王都への門出と、消えない執着。――鈍感な英雄は少女の独占欲に気づかない
十五歳の誕生日。
それは、辺境の村から世界へと羽ばたく、祝福に満ちた門出の日。
王都、そして王立魔術学院への特待生としての招待。
そこに行けば、前世の恋人・美月に繋がる手がかりがあるかもしれない。
「王都でも、ずっと一緒だね!」
無邪気に微笑み、俺の腕に縋るセシル。
あの日、俺のすべてを管理し、尊厳を分かち合った少女は、今も当然のように俺の隣を独占している。
「美月……待っててくれ」
俺の呟きが、セシルの瞳を暗く沈ませることも知らず。
鈍感な俺は、彼女の愛という名の「檻」が、より強固に作り替えられていることに気づかぬまま、旅立ちの朝を迎える。
死闘から数日。
過負荷でボロボロになった肉体は、セシルの治癒と、彼女が用意した滋養強壮に効くスープによって、驚異的な回復を遂げていた。
今日はセシルの十五歳の誕生日。そしてその二週後はゼクスの誕生日。
村の復興も一段落し、二人の成長と新たな門出を祝うため、父バルトロとハンスは合同の誕生会を企画してくれた。
「ゼクス、セシル。……改めて、誕生日おめでとう。そして、あの襲撃者の撃退。実に見事だった。よくやった」
バルトロが、誇らしげに杯を掲げる。
広間の食卓には、村人たちが感謝を込めて持ち寄った色とりどりの料理が並んでいた。なかでも、ゼクスの目を釘付けにしたのは、香ばしく揚げられ、山のように積み上げられた「大皿一杯の鳥のフライ」だ。
「……ありがとうございます、父上。いただきます」
ゼクスは、自身の鋼のような筋肉の糧となるタンパク質を摂取すべく、大ぶりのフライを口に運んだ。サクッとした軽快な衣の音と共に、中から溢れ出す濃厚な肉汁。魔力を限界まで絞り出した後の乾いた体に、栄養が隅々まで染み渡っていく。
「美味しいね、スーちゃん。……あ、口の横に衣がついてるよ?」
隣に座るセシルが、慣れた手つきでナプキンを取り出し、甲斐甲斐しく彼の口元を拭う。
その 水色の瞳は、どこまでも澄み渡っていた。あの「オムツ地獄」の三日間、彼女が一体どんな表情で自分の世話し、管理していたのか……それはもはや、彼女の胸の内にしか存在しない。
ただ、彼女の指先が触れるたびに、ゼクスは「この人は、俺のすべてを知っている」という、逃れようのない絆を覚えていた。
宴もたけなわとなった頃、ハンスが真剣な面持ちで、一枚の重厚な羊皮紙を取り出し、ゆっくりと語り始めた。
そこには、王国の紋章が深紅の封蝋で刻印されている。
「ゼクスくん……。あの日、君が退けた襲撃者は、西のガラルド帝国の隠密部隊『影の猟犬』の精鋭たちだ」
ハンスが重々しく口を開くと、広間の温度が数度下がったかのような静寂が訪れた。
「私から王都へ、事の顛末を詳細に報告したよ。……十五歳で帝国のシャドウ・ハウンドを撃退させた君の力。王都側も、その才能を是非ともほしいと言ってきている」
ハンスの言葉に、ゼクスは背筋を正した。
「王立魔術学院から、君……稀有な治癒適性の持ち主セシル。二人を『特待生』として迎え入れたいとのことだ。これは、国王陛下直々の内諾も得ている」
「特待生……、二人で、ですか」
ゼクスが問い返すと、セシルが嬉しそうに彼の腕をぎゅっと抱きしめた。柔らかな感触が伝わる。
「すごいよ、スーちゃん! 王都でも、ずっと一緒だね!」
「……ああ。そうだな……」
ゼクスは頷き、視線を落とした。その唇から、無意識にある名が漏れ出す。
「……美月。……王都なら、君の手がかりが見つかるかもしれない」
その呟きを、セシルの耳が逃さなかった。
ゼクスの腕にこもる彼女の力が、ほんの少しだけ強くなる。
「……スーちゃん。王都に行っても、無理はしないでね? 私がいなきゃ、スーちゃんはまた壊れちゃうんだから。……ずっと、私が隣で見ててあげるから」
どこか寂しげな響きで囁く彼女。だが、前世の女性への想いに囚われているゼクスは、その水色の瞳に宿った深い感情にこれっぽっちも気づかず、軽い調子で答えた。
「こんな事件、そう簡単に起こるわけないし、そんな大袈裟な」
その鈍感な返答に、セシルは一瞬だけ瞳の奥を暗く沈めたが、すぐにいつものような微笑みに戻っていた。
「……さあ、明日からは旅の準備だ! 二人でベルンシュタインの名を轟かせてこい!」
バルトロの豪快な笑い声が響く中、ハンスが(セシルを頼んだよ⋯)と全服の信頼を置いていたのをゼクスは知らない。
隣にいる少女の「重すぎる信頼」を胸に、遠き王都への道を幻視していた。
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