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前世の告白と、壊れゆく肉体。――執着する少女は、破壊の先の安らぎを誓う

十五歳。大人への階段を上り始めた俺たちの前に、平穏を切り裂く影が現れる。

 隣国の特殊工作部隊――『影の猟犬シャドウ・ハウンド』。


大切な村を、そして隣にいるセシルを護るため、俺は再び「禁忌」に手をかける。

 自らの肉体を内側から焼き切る、リミッター四倍。


だが、あの日と違うのは、俺の腕の中に「最強の癒し手」がいること。

 

「スーちゃんを、あの時のようにボロボロにさせない」


骨が砕け、肉が裂けるその刹那に、彼女の慈愛が俺を繋ぎ止める。

 それは、痛みと恍惚が入り混じる地獄のデュエット。

 加速する俺の暴力と、歪み始める彼女の情愛。


俺たちは、戦場を真っ赤な飛沫で染め上げながら、最悪の共犯者へと堕ちていく。

 ベルンシュタイン村の守護神と謳われたあの日から、約六年。

 もうすぐ十五歳になるゼクスは、見違えるほど背が伸び、その体躯には「常時二倍」のフィジカルアップで二十四時間休みなく練り上げられた、鋼のようにしなやかで、かつ爆発力を秘めた筋肉が宿っていた。


 雲一つない休日。ゼクスとセシルは、父バルトロとハンスに頼まれ、村の北側に広がる断崖に群生する『魔銀草まぎんそう』の採取に来ていた。


「……よし、これで予定の数は揃ったな」

 ゼクスが軍を指揮するかのような無駄のない動きで薬草を籠に詰めると、隣で手伝っていたセシルが、ふぅ、と白く細い喉を鳴らして座り込んだ。

 彼女もまた、見る者の目を奪わずにはおかない美少女へと成長していた。月光を溶かしたような銀髪は陽光を反射して眩しく輝き、その肌は透き通るように白い。


「ねえ、スーちゃん」

 セシルが、あの日以来、独占的に使い続けている愛称で彼を呼ぶ。その水色の瞳が、じっとゼクスの横顔を捉えた。

「……なんだ?」

「スーちゃんって、誰よりずっと強いじゃない。六年前から、大人だって誰もスーちゃんに敵わない。なのに、どうしてそんなに自分を追い込むの? 毎日、血を吐くように特訓をして……これ以上、何と戦うつもりなの?」


 セシルの瞳には、純粋な疑問と、それ以上に彼がいつか自分の手の届かない場所へ消えてしまうのではないかという、深い焦燥を孕んだ慈愛が滲んでいた。

 ゼクスは手を止め、遠く連なる山脈の先を見つめた。

 この六年間、影のように自分に寄り添い、あの日オムツまで替えられ、文字通り「身も蓋もない姿」を晒した彼女になら――。


「……探している人がいるんだ」

 その言葉がこぼれた瞬間、セシルの時間が止まった。

 差し出そうとした手は空中で凍りつき、微かに開いた唇が震える。

「探してる人……?」

「ああ。俺には、ここではない異世界の前世の記憶がある。……そこで、命よりも大切に想っていた女性がいるんだ。女神には、力をつけて世界を守っていれば、必ず美月に再会できると言われたんだ」


 前世の記憶、そして美月の存在。


 ドクン、とセシルの心臓が嫌な音を立てた。


 救ってもらったあの日から、片時も離れず、彼の背中だけを追いかけてきた。彼の傷を癒やし、彼の熱を感じ、いつかこの隣が自分の指定席になると疑わなかった。

 

 なのに。

 

 ゼクスの瞳に映っているのは、この世界の青空でも、目の前にいる自分でもない。

 見たこともない空の下にいる、聞いたことのない響きの名前「ミヅキ」

 

(……嘘。やだ。そんなの、勝てるわけないじゃない……)

 セシルの視界が、急激に滲んでいく。

 今すぐ叫びだしたかった。その人はもういないんだと、今の貴方を一番分かっているのは私なんだと、縋り付いて泣きたかった。

 

 けれど、セシルは知っていた。

 ゼクスがこれほどまでに自分を追い込み、血を吐くような努力を続けてきたその「理由」こそが、その女性への想いなのだということを。

 それを否定することは、彼女が愛する「強くて優しいゼクス」そのものを否定することになってしまう。

 

「……そっか」

 

 ぽつりと、掠れた声が漏れた。

 セシルは俯き、こぼれそうになる涙を、銀髪の隙間に隠した。

 胸の奥が、熱い鉄を押し当てられたように痛い。呼吸をするたびに、心が千切れていくような感覚。

 

「その人は……幸せ者だね。スーちゃんに、そこまで……想われて」

 

