王都の二人暮らし。――お父様公認(?)で外堀を埋められました
ついに辿り着いた、夢にまで見た王都エルメリア。
学院の宿舎で、美月に繋がる手がかりを一人静かに探す……はずだった。
「スーちゃん、私と一緒に住むよ?」
手渡されたのは、お父様からの「責任を取れ」という実質の婚約通知(?)。
用意されていたのは、逃げ場のない一軒家と、物理的に一つしかない寝室。
「私が責任を持って……隅々までお世話してあげるからね!」
その言葉の重みに、俺の腰回りがまたしても不吉に疼く。
学院入学を前に、俺の「男としての防衛線」は、早くも陥落の危機を迎えていた。
街道を駆ける馬車に揺られる。
ついに二人の視界に、雲を突くような白亜の城壁に囲まれた巨大都市――王都『エルメリア』がその全貌を現した。
活気あふれる巨大な市場の喧騒、石畳をリズミカルに叩く馬車の蹄の音、そして遥か上空を魔導具で舞う近衛騎士たちの姿。前世の都会とはまた違う、魔導と活気が混ざり合う「世界の中心」の熱気に、ゼクスは改めて武者震いを感じていた。
「……着いたね、スーちゃん! 凄い、本で見た通り!」
「ああ。……まずは、学院指定の宿舎に荷物を置きに行こうか」
「え? ううん、パパからのメモによると――こっち! ついてきて!」
セシルが弾むような足取りで指し示したのは、学院の学生寮が並ぶ区画とは反対の方向だった。
二人が辿り着いたのは、学院からほど近い、静かな高級住宅街の一角にある小ぢんまりとした一軒家。白壁に赤い屋根が映える、可愛らしい家だ。
「着いたよ! ここが私たちの新しいお家。スーちゃん、私と一緒に住むよ?」
「……二人で、か? 寮に入るんじゃないのか?」
「もちろん! あ、そうだ。パパから預かってるの。『家に着いたら渡せ』って」
えらく上機嫌なセシルから、ハンスの封蝋が押された手紙を渡される。
ゼクスが怪訝に思いながら中身を開くと、そこには殴り書きのような力強い筆致でこう記されていた。
『ゼクス。王都での生活だが、宿舎に入る必要はない。私の知人が管理している一軒家を借りておいた。……セシルと二人で暮らせ。
いいか、ゼクス。セシルの持つ治癒適性は、王都の権力者や他国の密偵が血眼になって探し求めるほど極めて稀なものだ。学院という公の場では、どんな火の粉が降りかかるか分からん。
あいつを、しっかり守ってやってほしい。それができるのは、きっとお前だけだ。
……という建前もあるが、うちの娘は、お前が宿舎で一人だと、部屋を汚くしたり、ちゃんと飯を食っているか心配で仕方がないんだとさ。
P.S.
二人きりだからといって、もし娘に手を出したら……きっちりと、一生かけて責任を取ってもらうからな? 途中で放り出すなんてことは、万に一つも許さんぞ?』
「……えっ、『責任取れ』!?」
思わず裏返った声が漏れる。
「手を出すな」という厳格な警告を予想していたゼクスは、むしろ「出したら最後、逃がさない」という斜め上の要求に目を丸くした。
横ではセシルが「えへへ、パパったら」と、頬を染めて可愛らしく、だがどこか勝ち誇ったような、逃げ場のない微笑みを浮かべている。
「……セシル。ハンスさんは何を言ってるんだ? 責任って……僕たちはまだ十五歳だし、そんな不埒なことはするなんて、よっぽど信用されてないのかな」
「……もう、スーちゃんは相変わらずね」
セシルは、ゼクスの凄まじい鈍感さに溜息をつきながらも、その逞しくなった腕にぎゅっとしがみついた。
「大丈夫よ、スーちゃん。王都では、私が責任を持って……身の回りから、隅々までお世話してあげるからね!」
セシルの言葉に含まれた「隅々まで」という響きに、あの意識不明の三日間の、記憶にないはずの「布の感触」が腰回りに蘇り、ゼクスの顔がみるみる熱くなる。
ハンスの知人が管理しているというその家は、庭こそ狭いが、二人が暮らすには十分すぎるほどで、どこか新婚家庭のような温かみが漂っていた。
「……こ、こじんまりしてるけど……部屋、二つあるよな?」
ゼクスが恐る恐る確認すると、セシルはニコニコしながら奥のドアを開けた。
確かに二部屋あったのだが――。
片方の部屋は、ハンスの知人の物だろう山のような魔導書や資料で埋め尽くされ、放置されたままになっていた。
「一応、ここで寝られなくは……ないか……?」
「え? 一緒の部屋で寝ようよ、スーちゃん。絶対部屋汚すもん。本も汚れちゃったら大変。それに何かあったら、怖いから……一緒の部屋で寝たいな……ダメ?」
セシルの、潤んだ瞳での上目遣い。
十五歳の少年にとって、それは最強の騎士の剣よりも回避不能な攻撃だった。ハンスの言葉もある。ゼクスは喉まで出かかった反論を飲み込んだ。
(……王都での暮らし。何があるか分からない。確かに、傍にいたほうがいいのか?……いや、そういう問題か!?)
結局、なし崩し的に押し切られ、一つの寝室に二人の荷物をまとめさせられたゼクス。
己の常識と、男としての防衛線が音を立てて削られていく感覚を覚えながら、逃げるように「学院の受付を済ませに行こう」とセシルの腕を引いて家を飛び出した。
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