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祈りは消え、殺意が宿る。愛する人を「救う」という名目の、醜くも純粋な執着。

遠征から戻ったエレノアがもたらしたのは、ゼクスの無事と、それを守り抜いた少女・セシルの異常なまでの強さだった。

 

 王国副騎士団長すら凌駕する、幼馴染の「実力」。

 涼翔の隣に立つために、彼と同じ地獄を歩んできたという残酷な事実。

 

 自分が何も出来なかった歳月の重みに、美月の心は折れ、そして「濁り」へと反転する。

 涼翔を救う。その正義の仮面の下で、彼女の中の独占欲はもはや殺意に近い純度へと研ぎ澄まされていく──。

 遠征から戻った翌日。

 学院は遠征参加者への配慮もあり休講となっていたが、美月は自室で休むことなどできなかった。午前中から訓練場へ向かい、一筋の汗も厭わずに魔術の行使を繰り返す。美月の放つ魔力には、もはや慈愛の色はなく、焦燥という名の熱だけが訓練場の空気を焼き焦がしていた

(早く、強くなって……涼翔を迎えに行かなきゃ。私が隣に立つに相応しいって、証明しなきゃいけないんだから)


 その執念に近い特訓は、周囲の魔術師たちが気圧されるほどに鋭かった。あの地獄のような戦場で、何もできずに敗れ、守られていた自分を消し去りたかった。


 そして、夜。

 自室で火照った体を休めていた美月は、城内が急に慌ただしくなったのを敏感に察知した。廊下を駆ける足音、遠くで響く騎士たちの慌ただしい声。


「……涼翔? 帰ってきたのね!」


 美月は着替えもそこそこに、謁見の間へと駆け出した。涼翔が帰ってきたなら、一秒でも早く会いたい。私の決意を、彼に真っ先に伝えたかった。


 謁見の間の重い扉の前に辿り着いた時、中からはちょうど報告を終えたのであろうエレノアと、それを迎えるエドワードの話し声が聞こえてきた。


「――そうか。エレノア、大儀であった」


 美月が勢いよく扉を開けると、そこには土埃にまみれ、疲弊した様子のエレノアが一人で立っていた。


「エレノア様! ……あれ、ゼクスさんは?」


 美月の視線がエレノアの背後を、そして誰もいない入り口を探る。だが、そこには期待していた銀髪の少年の姿はない。エレノアは気まずそうに視線を伏せた。


「……あ、美月様。申し訳ありません。ゼクス殿は、まだ村に……」


「美月、夜更けに淑女が騒がしいぞ」

 エドワードがたしなめるように声を上げたが、その表情にはどこか余裕があった。彼は美月の落胆を見透かしたように、口角をわずかに上げる。


「ゼクスなら、まだ村に留まっている。あの村は帝国の襲撃で手負いの状態だ。彼は村の復興を少し手伝ってから戻るそうだ。……献身的な恋人と二人きりで、な」


「……復興、を……」

 美月は、あの仲睦まじく腕を組んでいた二人の姿を思い出す。

(知ってるわよ、そんなこと。あの女と一緒にいるくらい……)


 ショックはなかった。けれど、何よりも「今すぐ会えない」という事実が、美月の胸を激しく焦らした。自分の計画では、彼を「師」として迎え入れ、二人で話す口実を作り、あの「嘘」の真意を問い詰めるつもりだったのに。


「彼も愛妻家だからな。少しでも長く、平穏な時間を恋人と過ごしたいのだろう。しばらくは邪魔をしないのが礼儀というものだ」


 エドワードのニヤリとした笑みが、美月にはひどく癪に触った。

(……そんなの、涼翔が本当に望んでいるわけじゃない。きっとあの女が、彼を縛り付けているだけよ!)


 美月は悔しげに唇を噛み、エレノアに詰め寄る。

「エレノア様! 村での襲撃、ゼクスさんは本当に……本当にお怪我はないのですね!?」


「ええ、それはもう……。少し危ない状況でしたが、セシルさんが彼を守り抜きましたから。……驚きました。彼女、攻撃魔法は水魔術しか使えないはずなのに、信じられないほどの魔術を……。あの若さで、恐らくは私よりも実力は上でしょう」


 美月の心臓が、ドクンと嫌な音を立てた。

(……副団長のエレノア様より、強い……? あの、の女の子が?)


 あの少女はどれほどの修羅場を潜ってきたというのか。美月が聖女として訓練し、積み上げてきた自負が、一瞬で色褪せていく。


「彼女の父親が話していました。彼女はゼクス殿の傍らにいるため、彼と共に血の滲むような訓練を毎日欠かさず行い、彼から色々な事を教わってきたのだと」


 ――血の滲むような、訓練。

 美月の知らない、空白の歳月。

 涼翔が隣に置くことを許したのは、ただ可愛いだけの恋人ではない。自分と同じ地獄を歩み、自分を守れるほどに鍛え上げられた、対等な「半身」なのだ。


(……そんなの、認めない)


 美月の瞳から、光が消える。

 涼翔の隣は、私の席だ。あの日、病室で彼に何もしてあげられなかった私が、今度こそ彼を守るはずだった。なのに、その役割さえも、あの女に奪われていたというのか。涼翔を「救い出す」はずだった自分が、いつの間にか「何も持たない略奪者」に成り下がっているような気がした。その惨めさが、煮え滾るような怒りへと反転していく。


(絶対に……許さない。涼翔を、私の知らない涼翔に変えたのは、あなたなのね……!)


 美月の胸の中で、セシルへの嫌悪感はもはや殺意に近い純度の「濁り」へと変わっていた。「涼翔の隣には、あんな毒々しい『檻』なんて必要ない。私が、あなたを元の場所に連れ戻してあげるから」。

 夜の王城に響くのは、聖女の祈りではなく、誰にも聞こえない、一人の狂女の誓いだった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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