英雄の帰還と、終わらない悪夢。――十五歳の俺がおむつを卒業できなかった理由
隣国の精鋭を壊滅させ、村を救った英雄の目覚め。
そこにあるはずだったのは、勝利の余韻と輝かしい未来……のはずだった。
「私が全部やったよ? 手際はプロ級なんだから!」
三日間の空白。
意識のない俺に施されていたのは、至高の治癒魔術と――逃げ場のない「排泄管理」という名の支配だった。
十五歳の夏。
俺は歴史に名を刻む前に、一人の少女に男としての尊厳を完膚なきまでに刻まれる。
「ね?」
拒絶を許さない水色の瞳。
最強の力を手に入れたはずの俺が、一生勝てない相手を確信した瞬間。
深い眠りの底から、ゼクスはゆっくりと意識の糸を引き揚げた。
あの、全身を焼き尽くすようだった「四倍」の激痛が、嘘のように消え去っている。
(……動く。指先の一本まで、完璧に)
右足の骨が砕け、肉が爆ぜるあの悍ましい感触も、今は微塵も感じない。
ゼクスは重い上体をゆっくりと起こし、自分の掌を見つめた。
隣国の精鋭部隊をたった一人で壊滅させ、村を守り抜いた。その代償としてボロボロになった肉体は、セシルの献身的な治癒魔術によって、傷跡一つない完全な状態へと回帰していた。
「……スーちゃん。起きたの?」
静かに部屋の扉が開き、清潔な着替えと水桶を抱えたセシルが入ってきた。逆光の中に立つ彼女の銀髪が、聖光のように輝いている。
「セシル……、ありがとう。君のおかげで、もうすっかり良くなったみたいだ。本当に助かったよ」
ゼクスは、命を救われたことへの心からの感謝を込め、穏やかに微笑んだ。
だが、セシルはどこか含みのある、それでいて「完璧な仕事をやり遂げた」という悦びに満ちた、奇妙に艶やかな笑みを浮かべて彼を見つめ返した。
「……うん。本当によかった。スーちゃん、あの時から三日間も眠りっぱなしだったんだもの」
「……三日間?」
その瞬間、ゼクスの脳裏を冷たい戦慄が駆け抜けた。
六年前。あの時、意識を失った自分に何が起きたか。その忌まわしくも、抗いようのない記憶が、今のセシルの「慈愛に満ちた水色の瞳」と重なる。
「……ま、待て。セシル。俺の……俺の着替えとか、その……」
震える声で問いながら、恐る恐る、自身の腰元を覆う布団を捲る。
そこには――。
成長し、逞しくなった腰回りを、白く清潔な布が、逃げ場のないほど分厚く、かつ芸術的なまでの強固さで包み込んでいるという、あまりにも残酷で絶望的な光景が広がっていた。
「え? 私が全部やったよ? スーちゃんの意識がない間の面倒は、私が見たいってお父様たちに強く言ったの。でも、安心してね? 六年前の経験があるから、手際は自分でも驚くほど完璧だったよ。……当てる角度も、紐の結び方も、もうプロ級なんだから!」
ゼクスは、石化した。
思考が停止し、窓の外で鳴いている鳥の声すら遠のいていく。
(……見られた。……された。……それも、よりによって美月を想うと打ち明けた直後に……ッ!!)
九歳の時とは根本的に違う。今の自分は、第二次性徴を迎えつつある十五歳の肉体だ。
男としての本能的な自覚も、羞恥心も、六年前の比ではない。何より、前世と合わせて三十年以上生きた「大人の男」としての自尊心にとって、これ以上の魂の凌辱があるだろうか。
「……スーちゃん? 顔が真っ赤だけど、また熱? それとも、……また出ちゃった?」
「……セシル、……頼む。次からは、……次からは親父かハンスを呼んでくれ。頼むから……」
「ダメだよ。スーちゃんの体は、私が一番よくわかっているんだから。……ね?」
その「ね?」という優しくも拒絶を許さない一言。
セシルの水色の瞳には、救世主を「自分の庇護なしでは排泄すらままならない無力な存在」として固定して離さない、圧倒的なまでの独占欲が渦巻いていた。
ゼクスは、深い絶望と共に悟った。
自分はこの世界で、歴史に名を刻む存在になれるかもしれない。
だが、この銀髪の美少女にだけは、一生、精神の急所を握られ続ける運命なのだと。
第8話をお読みいただきありがとうございます。
ついにやってきました、キャッチコピー回収回です!
九歳の時とは重みが違う「十五歳のおむつ」。
ゼクスにとっては死ぬほどの絶望ですが、セシルにとっては「スーちゃんのすべてを管理している」という歪な愛情の証明でもあります。
「美月」という存在を知らされたからこそ、セシルはより物理的に、より深くゼクスを縛ろうとしているのかもしれません。
この「精神の急所」を握られた二人の関係が、王都の魔術学院でどう転がっていくのか……。
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