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捧げられた命の熱。――白銀の少女が、狂おしい執着に染まる時

絶望の淵で、少女は神に祈った。

 その叫びに応えて降臨したのは、光り輝く神様ではなく――血を流し、骨を砕き、泥にまみれた九歳の少年だった。


自分を顧みず、命を燃料にして敵を討つその姿。

 再起不能の怪我を負いながらも「間に合った」と微笑むその残酷なまでの優しさ。


セシルの心に刻まれたのは、純粋な愛などではない。

 

「私が、この人を治さなきゃ」

「私が、この人を支えなきゃ」

「――私が、この人を誰にも渡さないようにしなきゃ」


少女の人生が永遠に狂い始めた、雨の夜の独白。

 絶望は、容赦のない雨の音と共にやってきた。


 村で一番強いはずの自警団長、オルグさんが、まるでおもちゃの兵隊のように無慈悲に吹き飛ばされるのが見えた。暗闇の向こう、雨のカーテンを割り裂いて現れたのは、建物の背丈を優に超える巨大な魔獣「ギガント・フェンリル」。そいつが、濁った瞳をゆっくりとこちらに向けた瞬間、私の心臓は凍りついた。


 かつて天才魔道士と言われていたらしいパパが、必死に魔術を放っているけれど、化け物の岩のような皮膚には、火花を散らすことさえできない。ママは私を壊れ物を扱うように強く抱きしめて、ガチガチと歯を鳴らして震えている。


(……ああ、もうダメなんだ。ここで、みんな死んじゃうんだ)


 振り上げられた巨大な爪は、行き先を失った命を刈り取る、死神の鎌そのものだった。

 逃げ場なんて、どこにもない。

 私は、自分でも無意識のうちに、ただ神様に縋るような思いで、喉が張り裂けるほどに叫んでいた。


「救けて――っ!!」


 その瞬間だった。

 激しい豪雨を真っ向から切り裂いて、一筋の黒い影が、雷光よりも速く空から降ってきた。


「ぁ゙……ぁ゙ぁ゙……」


 地獄の底から響くような、重苦しい苦悶を漏らしながら、その子は――スーちゃんは、パパと化け物の間に強引に割り込んだ。そして、振り下ろされた巨大な爪を、その細い腕一本、岩の装甲を纏わせた剣の腹で受け止めたのだ。


 目の前で、この世のものとは思えない『嫌な音』が響き渡った。


 バキバキ、と生木がへし折れるような、不吉な破壊音。

 九歳の男の子の体から鳴っていいはずのない、生々しい肉と骨の断裂の音。


「っ、ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙っ!!」


 踏ん張った彼の足が、頑丈な石畳を粉々に砕き、地面に深くめり込んでいく。

 彼の鼻からは、粘り気のある真っ赤な血が溢れ出し、冷たい雨水に混じって足元の泥をどす黒く汚していく。

 死ぬ。このままじゃ、スーちゃんが目の前で粉々に壊れて死んじゃう!

 そう思って息を呑んだ、次の刹那だった。


「突き上げろ……グランドスパイクっ!」


 大地を揺るがす咆哮と共に、無数の岩の棘が地中から突き上がり、フェンリルの巨躯を串刺しにして天高くへと掲げた。視界の端から端まで、逃げ惑う魔獣たちが一瞬で物言わぬ肉塊へと変わり果てる。


 激しい雨音だけが支配する静寂の中、スーちゃんがゆっくりと、錆びついた機械のような動作でこちらを振り返った。

 全身から血を流し、今にも精神が崩壊しそうなほどボロボロなのに。

 彼は、この世の何よりも清らかなものを見たような、安堵の表情を浮かべて、掠れた声を絞り出した。


「……よかった。間に合った」


 私たちが無傷なのを確認して、彼はふっと、頼りなく微笑んだように見えた。

 そして、糸が切れた操り人形みたいに、彼はそのまま泥濘ぬかるみへと倒れ伏した。


「スーちゃん!」


 駆け寄って抱き起こした彼の体は、驚くほど熱かった。

 触れた指先が火傷しそうなほどに、命そのものを燃料にして燃やし尽くしたような、恐ろしい熱量。

 私は、ありえない角度で折れ曲がった彼の足と、力なく、だらしなく垂れ下がった腕を見て、視界が涙で歪むのも構わずに、狂ったように『ヒール』を唱え続けた。

 

 柔らかな光が彼を包み、裂けた皮膚も砕けた骨も、魔法のように塞がっていく。

 背後で、パパとママが絶句しているのがわかった。

 

 でも、外側をどれだけ綺麗に治しても、彼の意識は戻らなかった。

 

 魔力を、魂を、一滴残らず使い切った抜け殻。

 この人は、自分の身体が再起不能になるかもしれないのに、命が消えることも少しも恐れずに、私を――私たちを救ってくれた。


 冷たい雨に打たれる、泥と血にまみれた彼の小さな身体。

 それを見つめながら、私の心には、感謝とも、罪悪感とも違う、ひどく熱くて重い「楔」が深く深く刻み込まれた。



 その確信が、私の人生で初めて抱いた、他人への強烈な執着の産声だった。




第4話をお読みいただきありがとうございます。


前回のゼクス視点に続く、セシル視点での「あの日」の物語。

ゼクスの凄まじい自己犠牲は、セシルの中に「この人を世話し続けたい」という強烈な支配欲を呼び覚ましてしまいました。


この歪なまでの情愛が、成長した彼女をどう変貌させるのか……。


面白いと思っていただけましたら、評価やブックマークをいただけると、セシルのヤンデレ度(執筆速度)が上がります!

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