 顔を上げたセシルの瞳は、赤く縁取られていた。少しだけ震える声で、けれど決意を込めたような声で、セシルが続けた。

「じゃあ、私、スーちゃんがその人に会えるまで……ずっと手伝ってあげる。スーちゃんは私の……私の、命を救ってくれた人だから……」


 その安らぎを、大気を切り裂く鋭い殺気が打ち砕いた。


「――っ、セシル!」


 ゼクスが反射的にセシルを抱き寄せ、地面を転がる。その刹那、彼らがいた場所を黒い金属の投剣が貫き、背後の大樹に深く突き刺さった。

 森の深淵から、陽炎のように姿を現したのは、黒装束に身を包んだ集団。

 隣国の特殊工作部隊『影の猟犬シャドウ・ハウンド』。


「……見つけたぞ。ベルンシュタインの神童、そして稀少な治癒術士の娘」

 リーダーと思しき男が、粘つくような笑みを浮かべる。

「安心しろ。貴様らの親も村の連中も、既に我が仲間に押さえさせてある。大人しく来れば、村を焼くのは止めてやろう」


 人質。ゼクスが最も嫌う、卑劣な策。

 だが、男は致命的な誤算をしていた。ゼクスが普段見せている「二倍」が、彼の限界だと思い込んでいたことだ。


「……セシル、ちょっと我慢してくれ」

 ゼクスは彼女を左手だけで抱き、己の胸へと密着させる。


「スーちゃん……っ!」

「セシル。常に、俺の全身に最大出力のヒールを流し続けることはできる?……こいつら全員、一分で終わらせる」

 耳元で囁かれる熱い呼気に、セシルの肩が跳ねる。彼女の脳裏に、あの日の血まみれで倒れたゼクスの姿が蘇る。


「……分かった。スーちゃんを、あの時のようにボロボロにさせない。絶対に……!」


 ゼクスの体から、大気が爆ぜるほどの凄まじい魔圧が噴き出した。

「フィジカルアップ……四倍!!」


 ドクン、と視界が紅蓮に染まる。

 凄まじい過負荷。鋼のように練り上げた十四歳の肉体ですら、四倍の出力は「毒」でしかない。

 一歩踏み込むごとに、筋繊維が焼けつくような熱を帯びてブチブチと断裂し、右足の骨に不吉な亀裂が入る。脳に直接熱鉄を突き刺されたような激痛。


 ――だが。


「『ヒール』ッ!!」

 腕の中にいるセシルの絶叫と共に、銀色の奔流がゼクスを包み込んだ。

 肉体が破壊されたその刹那に組織を繋ぎ止め、骨を強制的に接合していく。破壊の激痛と、治癒の衝撃が火花を散らす地獄。壊れては治る無限のループが、ゼクスの神経を焼き切らんばかりに蹂躙する。


「……一分もいらない」


 ゼクスが踏み込んだ瞬間、彼は敵の視界から物理的に『消失』した。


 一秒。

 岩陰に潜んでいた伏兵の喉笛を、ゼクスの拳が背後の岩ごと粉砕した。


 二秒。

 旋回する蹴りが二人の男の胸部を捉える。肉と骨がひしゃげる「グシャッ」という音が森に響き、心臓ごと背中へ突き抜けた。


 三秒。

 残りの二人が武器を構えるより速く、ゼクスはその首を素手で刈り取った。


 わずか数秒。

 『影の猟犬』の先遣隊は、文字通り肉塊へと変わり果てていた。

 ゼクスの体からは、限界を超えた証である陽炎のような熱が噴き出している。セシルの絶え間ないヒールがなければ、今頃彼の肉体は文字通り「爆散」していただろう。


「……お待たせ。セシル」

 腕の中から彼女を下ろすと、セシルは真っ青な顔で、けれど恍惚とした表情でゼクスの頬を撫でた。


「……スーちゃん。大丈夫……?」

「ああ。セシルのおかげだ」

 強がって微笑むが、全身を駆け巡る「治癒しきれない細胞の叫び」に奥歯が砕けそうになる。


「……行こう、セシル。村が心配だ」


 ゼクスは再びセシルを抱きかかえ、村へと弾丸のように走り出した。

 だが、その腕の中で、セシルの呼吸が乱れていることに気づく。四倍の自壊を治し続けるという神業は、彼女の魔力を、そして精神を、恐ろしい勢いで削り取っていたのだ。


(……くそっ、セシルの魔力が、もう半分を切っているのか!?)


 村へ着くのが先か、彼女が限界を迎えてゼクスの肉体が崩壊するのが先か。

 焦燥の中、ゼクスは赤い飛沫を上げながら、最短距離を駆け抜ける。


第6話をお読みいただきありがとうございます。


ついにゼクスが、セシルに「美月」のことを話してしまいました。

セシルにとって、これほど残酷な事実はありません。

ですが、ゼクスの肉体を治し続けることで「彼との一体感」を得るという、ヤンデレとしての新たな扉を開かせてしまいました。


壊れるゼクスと、治すセシル。

この「破壊と再生」のループは、二人の関係をより逃げ場のないものへと変えていきます。


面白いと思っていただけましたら、評価やブックマークをいただけますと、村を救うゼクスの拳にさらに力がこもります!

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