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死んでも君を愛し続け、異世界まで追いかけて来た俺は、君の結婚を祝福する。─この嘘は貫き通す。君の為に強くなった俺は別の女性にすべてを世話される─  作者: 一斗
侵攻の足音。揺れる誓いの行方編

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75/90

「村に帰っちゃおうよ」と焦る幼馴染と、遠くの窓からただ深い闇を沈める聖女。

 あれから、数ヶ月の月日が流れた──。

 

 王都の学院には平穏で甘やかな時間が流れ、ゼクスの隣には当然のようにセシルが寄り添っている。

 かつての恋人である美月とは、すれ違っても視線すら合わない、透明で分厚い断絶の壁が築かれていた。

 

 しかし、美月は変わっていなかった。

 一人、王城の演習場で、肉体を内側から焼き尽くすような苦痛を伴う『フィジカルアップ二倍』を治癒なしで一時間維持できるまで己を追い詰めていく。

 その地獄のなかで、美月はかつて自分を守るためにゼクスがどれほどの無理を重ねていたのかを知り、生まれ変わっても変わらない彼の愛に、静かに絶望し続ける。

 

 一方、ガラルド帝国では、王国の裏切り者から流出した『フィジカルアップ』を使う勇者・大久保拓真が、帝国の精鋭たちをゴミのように蹂躙していた。

 ゼクスという未知の化け物の存在に、狂犬はその瞳にどす黒い闘争心を宿し、不敵に笑う──。

 あれから、数ヶ月の月日が流れた。

 王都の空は高く澄み渡り、学院には平穏で甘やかな時間が流れている。ゼクスの隣には常にセシルが寄り添い、彼女の献身的な愛は、周囲からも日常として定着していた。


 けれど、その平穏は、薄氷の上に成り立つ危うい均衡に過ぎない。


 学院の廊下でゼクスと美月がすれ違うことは、今でもある。

 だが、かつての恋人と目が合っても、彼女はただ静かに視線を逸らすだけだった。指先が触れることはおろか、言葉を交わすことさえない。

 かつての熱い視線は氷のように冷え切り、二人の間には、歩み寄ることを拒絶するような、透明で分厚い断絶の壁が築かれていた。

 

 それでも、美月は見ていた。

 演習場で彼らのクラスが実技授業の際。規格外のゼクスとセシルが、二人きりで模擬戦や実験に興じる様子を。窓越しに、遠く、ただ遠くから。

 

 セシルとゼクスの魔術の撃ち合いは並の魔術師なら一生かかっても届かない領域に及んでいる。

 その光景を見つめる美月の瞳には、もはや怒りさえなく、ただ底知れない深い闇だけが沈んでいた。



「……ねえ、スーちゃん。もういいんじゃない。村に帰っちゃおうよ?」


 ある日の放課後、セシルが甘えるように、けれどどこか焦りを含んだ声で囁いた。

「万が一、俺たちが元の世界に帰ってしまったら……残ってしまったセシルは学院を卒業していたほうがいいはずだ。この国での立場を捨ててまで、今村へ帰るべきじゃない」

 ゼクスの説得に、セシルは唇を尖らせて不満げに頷いたが、その表情には納得しきれない陰りがあった。彼女にとって、この学院はもはや「美月がゼクスを狙っているかもしれない戦場」でしかないのだ。


 ────


 誰もいなくなった後の王城の演習場。

 美月は一人、黙々と魔法を放ち続けていた。


「……『アクア・ディバイド』」


 極限まで圧縮された水の刃が、標的を鮮やかに両断する。ようやく、かつてゼクスが見せたような、一筋の迷いもない断絶をマスターすることができた。

 そして、フィジカルアップ。

 治癒なしで「二倍」。それは肉体を内側から焼き尽くすような苦痛を伴うが、今では一時間維持できるまでになった。


「……っ、は、……ぁ……っ」


 荒い呼吸と共に、膝をつく。

 全身の魔力が、蛇口を開け放したかのように流出していく。制御に神経を削り、激痛に耐えながら動くだけで精一杯だ。

 

 けれど、あの人は。

 涼翔は、これを使いながら『ウィンドセンス』を維持し、さらに別の攻撃魔術まで同時に行使していたのだ。


「……どれだけ、無理をしていたの」


 自分のために。いつか再会する日のために、彼はこれほどの地獄を日常としていたんだ。

 溢れ出した涙が、冷たくなった地面に落ちる。

 生まれ変わっても、彼はやはり、私の愛した涼翔だったのだ。


(……今、全てを捨てて、彼に縋ったら……私を選んでくれるのかな)


 彼が血を吐く思いで、私への祝辞を述べていたあの日なら。

 あの時、彼だと確信してその手を引き寄せていれば、未来は変わっていただろう。

 けれど、今は。傷ついた彼を癒し、彼の心を手に入れて閉じ込め、献身的なフリをして支えるセシルがいて、私はエドワードの庇護下にある。


(もし選ばれなかったら……私は、どうなるんだろう)


 その不安が、震える足を一歩前に踏み出すことを禁じていた。

 自ら引いた境界線の中で、美月はただ一人、失ったものの大きさに、静かに絶望し続けるしかなかった。


 ────


 ガラルド帝国、皇宮演習場。

 乾いた砂塵が舞う中、一方的な蹂躙が行われていた。


「が、はっ……!」


 帝国の精鋭であるはずのラミルが、地面を無様に転がる。その胸部には、防具ごとひしゃげた拳の痕が深く刻まれていた。

 彼だけではない。周囲には、帝国が誇る魔術師や騎士たちが、様々な攻撃や魔術を受け、折れた木屑のように転がっている。


「……けっ。どいつもこいつも、話にならねぇな」


 大久保拓真は、拳に付着した血を無造作に振り払うと、退屈そうに首を鳴らした。

 ライオネル王子からもたらされた、フィジカルアップ。拓真はそれを手にした瞬間、持ち前の歪んだ天才的センスでそれも己のものにしていた。

 今や帝都において、この「狂犬」に土をつけられる者は一人として存在しない。


「おい、ラミル。ここにはもう俺に敵う奴はいねぇ……その『ゼクス』って野郎は、本当に俺より強いのかよ」


 拓真の問いに、再生した腕をさすりながら立ち上がったラミルが、冷や汗を流しながらも迷いなく答えた。


「……はい。間違いありません。あの男の圧、そして術の精度……今の貴殿でも、独力で抗うのは不可能でしょう」

「ちっ。……そんな化け物が本当にいるのかよ。信じられねぇな」


 拓真は不機嫌そうに吐き捨てたが、その瞳にはどす黒い闘争心が宿っていた。自分より強いといわれる存在。それは、彼にとって「蹂躙し、奪い取るべき対象」でしかない。

「最高じゃねぇか。早く会わせてくれよ……その『ゼクス』って野郎の隣にいる女も、俺の女にしてやるからよ」


最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


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