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死んでも君を愛し続け、異世界まで追いかけて来た俺は、君の結婚を祝福する。─この嘘は貫き通す。君の為に強くなった俺は別の女性にすべてを世話される─  作者: 一斗
残響。帝国の影と嘘の仮面の行く先は編

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69/90

思い出に浮かべた微笑み。それが、隣にいる幼馴染の瞳を冷たく凍らせる。

「……また明日、って。言ってくれたのに」

 

 昼時の学院。

 意を決してゼクスの教室を訪れた美月を待っていたのは、「一限終了後に、セシルの手を引いて二人きりで出て行った」という無慈悲な事実だった。

 

 ゼクスにとっては、美月をこの世界の危機から救うための、必死の調査。

 しかし、周囲の目には「人目を避けて逢瀬に向かう恋人同士」にしか映らない。

 

 王立図書館の禁書区域で、ハンスの蔵書の異常さに疑問を抱きつつ、セシルの手作り弁当と「あーん」に心を癒やされていくゼクス。

 ふと脳裏をよぎった美月との過去の記憶に、彼が無意識に浮かべた微笑み。

 それを見たセシルの瞳が、静かに、冷たく凍りついていくことにも気づかないまま、ゼクスは美月の待つ学院へと足を向ける──。

 翌日。

 朝から繰り広げられるセシルの献身的な(あるいは執着的な)誘惑をなんとか受け流し、久しぶりに足を踏み入れた学院は、かつてないほどの喧騒に包まれる。


「よっ、久しぶりだな。相変わらず熱いねえ」

 カイルが呆れたように、ゼクスの腕にぴったりと吸い付くセシルを見て冷やかす。

「あの魔術、本当に凄すぎてびっくりしたわよ!」

 ミリアが声を弾ませると、瞬く間にゼクスの周りに人だかりができた。


「ねえ、あの瞬間移動みたいなのどうやったの?」

「セシルさんとは、結局どこまでいってるんだよ!」

「魔術師団に入るって噂、本当か?」


 口々に浴びせられる質問。ゼクスは困惑しながらも、「静まれ!」という教官の声を合図に、足早に教室へと向かった。

 今日のスケジュールは、朝の一限と、夕方の七限の講義。その間の二限から六限、魔術理論や実技の時間は、すべて調査に充てると決めていた。


 一限が終わると同時に、ゼクスはセシルの手を強く引いた。

 再び人だかりができると、時間が削られてしまう。その焦りからの行動だったが、強引に引かれたセシルは、熱い体温が伝わるその掌に頬を染め、恍惚とした表情で彼に付き従った。


「おいおい、朝っぱらからどこ連れてくんだよ!」


 背後から野次が飛ぶが、ゼクスの耳には届かない。そのまま学院を後にする二人の背中は、周囲の目には「人目を避けて逢瀬に向かう熱烈な恋人同士」にしか映っていなかった。


 ────


 重厚な石造りの王立図書館。

 鉄格子の向こう側、埃の匂いが立ち込める禁書区域。同行する司書の視線を感じながら、ゼクスは棚を追った。


 だが、期待は裏切られた。

 並んでいるのは高度な魔術書ばかりで、その多くはハンスの家の書斎で見かけたものだった。

(ハンス……あなたはいったい何者なんだ。王立の禁書さえ、あなたの蔵書の一部に過ぎないというのか)


 ハンスの家系への底知れぬ疑問を抱きながら、ようやく見つけた古い歴史書。しかしそこに記されていたのは、異世界の英知などではなく、凄惨な戦争の記録と、捕虜への非道な拷問の数々だった。

 期待した「救い」の欠片もない記述に、ゼクスは暗い吐き気を覚える。


「……スーちゃん、一旦ごはんにしてから続き探そ?」


 隣で一緒に本を覗き込んでいたセシルが、気遣わしげに袖を引いた。

 外に出ると、柔らかな陽光が広がっていた。セシルが広げたバスケットには、色鮮やかな食事が並んでいる。


「スーちゃん、はい。あーんして?」


 無邪気に笑うセシル。彼女と過ごすこの穏やかな時間が、禁書庫の血生臭い記録を忘れさせてくれる。

「え、ああ。ありがとう」

差し出された銀色のフォークを、ゼクスは戸惑いながらも口に含んだ。彼女が丁寧に切り分けた料理が、乾いた喉を滑り落ちていく。


「ふふ、おいしい? スーちゃんのために、朝早く起きて作ったんだよ」

 頬張る姿を、まるで宝物でも眺めるような慈愛に満ちた表情で見つめるセシル。その瞳には一点の曇りもなく、ただひたすらにゼクスという存在を、自分だけの檻の中に愛おしく閉じ込めているようだった。


「……もしかしたら、探してるものは禁書じゃないんじゃないかな? 私、おとぎ話でなら聞いたことあるよ。異世界の勇者の話」


 セシルの提案を受け、午後からは一般向けの書架を探った。

 確かに、そこには多くの記述があった。だが、どれもおとぎ話の域を出ない。「国が窮地に陥った際、異世界から召喚された者が国を救った」――魔族に関する記述もあるにはあったが、勧善懲悪の物語として都合よく書き換えられているように見えた。


(……今日はここまでか。一旦、学院へ戻ろう)


 昨日、美月に「また明日」と言ったのだ。約束を違えれば、彼女はきっと怒るだろう。

 かつて日本で、待ち合わせに寝坊して彼女に叩き起こされた時の、あの少し痛くて温かい記憶が胸をかすめる。ゼクスは微かな笑みを浮かべ、学院へと足を向ける。その無意識の笑みが、隣にいるセシルの瞳を冷たく凍らせていることにも気づかずに。


 ────


 一方、昼時の学院では、一人の少女が絶望の淵に立たされていた。


「……え、ゼクスさんは……?」


 昼食の時間。美月は意を決し、エドワードに許可を得て、ゼクスのクラスを訪ねていた。

 昨日の特訓の続きを、彼と食事をしながら応用できる知識はないか、話したかった。だが、返ってきたのは、あまりに無慈悲な事実だった。


「ゼクスなら、一限が終わってすぐ、セシルの手を引いてどっか行ったぜ」

「すっげえ必死な顔してたからな。二人っきりになりたかったんだろ」


 クラスメイトたちの笑い声が、美月の耳元で爆音となって鳴り響く。

(……また明日、って。言ってくれたのに)


 彼の手が自分の腕を掴むことはなく、彼が見つめるのは、自分の知らない「今」を共に歩む少女。

 美月は、手に持ったままのバスケットを指が白くなるほど強く握りしめた。溢れ出しそうな涙を隠すように、静かにその場を立ち去る。


 「……美月。もう戻ろう。あんな不誠実な男のために、君が心を砕く必要はない」

 その隣に寄り添うエドワードの瞳には、同情を装った、鋭く獰猛な独占欲が宿っていた。

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