「ゼクスの隣に居続けるために」──少女が到達した、既存の魔術を超越する領域。
「……セシル、これ、あなたがやったの!?」
帝国将軍バレルとの死闘をしのぎきり、満身創痍で帰還したハンスたちを待っていたのは、一面の銀世界と、平然と微笑む少女だった。
窓の外から忍び寄った刺客を、家を背負ったまま圧倒し、追い払ったセシル。
その力は、すでに王国の高位魔術師ですら戦慄する領域へと達していた。
敗走する帝国。そして、ゼクスを巡る愛憎の渦。
嵐のような一夜が明け、静かな朝が訪れる。
献身的な世話を続けるセシルの予感通り、眠れる英雄の指先が、微かに動こうとしていた──。
赤の閃光が消え、帝国の影が夜の帳に溶けるように消え去った。
その瞬間、村の広場では、緊張の糸が切れたように大人たちがその場に崩れた。
「……ハァ、ハァ……。あと一撃、剣を振るわれていたら、剣が折れていたな」
オルグが震える大剣に亀裂を確認しながら杖
、吐き捨てるように言う。バルトロもまた、土魔術を使いすぎた反動で顔面蒼白になり、膝をついている。
「ハンス、あんたも……ギリギリじゃない」
エレノアが肩で息をしながらハンスを見た。ハンスでさえ、額には尋常ではない汗が浮かび、指先は細かく震えている。
「……ああ。だが、なんとかしのぎきったな」
───
一方、村を離れ、漆黒の森へと逃げ込んだ二つの影があった。
ガラルド帝国将軍バレルは、忌々しげに背後の村を振り返る。
「……あんな辺境の村に、これほどの手練れがいるとは。王国も、まだ底が知れぬな」
バレルは自ら肩から流れる鮮血を劫火で焼き潰して止血した。
バレルの傍らで、ラミルは撃ち抜かれた両腕をぶら下げ、獣のように呻いていた。
「兄上の……術と同じだ……。兄上の『ヘイルストーム』を、あんな小娘が……」
肉体の痛み以上に、プライドをズタズタにされた屈辱がラミルを蝕んでいる。かつて亡き兄、ゲオルクが誇った絶対的な術を、子娘が「水魔術の応用」だけで凌駕してみせたのだ。
「……ラミル、立て。今回は我らの読みが甘かった。だが、奴等を殺さねば帝国に未来はない。そしてこの情報は必ず帝国にとって有益となるだろう。次こそは息の根を止めるぞ」
バレルの冷酷な声が夜の森に響く。二つの影は、憎悪と敗北感を抱えたまま、深い闇へと消えていった。
───
一行が重い足取りでハンスの自宅へと戻ると、そこには衝撃的な光景が広がっていた。
なぎ倒された樹木。一面を覆う、不気味なほど美しい銀世界の氷。そして、白い霧の中から、マリアと何事もなかったかのように出てくる少女。
「セシル……これ、あなたがやったの!?」
エレノアが声を裏返して叫んだ。
「こんなこと、あんな大規模な魔術ができるなら最初から言いなさいよ! ……完全に私以上じゃない!」
セシルは、いつものおっとりとした動作で振り返った。
「え……? ただ、あいつが窓の外からスーちゃんを殺そうとしたから、許せなくて。……でも、スーちゃんのそばを離れるのは怖かったから、あんまり遠くまでは追えなくて。逃げられちゃいました」
「逃げられた、じゃないわよ……」
刺客から、家を背負ったままで圧倒しておいて、その言い草である。
「スーちゃん、喉が渇いてるかもしれないから。お水、飲ませてきますね」
ふわりと微笑み、パタパタと二階へ駆け上がっていくセシル。その背中を見送りながら、バルトロが苦笑した。
「……やれやれ。セシルは、いつの間にあんな領域にまでいってたんだ?」
「ゼクスの隣に居続けるために、あの子なりに必死だったのさ。……その執念が、既存の術式という殻を内側から突き破ったんだろう」
ハンスだけが、セシルが放った『ヘイルストーム』の異常を理解し、複雑な、だが誇らしげな表情で呟いた。その瞳には、娘の成長への喜びと、その力が向かう「先」への微かな危惧が同居していた。
───
翌朝。
台所では、セシルが鼻歌を歌いながらスープを作っていた。
そこへ、疲れ果てた表情のハンスが降りてくる。
「おはよう、セシル。……ゼクスはどうだ?」
「まだスヤスヤ寝てるけど、魔力の流れが昨日よりずっと穏やかになった気がする。……たぶん、もうすぐ起きるよ」
セシルの言葉は、確信に満ちていた。
彼女はスープの味を確かめると、ゼクスの目覚めを一番に迎えるために、丁寧に盆を整える。
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