「私以外には、見せたくなかったし」──美月の前で行われた、残酷な「お世話」の儀式。
「……汝、エドワードは、美月を妻とし──」
夢の中で響く、愛する人の誓いの声。
手を伸ばしても届かず、声も出せない絶望の最果てで、ゼクスは意識を取り戻す。
だが、覚醒した瞬間に感じたのは、唇に触れる温かな重みと、喉を流れるスープの感触だった。
至近距離で微笑むセシル。
彼女が語る「お世話」の内容と、すでに美月の前で披露されたという既成事実。
英雄として目覚めたはずの少年を待っていたのは、安らぎではなく、幼馴染による完璧な「独占」という名の、あまりに甘く残酷な現実だった──。
「……そんなに恥ずかしがらなくても。前も、してあげてたよ?」
首をこてんと傾け、不思議そうに問いかけてくるセシル。その瞳には一点の曇りもなく、本気で「何が問題なのか」分かっていないようだ。
対するゼクスは、顔を真っ赤にしたまま、震える手でシーツを握りしめる。
(……以前も、だと? つまり、俺の意識がない間に何度も……。いや、考えたら負けだ。今は、命を繋いでくれたことに向き合うしかない……!)
「……あ、ああ。……ありがとう、セシル。本当に助かったよ」
「えへへ、どういたしまして。さあ、お洋服も着替えましょうね。私が手伝って……」
「それはいい! 自分でできるから、本当に大丈夫だから!!」
必死の抵抗でなんとか独力で着替えを済ませ、ゼクスはセシルに付き添われるようにして一階へ降りた。
「ようやく起きたんだね、ゼクス」
食卓では、ハンスとマリアさんが食事をとっていた。その顔には、昨夜の激戦の名残である疲労が濃く滲んでいる。
「……ハンスさん。ご心配をおかけしました。いろいろと、お世話になりました」
ゼクスは深々と頭を下げる。栄養摂取から排泄の世話まで、文字通り「すべて」をその娘に委ねていた事実が頭をよぎり、声が微かに震える。
「気にするな。無事で何よりだ」
ハンスはあえて「詳細」には触れず、温かく微笑んだ。
ふと、ゼクスが窓の外に目を向けると、そこには目を疑う光景が広がっていた。
庭の樹木はなぎ倒され、地面は無惨に抉れている。
「……何があったんですか? まるで、嵐が通り過ぎたような……」
「ああ、それは⋯⋯昨夜、おそらく帝国の刺客がだろう者が村を襲ってきたんだ。たった二人でね」
ハンスの説明に、ゼクスは息を呑む。
「きっと俺が……俺が『グランテンペスト』を放った時、仕留めきれなかったせいだ……。俺のせいで、村が……。皆さん、すみません」
悔恨に沈むゼクス。しかし、横からマリアが弾んだ声を上げた。
「謝ることないわよ! それにね、セシルちゃんが凄かったんだから! あの強そうな刺客を、魔術で追い払っちゃったのよ!」
「……え? セシルが?」
ゼクスが驚いて隣を見ると、セシルは「褒められちゃった」と言わんばかりに、頬を染めて照れくさそうに笑っている。
「……スーちゃんを守りたかっただけだから。……少し、やりすぎちゃったかもしれないけど」
「ありがとう、セシル」
頭を撫でられ、嬉しそうに目を細めるセシル。
(やりすぎどころじゃない。水魔術だけで、あの『ヘイルストーム』を発動させるなんて……異常だぞ)
そんなセシルをよそにハンスは心の中で苦笑しながらも、口に出すことはしなかった。
「ゼクス、落ち着いたらお父さんのところへ顔を出してきなさい。バルトロさんも、ずっと心配していたからね」
「はい、そうします」
「私も行く!」
当然のようにセシルがついてくる。村の中を歩けば、昨夜の戦闘の傷跡が残っていた。広場に出ると、父バルトロが瓦礫の撤去作業を指揮しているのが見えてきた。
「父上……!」
「ゼクス! やっと目が覚めたか!」
駆け寄ってきたバルトロに、強く抱きしめられる。側には母ミラと、オルグ、そしてエレノアの姿もあった。
「皆さん、ありがとうございました。俺の不甲斐なさのせいで、こんなことに……」
「よせ。村を守るのは大人の役目だ。……それに、お前のその同棲相手が、最後は全部持っていったしな」
「ど、同棲相手……っ!?」
驚愕するゼクスをよそに、バルトロは彼の腕にぴったりとしがみついているセシルを顎で指し、苦笑する。セシルは否定するどころか、さらに密着を強め、誇らしげに胸を張った。
(……同棲相手。そうか、王都で数ヶ月、二人きりで暮らしているんだ。そうなるよな……)
否定しようにも、昨夜からの「過剰なまでの世話」も思い出し、どこか納得してしまった。
「さて……ゼクスも起きたことだし、私達も王都へ帰って報告をしないとね」
エレノアが背を伸ばして言った。しかし、ゼクスは崩れた広場を見つめ、静かに、だが決然と口を開く。
「……俺も、手伝わせてください。少しでも村の修理をしてから、帰りたいです。自分にできることをしたいんです」
ゼクスの言葉に、セシルも力強く頷く。
「私も手伝います! スーちゃんと一緒なら、何でもできます!」セシルの瞳が、一瞬だけ異様な熱を帯びた。村の修理という建前は、彼女にとって「スーちゃんを王都(美月のいる場所)へ帰さない」ための、ささやかな時間稼ぎに過ぎないのだから。
「……やれやれ。分かったわよ。じゃあ、私だけ先に王都へ向かうわ。報告が遅れると、陛下がうるさいからね」
エレノアは肩をすくめつつも、どこか嬉しそうにゼクスの肩をたたき、その日のうちに馬を走らせて王都へと帰っていった。
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