セシルの体温と消えた空虚感。ゼクスを蝕む、安堵という名の猛毒。
「……やっと、会える」
王城。ゼクスの帰還に沸き立つ中、聖女・美月はエドワードの制止を振り切り、恩人への挨拶という名目で謁見の場へ向かう決意を固める。
彼に会いたい。その一心が、彼女に王子の打算を論破させる強さを与えた。
しかし時を同じくして、ゼクスはセシルの「直撃」を受けていた。
朝の光の中で、当然のように同じ布団に滑り込んでくる幼馴染。
「やっぱり……私にする?」
その吐息と香りは、ゼクスが抱えていた空虚感を容易く塗り潰していく。
王城からの迎えの馬車に乗り込む二人。
その先に待つのは、救済か、それとも絶望の再会か──。
王城の朝は、いつになく騒がしかった。
昨日までの喧騒は、ガラルド帝国近郊の前哨基地が壊滅したことに伴う軍の再編によるものだった。
だが、今朝の騒がしさはそれとは違う。自分のことも顧みず王子と聖女の命を救った英雄、ゼクスが王都に戻ってきた――その噂が、城内を駆け巡っていたのだ。
「やっと……やっと会える」
美月は自室の鏡の前で、震える手で聖女の法衣を整えていた。
彼が王都に帰って来た。その事実だけで、胸が張り裂けそうなほど熱い。けれど同時に、切ない予感が彼女を締め付ける。
(セシルさんと一緒に、公的に認められてしまう……。そうなったら、私は……)
それでも、一目だけでも顔が見たい。本当のことを、二人きりで話せる時間が少しでもあれば――。
そこへ、ノックもほどほどにエドワードが姿を現した。
「美月、準備はいいかい? 学院の馬車がもうすぐ来る。君は予定通り学院へ向かうんだ」
「えっ……?」
この人は何を言っているのだろう。美月の思考が一瞬停止する。
「でも、今日はゼクスさんが……王城に来るって……」
「お礼なら私が代表して伝えておくよ。君は聖女として、勉学を優先すべきだ」
エドワードの言葉に、美月ははっきりと「抵抗」の色を瞳に宿した。
「……それはおかしいです。命を救っていただいた恩人が来ると分かっているのに、お礼も言わずに学院へ行くなんて、聖女として、いえ、人としてよくないことだと思います!」
「……っ」
正論だった。エドワードは一瞬言葉を詰まらせ、「……その通りだね。君の言うことが正しい」と、いつもの完璧な王子を演じて微笑んだ。
だが、美月はその微笑の裏にある、彼を自分から遠ざけようとする意図を敏感に感じ取っていた。
(やっぱり、エドワード様は会わせないようにしている……)
(……やれやれ、頑固だね、美月)
エドワードは内心で舌打ちする。
(強引に遠ざけるのが無理なら……セシルくんがゼクスを独占している様を特等席で見せて、君の心を完全に折らせてもらうしかないな)
───
一方、王都にあるハンスの家。
朝日が差し込む寝室で、ゼクスは心地よい重みと、甘く柔らかな香りに包まれて目を覚ました。
(……ん、いい匂いだ。花の……いや、セシルの……?)
無意識に抱き寄せていた「塊」の感触に気づき、ゼクスは跳ねるように目を開けた。
「……スーちゃん、おはよ」
腕の中にいたのは、頬を桜色に染めたセシルだった。
昨夜、強引にベッドを密着させた彼女は、ゼクスが眠りに落ちた後、やすやすと彼の布団へと侵入していたのだ。セシルはゼクスの首元に顔をスリスリと寄せ、上目遣いで囁く。
「やっぱり……私にする?」そう囁きながらも、セシルは熱っぽい吐息と共に、さらにゼクスの首筋に深く顔を埋めてスリスリと頬を寄せ続ける。
「ちょ、セシル! なんで俺の布団に……!」
「だって、近くで寝たかったんだもん。それに私、もう我慢しないって言ったでしょ?」
セシルはパッと身を翻すと、勝ち誇ったような、それでいて少女のような無邪気な笑顔でベッドを抜け出した。ゼクスの中に残ったのは、彼女の体温と、執拗なまでに染み付いた甘い香り。
「先に着替えてて! 私、朝食の準備してくるから!」
呆然と立ち尽くすゼクスを置いて、セシルは鼻歌混じりに部屋を出ていく。
一人残された寝室で、ゼクスは乱れた呼吸を整えるように深く息を吐いた。
(……これから毎日、こんなことをされるのだろうか)
困惑と、そして隠しようのない戦慄が胸をよぎる。
けれど――一昨日まで感じていた、空虚感はどこにもない。隣にセシルがいることに、理屈を超えた安堵を覚えている自分がいる。
(俺は……何を考えているんだ)
美月を救い、元の世界へ連れ帰る。自分にそう言い聞かせるように、ゼクスは冷たい水で顔を洗った。
ゼクスが着替えを済ませて階下へ降りると、村から持ってきたパンを焼き直した香ばしい匂いが漂っていた。二人で食卓を囲み、セシルが身支度を整え終えた頃、家の前には王城からの立派な迎えの馬車が止まった。
「……行こうか、セシル」
「うん、スーちゃん!」
誇らしげにゼクスの腕に絡みつくセシル。
その馬車の先で、どんな残酷な再会が待っているのか。ゼクスは重い心臓を抱えたまま、一歩を踏み出した。
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