魔術による鉄の創造。私の言葉で、あなたはまた手の届かない場所へ行く。
「……今後は自主練でいい、ということかい?」
エドワード王子の歪んだ問いかけが、演習場の焦げ付いた空気を支配する。
馬車の中でセシルの「事後報告」に心を完全に叩き潰され、逃げ場を求めるように王子の手を握り返した美月。
ゼクスは喉を焼かれるような後悔を抱えながらも、事務的な対話のなかで、土・雷・風の魔術を極限まで融合させた超科学魔術──『レールガン』を顕現させる。
数メートル厚の防壁を音もなく「蒸発」させる絶対的な破壊の光。
一国を紙細工のように蹂躙しうるその異次元の強さにエドワードが戦慄する中、ゼクスはこれが美月との絆の結晶であると口にするが、その言葉さえも美月の心を残酷に切り裂いていく。
「……そう、なるかも、しれません」
ゼクスから完全に視線を逸らし、拒絶を選ぶ美月。
「……っ、エドワード、様……」
馬車の揺れの中で、美月が逃げ場を求めるように、添えられたエドワードの手をぎゅっと握り返した。
頼るあてを失い、溺れる者が藁を掴むような、危うい接触。
エドワードはその指先の冷たさを、壊れ物を慈しむような残酷な優しさで受け入れ、唇の端を僅かに吊り上げた。
「……っ」
ゼクスはその光景を、喉の奥を焼かれるような思いで見つめていた。
自分の不誠実が彼女をあちら側へ追いやった。もう、後戻りはできない。
隣ではセシルが、ゼクスの腕にさらに深く絡みつき、まるで勝ち鬨をあげるように、虚空を見つめる美月の顔を、冷たく、優越感に満ちた瞳で射抜いていた。
────
王城、演習場。
高く聳え立つ防壁に囲まれたその場所で、ゼクスと美月は、昨日までとは打って変わって淡々と、業務的な会話を交わしていた。そこにはもはや、かつての甘い空気の欠片も存在しない。
「……水素爆発は、わざわざしなくても炎魔術を駆使するべきだ。単純に威力を追い求めるなら、レールガンが一番なんじゃないかな。……扱うのはかなり難しいだろうけど」
持ってきていたノートを見せる。
「レールを雷魔術でイオン化させて維持するなんて、そんな難しいこと、今の私にできるわけないじゃない」
美月の声は冷たく、どこか自虐的だ。
「それに、弾はどうするの?」
「……今から作るよ。見ていてくれ」
土魔術による『抽出』。雷魔術による『還元』。そして風魔術による『超高圧圧縮』。
バチィィィッ! という雷光が収まったとき、ゼクスの掌の上には、鈍い銀光を放つ一本の弾丸が浮かんでいた。
鏡面のように磨き上げられた流線形の円柱。冷徹なまでの完璧さを持った、一塊の「死」。
「これが、レールガンの弾丸だ」
(魔術で……鉄そのものを錬成したというのか。なんという無茶苦茶な……。いや、これはもはや『創造』に近い……)
背後で見ていたエドワードが、その異常な光景に戦慄し、背筋に凍り付くような悪寒を覚えて息を呑む。
「……始めるよ」
ゼクスが前方の標的――厚さ数メートルはある巨大なコンクリートの防壁を生成した。
両掌を前方に突き出し、平行な二本の「雷のレール」を構築する。
空気中にイオンの道が形成され、パチパチと青白い放電が空間を焼き切る。
そのレールの間に、銀色の弾丸が装填された。
刹那。
世界が白く染まり、演習場全体を叩き潰すような衝撃波が吹き荒れた。
――ドォォォォォォン!!
爆音は遅れてやってきた。
目にも留まらぬ速さで射出された弾丸は、空気の壁を強引に圧し潰し、オレンジ色の摩擦熱を纏いながら標的へと突き刺さる。
数メートル厚の壁は、抵抗の「て」の字も見せなかった。
弾丸が触れた瞬間、コンクリートは粉々に砕け散る暇さえなく、着弾点から放射状に結晶構造が崩壊し、熱によって「蒸発」した巨大な風穴が穿たれた。
突き抜けた弾丸はそのまま、彼方の山肌に土煙を上げさせる。
静寂。焦げた空気の匂いと、耳鳴りだけが残る空間。全てを無に帰すような圧倒的な質量と速度。
「……思った以上の威力だ。まずは緻密な魔術操作を練習して、目標はこれだな」
淡々と告げるゼクスの言葉に、エドワードは寒気を覚えた。
こんなものを自在に放つことができるとしたら。……この男一人で、一国の城塞すら紙細工のように蹂躙できてしまう。
「今のはいったい……。これは、連発できるのか……?」
「はい。制御は極めて困難ですが、可能ですね。美月が、土しか考えていなかった俺にヒントをくれたので辿り着けました」
さらりと口にした言葉。それはゼクスにとっての真実であり、美月との絆だった。
けれど、その言葉は美月の心に別の鋭い痛みをもたらした。
(……私のせいで、あなたはまた、二度と手の届かない場所へ行ってしまったのね。私の言葉を糧にして、あなたはあの子を守るための力を手に入れる……)
「けど、今の私じゃ弾も作れない。……ひたすら『アクア・ディバイド』と『フィジカルアップ』の練習をして、制御を磨かないと」
「つまり……今後は自主練でいい、ということかい?」
エドワードが、唇の端をニヤリと歪めて問いかけた。
ゼクスから美月を引き剥がす。彼女が最も弱り、寄り添う相手を求めているこの瞬間を、彼は一秒たりとも逃さない。その絶好の機会が、今この目の前にある。
「……そう、なるかも、しれません」
美月は、決してゼクスの瞳を見ようとはしなかった。
その瞳には、自分を裏切ったかつての恋人への失意が宿っている。
「……そうか」
ゼクスは、美月の静かな拒絶に、胸の奥が冷えていくのを感じた。
美月の心を殺したのは自分だ。その結果として、彼女が自分から離れていくのは当然の報い。
わかっていたはずなのに、目の前でエドワードへと傾いていく彼女の背中を見つめるのは、想像以上に喉の奥が熱くなるほどの耐え難い痛みだった。
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