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死んでも君を愛し続け、異世界まで追いかけて来た俺は、君の結婚を祝福する。─この嘘は貫き通す。君の為に強くなった俺は別の女性にすべてを世話される─  作者: 一斗
残響。帝国の影と嘘の仮面の行く先は編

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初めて自分を求めてくれた指先の力。思い出を振り払うように重ねた、歪な唇。

「……セシル。いつもありがとう」

 

 放課後の特訓を終え、エドワードの打算によって王城の演練場へと舞台が移る中、帰宅したゼクスを待っていたのは、セシルが抱く圧倒的な「疎外感」だった。

 

 机の上に並ぶ、この世界の誰も知らない数式と、冷たく輝く純鉄の塊。

 美月とゼクスだけの「異質な世界」に焦燥を覚えたセシルは、ゼクスの背中に体重を預け、甘く、しかし必死に彼への接触を求める。

 

 美月への拭えぬ想いと罪悪感。けれど、尽くしてくれるセシルの熱を拒めない自分を「最低だ」と自嘲しながら、ゼクスはセシルの細い顎を指先で固定し、自らの意志で唇を重ねる。

 

 初めて自発的に求められた熱に、張り詰めていた心を呆気なく決壊させ、涙を流しながら至福の笑みを浮かべるセシル。

 その純粋すぎる救済の表情は、ゼクスの胸に「自責の刃」を深く突き刺し、二人の不実な熱を月光が静かに照らし──。

「……そろそろ切り上げよう。いい時間になっている」

 エドワードが美月の肩を抱くようにして、訓練の終わりを告げた。

「今日もありがとう、ゼクス」

 美月が、少しだけ名残惜しそうに視線を向ける。

「ああ。俺も新しい魔術の理論を組み立てられて楽しかったよ」

 ゼクスが事もなげに答えると、美月の瞳に微かな期待が灯った。

「あの……また明日も、いいですか? 明日は訓練をしながら、他の可能性についても話し合えたら……!」


「明日は放課後、王城の中にある演習場を使おう」

 美月の言葉を遮るように、エドワードが提案した。

(ゼクスがもたらす知識はあまりに危険だ。これ以上の『技術』は、外部に漏れないよう厳重に管理しなければならない……)

 その警戒心に満ちた視線を受け流し、ゼクスは短く「わかりました」と頷く。


「私も、付いて行っていいですか?」

 不意に、背後からセシルが縋るような声で言った。

 美月は表情を動かさなかったが、その心の内では冷めた声が響いていた。

(……あなたは来ても来なくても変わらない。来る必要なんてないから来ないでよ)

「大好きな恋人の傍にいたいんだね。いいだろう、許可するよ」

 エドワードの配慮に、セシルは花が咲くような笑みを浮かべた。

「ありがとうございます、エドワード様!」


 ────


 帰宅後。

 セシルがキッチンで夕食の準備をしている間、ゼクスは机に向かい、一心不乱にペンを走らせていた。

 紙の上には、H、O、イオンといった、この世界の誰も知らない文字の羅列が並ぶ。その横には、先ほど庭から戻った際に持ち込んだ、先端が鋭く尖った円柱形の純鉄が、月光を浴びて鈍く輝いていた。それは美月と共有する「殺意の結晶」を形にしたような、冷たく不気味な質量を放っている。


「スーちゃん、準備できたよ!」

 セシルが背後から覗き込む。彼女の視線が、机上の不可解な数式と、不気味な鉄の塊に注がれた。

 自分には理解できない、美月とゼクスだけが共有する異質な世界。

 その「疎外感」という名の毒が、じわじわとセシルの胸を蝕む。彼女はその不安を塗りつぶすように、ゼクスの背中にそっと体重を預けた。


「……セシル、いつもありがとう」

「じゃあ、感謝の気持ちとして……キスして?」

 セシルが首に腕を回し、耳元で甘く囁く。

 突然の言葉に戸惑いながら、彼女の瞳を覗くゼクス。その瞳にはいつものからかうような色はなく、彼を真っ直ぐ射抜いていた。

「もう何度もしてるんだし。……いいでしょ?」

「え、あ……でも……」

(……何度も、してる……か)


 ゼクスの脳裏に、絶望の淵に立たせてしまっている美月の顔が過った。

 彼女をまだ想っている。

 けれど、こうして献身的に尽くしてくれるセシルの熱を、今の自分は拒むことができない。

 美月との間にしかない「知識」を尊いと感じながら、セシルに触れられる「安らぎ」という名の共依存に溺れている。


(最低だな、俺は……)


「お願い、スーちゃん。ご褒美、ほしいな?」

 上目遣いの潤んだ瞳。

 ゼクスは無意識に、自嘲を飲み込むように思考を切り替えた。

 これはセシルへの報酬であり、この心地よい停滞を手放さないための、代償でもあるんだ。


 ゼクスはゆっくりと手を伸ばすと、セシルの細い顎を、逃がさないように指先で固定した。かつて美月と交わしたキスが脳裏に浮かぶ。けれど、それを振り払うように唇を重ねる。


「……んっ」


 深い接触。ゼクスの指先から伝わる、顎を逃がさない確かな力が、支配的で暴力的な色を帯びてセシルの心臓を激しく揺さぶった。

 今までの、自分の企みで強引に奪ったものとは違う。

 初めて、スーちゃんが自分の意思で、自分という女を求めて触れてくれた。


 ゆっくりと唇が離れる。

 ゼクスが至近距離で見つめたセシルの瞳には、大粒の涙が溜まっていた。


「……あ、れ……? なんで、かな……」


 セシルは自分でも戸惑ったように、震える指先で目尻を拭った。

 ずっと欲しかった、彼からの自発的な愛。

 美月と共有する「理論」や「鉄」の冷たさに、どれだけ不安を感じていたのか。

 自分でも気づかないうちに張り詰めていた心が、彼の熱一つで、呆気なく決壊してしまったのだ。


「……嬉しい。スーちゃん。……私、本当に……幸せ」


 涙を流しながらも、ひまわりが咲くような至福の笑みを浮かべるセシル。その純粋すぎる、救われてしまった者の表情が、逆にゼクスの胸を「最低だ」という自責の刃で深々と突き刺す。


 ――美月の心を殺して。

 自分は、別の少女をこれほどまでに幸福にしている。


「……セシル。……夕飯、冷める前に食べようか」


 ゼクスは、彼女の涙を拭うことすら、今の自分には分不相応な気がして、逃げるように視線を落とした。

 その背中を、セシルは涙で濡れた瞳で見つめながら、勝利の余韻と、消えない不安を胸に、彼を一生離すものかと心に誓う。


 窓の外では、王城へ向かうための月が、二人の不実な熱を静かに照らしていた。


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