁を維持しろ!」

 帝国軍指揮官兼魔術師団長ハロルドは、全身の毛穴から血の混じった汗を流しながら、必死に土魔術の防壁を維持し続けていた。頭上から容赦なく降り注ぐ巨大な岩石と土砂を泥臭く防ぎきり、彼は運よく生き延びていた。


 眼下に広がる惨状を見下ろしたハロルドの背筋に、氷を突きつけられたような戦慄が走る。

 蛇のようにうねりながら山道を登っていた隊列――その先頭、中央、最後尾にいたるまで、まるで定規で測って等間隔に配置したかのように、完璧な着弾点が穿たれていた。その事実がこれが単なる無差別攻撃ではないことを物語る。


(……馬鹿な。あの絶望的な距離から、地形の起伏を完全に無視して、我々の行軍位置を正確に捕捉していたというのか……!?)

 それはもはや、事前に聞いていた『ゼクス』という怪物の噂を遥かに超越していた。噂以上、いや、さらに「進化」しているとしか思えない絶対的な絶望。


 初撃こそ密集していた隊列を直撃し、一瞬で数百の命を消し飛ばしたが、その後は異常な威力の前に魂を削られた兵たちが、指揮官の指示より早く四方八方へと逃げ惑った。結果として、二発目以降の直撃を受けた兵の数は少なかった。

 だが、音速を超えた衝撃波と、周囲の地形ごと爆裂させる副次的な威力は凄まじく、直撃を免れた者であっても、爆風に吹き飛ばされ、あるいは土砂に生き埋めとなって行動不能に陥る兵が続出していた。


「……攻撃が止んだ! 聞け、あの恐るべき魔術を放っていたものの魔力は、とうとう尽きたとみえる!」

 ハロルドは恐怖で硬直する兵たちを鼓舞するように、裂ぱくの気合で声を張り上げた。これだけの超広域・高威力の魔術だ。放った側も無事ですむはずがない。そう信じなければ、全軍の精神が崩壊する。


「生き残って動ける者は、ただちに埋もれた者の救助、および負傷者の救援にあたれ! ――ただし、数キロ先にいる王国軍の本隊がこちらへ向けて進軍を開始した場合は、救助活動を即座に中止し、一刻の猶予もなく撤退行動に切り替えよ!」


 的確な指示を飛ばしながら、ハロルド自身もすぐに救助へと動く。

 大量の土砂が崩れ落ちた不自然な斜面。ハロルドは自身の土魔術を細かく制御し、埋もれた位置の「下側」から優しく土を上へと押し上げ、重圧を減らしながら柔らかくなった土砂を退けていく。泥まみれになりながら、必死に生存者を掘り起こすその姿は、崩壊しかけた帝国軍の唯一の理性だった。


「神」の如き理不尽な暴力を振るうゼクスに対し、彼らはあまりにも泥臭く、必死に「人間」として生にしがみつくしかなかった。


 ───────


 その頃、隊列のさらに後方、地獄の爆心地から辛うじて分散して逃れていた二人――ラミルと拓真もまた、泥と血にまみれて這い出していた。


 生存者を捜索する兵たちの間で、ハロルドの救助指示がリレー形式のように、伝言ゲームさながらに息も絶え絶えに伝達されてくる。

 瀕死の兵たちが転がる凄惨な光景のただ中で、ラミルは折れかけた右腕を庇いながら、青ざめた顔で拓真を振り返った。


「……拓真殿。動けない者の治癒にのみ、専念していただけますでしょうか? 贅沢は言えません、これだけの死傷者なので……」

 懇願するようなラミルの言葉に、拓真はひび割れた唇を歪め、地面に血混じりの唾を吐き捨てて悪態を衝いた。


「クソが……ああ、そうさせてもらうよ。じゃねぇと、俺の魔力も持ちそうにねぇからな……! いや、クソ、これでも最後まで持つかどうか怪しいぞ!?」

 王都での戦闘から敗走で消耗した拓真の魔力は、まだ回復しきれていない。ラミルは悲痛な面持ちで、小さく頷く。

「そうですね……。両足を動けない者、もしくは、今すぐ処置しなければ命がない致命傷の者のみを優先して治療しながら進みましょう。それ以外は……耐えながら進んでもらうしかありません」


「なんだよ、こりゃ⋯⋯ハ、ハハ、……アハハハハ!」

 凄惨を極める地獄絵図を見上げ、拓真の口から、突如として壊れたような笑い声が漏れた。

 引きつった笑みを浮かべ、狂ったように頭を掻きむしる勇者の瞳は、完全に濁りきっている。


「こんなふざけたことを大真面目にしやがるんだ……。須藤の奴、もう人間じゃねぇよ。人間であるはずがねぇ……!」

 肉体をどれだけ強化しようが届かない、触れることすらできない遥か彼方からの蹂躙。その圧倒的な恐怖を認めれば、自分が完全に『負けた』ことになってしまう。

 だから拓真の歪んだ精神は、自身の生存のために、ゼクスを自分と同じ泥沼へと引きずり下ろす道を選んだ。


「あいつ、俺と同じじゃねぇか……! 人を殺してもいいこの異世界で、あいつはただ、圧倒的な力で殺戮を楽しんでるだけの殺人鬼だ! 王国も、あんな人殺しの化け物を英雄と崇めてんのかよ!? なぁ、そうだろう!? 須藤ォ!! お前も俺と同類の、ただの狂った殺人鬼なんだよ!!」


 周囲の帝国兵たちが、突如として狂乱し誰も知らない「スドウ」という名を叫び始めた勇者を、腫れ物に触れるような畏怖と哀れみの目で見つめる。

 だが、今の拓真にはそんな視線すら入らない。かつて頂点に君臨したプライドの残骸にしがみつきながら、血を吐くような拓真の咆哮と狂った笑い声は、夜が這い寄る黄昏の山肌に、醜く、そして哀れに響き渡るのだった。

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