果てなき射線、復讐の閃光
はるか先。血のような残照が世界を赤く染める険しい山道を、蛇のようにうねりながら登っていく帝国軍の影を、ゼクスの『ウィンドセンス』は正確無比に捉え、脳裏の盤面へと映し出していた。
ゼクスは短く深く息を吐き、静かに足元へ意識を集中させる。
直後、地響きと共に彼が立つ大地が急速に隆起し始めた。土魔術によって、周囲を見下ろすような強固で高い尖塔――即席の「射撃高台」を作り上げたのだ。
「……あそこから魔術を放つつもりか? 届くはずがない。いくら彼が規格外とはいえ、この距離では魔術が着弾する前に霧散するか、位置がズレる」
キュラムが驚愕に目を見開きながら、無意識にそんな常識を口にする。
天を突く高台の上にいるゼクスに、地上からの声は届かない。騎士たちも「あいつは一体何をしているんだ?」と、夕闇が迫る空気の中で、息を呑んで見上げるしかなかった。
そんな中、地上に残ったセシルが、可憐な声を響かせて一同に振り返った。
「皆さん、今すぐ両耳を塞いで、口を少し開けてください。……できれば、地面に伏せた方がいいと思います」
「え……? セシル様、それは一体……」
兵たちが戸惑うが、先ほど自分たちの命を救ってくれた「女神」の言葉だ 。訳も分からぬまま、レイヴンやキュラム、兵士たちは一斉に両耳を強く塞ぎ、身を屈めた。
その直頭上。高台の頂点に立つゼクスの周囲で、世界の法則が歪み始めていた。
ゼクスは土魔術と雷魔術によって硬度と密度を極限まで高めた鉱物を抽出し、完璧な『弾丸』の形状へと成形し、さらに、風魔術による超圧縮の空気の檻でそれを圧縮し、精巧な弾丸を生成する。そして雷魔術によって周囲の空間を分解・イオン化させる。
前方に、青白くバチバチと火花を散らす一対の「雷のレール」が並行に伸びる。
それは、この世界の魔術を用いて、元の世界の物理理論を無理やり上書きした超長距離・超音速攻撃魔術――『電磁加速』。
異世界の常識である「魔力の飛距離」という概念を、圧倒的な「物理的な初速」によって力ずくで突破する、ゼクスだけの神の領域。
ゼクスは己の周囲の空気を風魔術で操作し、衝撃波から鼓膜を守る不可視の防壁を張る。肉体から直接放つ技ではない以上、身体への物理的な反動はないが、大気を割る天災の衝撃そのものは、すぐ目の前で発生するのだ。
刹那。
赤く染まった夕空のすべてが、網膜を灼くような強烈な白光によって塗り潰された。
──ズゥゥゥゥゥゥゥンッ!!!!
音速を遥かに超越した光の槍が放たれた。遅れてやってきた衝撃波が夕暮れの空気を爆発させ、耳を塞いでいた兵士たちの内臓を激しく揺さぶる。
高台の上のゼクスの銀髪と衣服が、凄まじい爆風によって激しく引きちぎれんばかりに翻った。
黄昏の地平線を一直線に切り裂いた光条は、またたく間に数キロの距離をゼロにした。
だが、最強の怪物の進撃は、一発では終わらない。
ゼクスは感情の消えた瞳で、しかし内なる狂気と復讐の炎を燃やしながら、すぐさま次弾を装填する。
「──ッ!!」
狂ったような速度で、山脈へ向けて第二発、第三発の光の槍が連射された。
茜色の空に連続して轟く爆音。空間そのものが悲鳴を上げ、大地がその衝撃の余波で激しくのたうち回る。
─────────
はるか遠方の山脈──。
帝国軍が必死に登っていた険しい断崖に、突如として神の雷が連続して突き刺さった。
凄まじい衝撃と共に、巨大な山の斜面そのものが一瞬にして兵士もろとも光の藻屑へと消え去り、大量の土砂が凄まじい雪崩となって帝国軍の隊列を容赦なく襲う。
「防壁を展開しろ! 土魔術師、総員で山を抑えろッ!!」
帝国軍指揮官ハロルドは狂ったように叫び、自身の魔力を絞り出して障壁を展開した。辛うじて直撃を免れた土砂をせき止め、犠牲を最小限に抑え込みながら、ハロルドは血走った眼で飛来してきた方角を見据える。
遥か彼方、地平線の先に微かに見える、天を突く高台。
(……馬鹿な。あそこから、この山脈を直接撃ち抜いたというのか!? 魔術を『相殺』することすら叶わんほどの質量と速度……こんなものが人間であってたまるか!)
「化け物だ、化け物が出たぞぉ!!」
「ありえない! 射程も速度も威力もおかしい!防ぎようがないッ!!」
本陣は一瞬で極限のパニックに陥り、軍隊としての規律は完全に瓦解した。魔術による迎撃も相殺も不可能な絶対的な絶望を前に、ハロルドは喉を枯らして怒号を上げる。
「全軍分散しろ! 集団でいれば一網打尽にされるぞ! 被害を最小限に抑えつつ、各々山を越えて大急ぎで基地を目指せ!!」
その混沌の渦の中、泥と血にまみれた勇者・拓真は、崩落していく山肌を見上げていた。
(……嘘だろ。あいつ、 なんで数キロも離れた場所から、俺たちを正確に狙い撃ちできるんだ……!)
どんなに肉体を強化しようが、どんなに異世界召喚の恩恵を受けようが、届かない。触れることすらできない遥か彼方から、自分たちを『風景ごと塵に換える』本物の天災。
拓真のプライドは粉砕され、その瞳には恐怖だけが張り付いていた。
常識の外側から飛来し続ける絶望の連撃に、山肌にはただ、帝国兵たちの哀れな悲鳴と絶叫だけが、夜が迫る薄暗い虚空に木霊し続けるのだった。




