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英雄の代償と、白銀の少女。――目覚めたらおむつを履かされていた件について

三日間の昏睡。

 命を燃料にして戦った俺を待っていたのは、安らかな眠りと、献身的な幼馴染の看病だった。


砕けた骨は繋がり、断裂した筋肉は塞がった。

 けれど、俺は知らなかったのだ。

 無意識の間に、男としての尊厳さえも「彼女」に委ねてしまっていたことを。


「三日間、ずっと替えてあげてたんだよ?」


聖女(元恋人)に再会するために最強を目指したはずの男が、最速で直面した人生最大の試練。

 女神の笑い声が聞こえてきそうな、屈辱と執着の幕間劇。

 ベルンシュタイン村を襲った悪夢から、三日が過ぎた。

 村は半壊し、自警団長のオルグをはじめ多くの負傷者が出た。本来であれば国の騎士団や魔導師団を要請せねばならぬはずの「ギガント・フェンリル」を、わずか九歳の少年が屠ったという噂は、恐怖と畏怖を交えて村人たちの語り草となっている。


 当の本人――ゼクスが目を覚ましたのは、四日目の朝だった。


(……不思議と、痛みがないな)


 意識が浮上し、重い瞼を開けた瞬間。視界を覆ったのは、陽光を透かす鮮やかな銀髪だった。

「目を覚まして、よかった……っ!」

 泣き出しそうな声と共に、小柄な少女――セシルに、折れそうなほど強く抱きしめられる。

「……セシルが、治してくれたの?」

 四倍の負荷。断裂した筋繊維。砕けた右足と右腕の骨。それらが悲鳴を上げているはずなのに、全身を包んでいるのは、ぬるま湯に浸かっているような静かで穏やかな感覚だった。


「治癒魔術、得意って言ったでしょ! スーちゃんのバカ、あんなにボロボロになって……」

 誇らしげに、けれど瞳に涙を溜めて言う彼女の背後、視界の端に、空になったスープの容器と、汚れた布の山が見えた。

「看病もしてくれてたの? ……ありがとう、セシル」

 素直に礼を述べると、セシルはひどく不満げに頬を膨らませた。

「『ありがとう』は私たちが言うことだよ! スーちゃんのおかげで、パパもママも、みんな助かったんだから!」


 くるくると変わる彼女の表情に、思わず笑みが溢れる。だが、ふと体を動かそうとして、下半身に妙な違和感を覚えた。

 ごわごわとして、ひどく厚手の……何層にも重なった布の感触。

 嫌な予感が背筋を駆け抜け、震える手でシーツをめくり、腰元を確認した俺は、絶句した。


(……え?)


 そこには、白い厚手の布が幾重にも巻かれ、太い紐で厳重に固定された――紛れもない、巨大な「おむつ」が鎮座していた。

 顔面が急速に熱くなるのを感じながら、掠れた声で問いかける。


「……セシル。これ、は」

「あ、それ? 運んできたとき、スーちゃん、その……全部出ちゃってたから。パパとママが『これは大変だ』って。私がずっと、三日間毎日、替えてあげてたんだよ?」


 セシルはまたも誇らしげに、そして少しだけ頬を赤くして微笑んだ。

 九歳の子供とはいえ、中身は二十六年生きた男だ。

 愛する美月に再会するために最強を目指し、命懸けで村を救った結果が、「助けた美少女に三日間おむつを替えられ、秘部を晒し続け、排泄を管理される」という地獄。


(女神……これか。あんたの言っていた『愛がどこまで保つか』の試練ってのは、こういう意味なのか……?)


 俺は無言で両手で顔を覆った。美月に会う前に、男としての尊厳が完膚なきまでに破壊されている。

「……スーちゃん? また痛むの? 顔、真っ赤だよ?」

「……いや、大丈夫だ。……ただ、恥ずかしくて死にたいだけだ」


 セシルは「もう、変なスーちゃん」と笑いながら、両親を呼びに部屋を駆けていった。


 数分後、部屋に入ってきたのは実父のバルトロと、セシルの父であるハンスだった。

「ゼクス。気分はどうだ」

 バルトロの問いに答えつつ、俺はハンスの厳しい追及を受けることになった。九歳が「ギガント・フェンリル」を倒したという事実は、専門家である彼にとって、驚愕を通り越して「異常」でしかなかったからだ。


 俺は、隠し通せないと判断し、『フィジカルアップ』という魔力循環による自己強化と、三歳の頃から寝る間を惜しんで続けてきた鍛錬の事実を、淡々と打ち明けた。

「三歳から、二十四時間……魔力を回し続けていただと……?」

 ハンスは絶句し、その苦行の凄まじさに戦慄していた。


 結果、俺は六年後、十五歳になった時に王都の魔術学院へ推薦されることが決まった。

 王都。そこなら、美月に繋がる情報も手に入るかもしれない。


     †


 それからの日々。村の小さな学び舎での俺の立場は、より一層「特別な異物」へと変わっていた。


 以前は「不気味な神童」として遠巻きにされていたが、今では「村を救った英雄」という肩書きが加わった。

 休み時間、他の子供たちが木登りや泥遊びに興じる中、俺は一人、窓際の席で分厚い魔導書を広げ、指先で微細な魔力操作の訓練を繰り返す。

 同年代の子供たちは、俺に声をかけることさえ躊躇ためらうようになっていた。畏怖の念が、目に見えない壁となって俺を孤立させる。


 だが、その壁を当然のように踏み越えてくる者が一人だけいた。


「スーちゃん、お勉強ばっかりしてると目が悪くなるよ?」


 銀髪を揺らしながら、セシルが俺の隣の席に当たり前のように座る。彼女の手には、俺の分の水筒と、そしてあの日から欠かさず持ち歩いている「綺麗なハンカチ」が握られていた。


「あ、セシル。……別に、これくらい平気だ」

「だめ。……あんなにボロボロになったんだから、私がしっかり見ててあげないと。ほら、汗拭くよ?」


 彼女は、教室中の視線が集まっているのも構わずに、俺の額を丁寧に拭う。

 周囲の子供たちは「またセシルがゼクスの世話を焼いてる」と囁き合う。その声には、冷やかしよりも「あの二人には立ち入れない」という諦めに近い空気が混じっていた。


 授業中も、ふとした瞬間に視線を感じて横を向けば、セシルがじっと俺の手元や横顔を観察している。

 その水色の瞳に宿る熱が、感謝から「執着」へと、静かに、けれど確実に色を変えていることに、俺はまだ気づかずにいた。

第5話をお読みいただきありがとうございます。


ついに、あらすじ冒頭にある「あのシーン」の片鱗が登場しました。

主人公ゼクスにとっては死ぬほど恥ずかしい「黒歴史」ですが、セシルにとっては「彼を一番近くで世話し、管理した」という成功体験として刻まれてしまいました。


恥じらうゼクスと、どこか満足げなセシル。

この歪な主従関係(?)が、王都の学院編に向けてどう加速していくのか。


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