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死んでも君を愛し続け、異世界まで追いかけて来た俺は、君の結婚を祝福する。─この嘘は貫き通す。君の為に強くなった俺は別の女性にすべてを世話される─  作者: 一斗
侵攻の足音。揺れる誓いの行方編

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届かぬ氷結、守る者無き戦場

「──人の約束を、邪魔しないでくれるかな」

 

 ラミルの放った極大魔術『ヘイルストーム』が王都を白い絶望で染め上げ、宮廷魔術師団副長エレノアが死を覚悟したその瞬間。大気を爆鳴させて現れたのは、美しい銀髪を揺らす少女──セシルだった。

 

 ゼクスとの「婚約の約束」という至高の幸福を手に入れ、高揚に頬を染める彼女は、かつて畏怖した兄の領域に至ったはずのラミルの絶望を、たった一撃の『アクアヴォルテックス』で完璧に無力化してみせる。

 

 街を救うためではなく、ただ最愛の男から「ご褒美」をもらうため、不快な羽虫を駆除するようにラミルを一方的に磨り潰していくセシル。

 エレノアの視界を、死の色をした白銀が埋め尽くす。

 放たれた極大魔術『ヘイルストーム』。彼女が自らの死を覚悟し、震える瞼を閉じた――その瞬間だった。


「――人の約束を、邪魔しないでくれるかな」


 どこか浮ついた、けれど芯まで凍てつくような少女の声が響く。

 直後、エレノアの目前で、大気が爆鳴を上げた。


 激流が、爆ぜる。

 出現したのは、周囲の巨大な瓦礫や空気の層すら丸ごと巻き込み、へし折るほどの超大質量をもった水の渦――『アクアヴォルテックス』。

 迫り来る無数の氷の礫、それはラミルの放った絶望。それらすべてが巨大な渦の引力に捕らえられ、中心へと引き摺り込まれていく。ラミルの絶対零度の氷は、水流が放つ圧倒的な圧力によって一瞬で砕かれ、溶かされ、ただの一滴の飛沫となって濁流の中へと霧散した。


「……なっ!? 嘘だろ……っ!?」


 確信していた死を完全に封殺され、ラミルの顔に驚愕と戦慄が走る。

 凄まじい水煙の背後から、ゆっくりと姿を現したのは、美しい銀髪を夜風に揺らす少女。

 セシルだった。彼女の白い頬は興奮と高揚に赤らみ、その瞳は、心ここにあらずといった恍惚とした輝きを放っている。


「あなたが街を荒らしてくれたおかげで、スーちゃんが私と婚約してくれたの! それは、すっごく感謝してる。……でもね、街をこんなにボロボロにするのは、いけないことだよ?」


 セシルは、まるで親しい友人に語りかけるような、どこまでも柔らかな声音。だが、その瞳には一切の光がなく、ただ暗い歓喜と、ゼクスを美月の元へ行かせざるを得なかった不快感だけがドロリと渦巻いている。


 エレノアは呆然と、その小さな背中を見つめるしかなかった。

 自分たちが束になって命を懸けても傷一つ付けられなかったラミルの極大魔術を、彼女はたった一撃で、しかも「散歩のついで」のように完全に無力化したのだ。


「……お前は、あの時の、ゼクスの隣にいた――」


 ラミルの頬を冷たい汗が伝う。数ヶ月前、確かに自分はこの女に敗北した。だが今は、亡き兄の領域にまで手を伸ばし、強くなったはずだった。それなのに……


「もしかして、前に逃げた人かな? あなたの逃げ足なら、私も追いつけないし……今回もまた、おめおめと逃げちゃう? 逃げるなら、今のうちに早くしてほしいな。早くスーちゃんのところへ行きたいから」


 小首をかしげながら、愛らしく、けれど徹底的に人間を小馬鹿にした瞳で問うセシル。


「ふざけるな……! 偶然防いだくらいで、調子に乗るんじゃねえ! あの時のままだと思うなよ!!」


 屈辱にラミルが叫び、魔力を爆発させる。

 かつてとは比較にならない規模――数十本に及ぶ『アイスジャベリン』が四方八方の空間に形成され、セシルを全方位から一寸の隙もなく串刺しにせんと一斉に放たれた。


「無駄だよ。だって私、今すっごく気分がいいんだ。……スーちゃんに、ちゃんとおうちに帰ってから『ご褒美』をもらうために、あなたみたいな不快な羽虫は、すぐに片付けないとね」


 セシルが退屈そうに指先を振るう。

 四方から迫る氷槍のすべてが、同じ氷槍に砕かれていく。そして、間髪入れずにセシルが『アクアプレッシャー』を放つ。


 肉眼では視認不可能な超高圧の水流。ラミルは野生の直感だけで辛うじて跳躍し、建物の影――死角へと逃れた。


(クソっ……! クソクソクソっ!! 俺は強くなったはずなのに……なんだあいつは! なんだあの桁外れの強さは!!)


「隠れちゃっていいの? 今は私、守るものもないし……こんなこともできちゃうんだよ?」


 セシルの鈴を転がすような声が、夜の闇のどこからともなく響く。

 直後、気配の全くない虚空から、無数の『アクアプレッシャー』が、隠れているラミルの急所を目掛けて正確無比に放たれた。


(なんだ、これは……!? 敵の姿が見えないのに、攻撃だけが寸分の狂いもなく飛んでくる!)


 ラミルは戦慄し、分厚い『アイスシールド』を構築して必死に身を守る。けれど、攻撃は止まない。セシルが見当たらないのに、無数の魔術が雨あられと彼を襲い続けた。


 先ほどまで王国軍を圧倒的な暴力で蹂躙していた帝国の暗殺者が、今度は逆に、哀れな獲物として一方的に磨り潰されていく。その異様なまでに残酷な光景に、地に伏したエレノアは心底からの戦慄を覚えた。


(ハンス……あんたの娘、強いなんてもんじゃないわよ……。けど、この子は、本気で街を救おうとしているんじゃない。ただ、最愛の男の望みを、機械的に遂行しているだけ……)


「がっ……あぁっ!?」


 死角から幾度移動しようとも、執拗なまでの不可視の猛攻が続く。至近距離の空間から放たれた『アクアプレッシャー』の連発を躱しきれず、ラミルの右腕が深く貫かれた。

 傷口から鮮血が噴き出すが、セシルは眉一つ動かさず、ただ次の照準を定める。


(……クソ。時間は十分に稼げたはずだ。悔しいが、一人ではこの化け物には勝てない。……兄貴と交わした誓いを果たすまで、こんなところで無駄死にするわけにはいかないんだ!)


 ラミルは奥歯を噛み締め、無念の撤退を決意した。

 残った魔力を絞り出し、夜空高くに強烈な氷の魔術を打ち上げる。キィィンと寒々しい音を立てて弾けたそれが、ラミルと拓真の「退却の合図」だった。


 霧のように、そして必死の形相で消えていくラミルの気配を、セシルは追わなかった。ただ、婚約の証として誓った「約束」を果たすため、彼女の視線は負傷者へと向けられ、「早く終わらせてご褒美をもらいに行こう」という純粋な欲望のままに、治療して回っていく。



最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


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