断罪の宣告、天災の照準
(またしても……やはりしくじっていたのか! 拓真、使えない狂犬め……!)
脳内で激しい憎悪を爆発させるライオネルだったが、ゼクスたちの前で表情を崩すわけにはいかない。
「あ、ああ、よくやってくれた、ゼクス。感謝する。……セシルも、無事で何よりだ」
ライオネルは、なんとか平静を保とうと縋るような目でセシルを見た。
「セシル、すまないが、見ての通り負傷兵で溢れている。君の優れた治癒の力で、彼らを救ってはもらえないだろうか」
「はい、お任せください。スーちゃんの邪魔にならないよう、私は私の仕事をします」
セシルは愛らしく微笑み、ゼクスの腕から手を離すと、すぐに負傷兵たちの元へと駆け回った。彼女が手をかざすたび、荒野に柔らかな光が溢れ、兵士たちの無残な傷口が瞬く間に塞がっていく。
「あ、ああ……痛みが消えていく……」
「信じられん、ちぎれかけていた足が繋がったぞ……!」
絶望に呻いていた戦場の一角が、セシルの歩みに合わせて奇跡の光に包まれていく。命を救われた兵士たちは、泥と涙にまみれた顔を上げ、震える声で次々と彼女に感謝を捧げた。
「ありがとうございます、セシル様……! あなたは、私たちの女神だ……」
「この御恩は、一生忘れません……っ!」
無数の熱い感謝と、崇拝に近い視線。それらを浴びながらも、セシルはただ「当然のことをしただけ」と言わんばかりに、優しく微笑み返すだけだった。
(……ふふ。これで、誰も文句は言えないよね。私がこれだけの力を見せつければ、みんな私のことを認めてくれる。スーちゃんの隣に、相応しいのは私だって、みんな思ってくれる)
兵士たちを救いながらも、セシルの水色の瞳が見つめているのは、いつだってただ一人――背後で佇むゼクスの姿だけだった。
外堀を完璧に埋め尽くしていく「偽りの聖女」による救済劇が、荒野を白く照らして続ける──。
ゼクスによる王都の報告が終わり、セシルが手際よくすべての負傷兵の治療を終えた、ちょうどその時。
前方から、凄まじい土煙を上げて撤退してきたキュラム率いる追撃隊が、本隊へと合流した。
キュラムの鋭い視線が、合流したゼクス、そして――手綱を握りしめるライオネルの背中に向かって、静かに注がれる。
キュラムは馬を寄せ、ライオネルとゼクスの前で鋭い敬礼を交わした。
「ライオネル王子。敵後衛の猛烈な反撃に遭い、追撃を断念。指示通り反転して本隊に合流いたしました」
「……そうか、苦労をかけたな、キュラム」
ライオネルが努めて平静な声を返す。しかし、キュラムの口から告げられた次の一言が、その場の空気を一瞬で凍りつかせた。
「──報告があります。今回の帝国の撤退、および前線での『時間稼ぎ』。そして追撃隊へ浴びせられた魔術攻撃の規模。これらの動きは、実に不自然です。断言します。我が軍の幹部に、帝国と気脈を通じた『内通者』が確実に存在します」
周囲の将校たちが一斉にざわめき、ライオネルの背中に冷たい戦慄が走る。
(キュラムめ、余計な勘の良さを……!)
「何ということだ……徹底的に調べねばな」
ライオネルは心臓の激しい鼓動を隠し、必死に表情を取り繕った。
だが、その張り詰めた疑惑の追求を遮るように、ゼクスが静かに一歩前へ出た。
「その内通者の炙り出しは、王都へ戻ってから陛下を交えて行いましょう。……それよりも。ライオネル王子、奴らをこのまま追撃しても構わないでしょうか?」
ゼクスはすでに、広域索敵魔術『ウィンドセンス』を限界まで展開していた。不可視の風の網が、国境の険しい地形を瞬時に掌握していく。
「敵はあの大軍だ。険しい山道を登る以上、行軍速度は確実に落ちている。だが、今から本隊で追っても物理的に間に合わないだろう。やれるものならやればいい」
その言葉を口にした瞬間、ゼクスの瞳の奥に、昏く、恐ろしい炎が灯った。
(いや、まだ間に合う。あいつは──美月をあの無惨な姿に落としめた男は、確実にあの軍勢の中にいる)
「承知しました。では、ライオネル王子。これより敵を追撃します」
「な、何だと……!? 一人だけであの大軍を追うというのか!?」
ライオネルが目を見開く。驚いた表情を維持しながらも、その内心は歓喜に震えていた。
(自ら死にに行くか、愚か者が! ならば勝手にしろ!)
だが、ゼクスの意図は、ライオネルの矮小な想像を遥か遥かに超越していた。
「――いえ、ここから動くつもりはありません。今から、射線が通る位置で『狙撃』します」
「射線……?」
キュラムが怪訝そうに眉をひそめる。ここから帝国の撤退ルートまでは、常識的な魔術の有効射程を遥かに超えた絶望的な距離がある。
だが、その真意を瞬時に察したセシルだけが、恍惚とした表情を浮かべ、ゼクスの腕に甘えるようにしがみつく。
その水色の瞳には、世界を滅ぼしかねない恋人の狂気への、純粋な崇拝だけが宿っていた。




