「遅いし、少ない」──ゼクスの背中を追い続けた少女。暗殺部隊を凌駕する精密な弾幕。
「……スーちゃんに、触らせない」
夕闇のベルンシュタイン村。
広場では、ハンスやエレノア、そして村の自警団が、帝国将軍バレルの圧倒的な武力に総力で立ち向かっていた。
一方、ゼクスが眠る二階には、暗殺者ラミルの凶刃が迫る。
だが、窓を突き破る氷槍を阻んだのは、献身的な世話を焼いていたはずの少女、セシル。
「家を汚したくない」と庭へ降り立った彼女が放つ魔術は、帝国の精鋭すら絶望させるほどに精密で、そして苛烈だった。
愛する者の安眠を守るため、静かなる「番人」がその真価を現す──。
村の広場。夕闇を背負い、一歩踏み出したバレルから放たれる圧は、熟練の魔術師であるエレノアをして息を呑ませるほどだった。
「……エレノア、来るぞ! 最大出力で迎え撃て!」
ハンスの叫びと共に、模擬戦で研ぎ澄まされた魔力が爆発する。
「――『ヘイルストーム』!!」
先ほどエレノアを絶句させた銀世界の猛吹雪が、今度は明確な殺意を持ってバレルへと牙を剥いた。しかし、バレルは冷笑すら浮かべず、愛剣を垂直に振り下ろす。
「……小癭しい。――『焦熱の断罪』」
バレルの剣から放たれた劫火が、ハンスの猛吹雪を真っ向から蒸発させ、周囲に濃密な霧を発生させた。その霧を切り裂き、巨躯がハンスへと肉薄する。
「させないわっ! 『ウィンド・カッター』!」
エレノアが放った不可視の刃がバレルの足を狙うが、彼は止まらない。「……フンッ!」と鼻を鳴らし、剣の一振りで風を消し飛ばした。だが、その一瞬の隙を突いて二人の男が影から飛び出す。
「これでも自警団の長をやってるんでな! お帰りを願おうか!」
自警団長オルグの重厚な大剣がバレルの進路を塞ぎ、激しく火花を散らす。
「俺も、村の平穏を邪魔させるわけにはいかんでな……!」
続けてバルトロが、魔力こそ弱いが渾身の力を込めた一撃をバレルの側面に叩き込んだ。さらに追い打ちをかけるように、エレノアのアイスジャベリンがバレルの頭上から降り注ぐ。
四人による包囲網。さしものバレルも一度距離を取り、忌々しげに目を細めた。
「……辺境の村に、これほどの手練れがいるとはな。だが、無駄な足掻きだ」
バレルの肩には、先ほどのヘイルストームで霧散しきれなかった一本の氷柱が、勲章のように刺さっていた。バレルはその氷柱を、煩わしい羽虫を払うかのように素手で叩き折る。その瞳に宿るのは、強者への敬意ではなく、ただ「排除すべき障害物」への冷酷な殺意だった。
───
一方、ハンスの自宅二階。
セシルは、ゼクスの頬を撫でていた手をぴたりと止めた。窓の外から、冷たく、刺すような「どす黒い意志」が流れ込んできたからだ。その瞬間、彼女の蕩けていた瞳から熱が消え、絶対零度の「排除対象」を見据える冷徹な色へと塗り替えられた。
(……スーちゃんを、壊そうとしてる)
ラミルは屋根を伝い、窓越しにゼクスの心臓を狙っていた。
「……まずは、その邪魔な女ごと貫いてやる。――『アイスジャベリン』」
風を纏い加速した氷槍が、ガラスを砕いて室内へと飛び込もうとしたその瞬間。
「……スーちゃんに、触らせない」
セシルが窓へ向かって手をかざすと、飛来した氷槍が着弾する直前に、厚さ数センチの強固な『アイスシールド』に阻まれ、虚しく砕け散った。
「なっ……!? 」
驚愕するラミル。そこへ、異変を感じたマリアが階段を駆け上がってくる。
「セシル! 大丈夫!? 何が起きてるの!」
「ママ! スーちゃんをお願い。……外に、スーちゃんを狙う悪い奴がいるから。……私、片付けてくるね」
セシルはいつもの可憐な笑顔を一瞬だけマリアに見せると、躊躇なく窓から外へと飛び出した。夕闇の中で、水と風を操る暗殺者と、少女が対峙する。
「家の中は汚したくないの。……さっさと消えて」
セシルの瞳に宿る冷徹な光に、ラミルは背筋に冷たいものが走るのを感じていた。だが、即座にそれを「侮り」への怒りで塗りつぶす。
「……小娘が、ナリだけは一人前か。家を汚したくないなら、その庭で野垂れ死ね! 『アイスジャベリン』!」
ラミルが放つ二十条の氷槍。暗殺者特有の予備動作のない一撃が、セシルの細い喉を狙う。だが、セシルは避けない。避けるどころか、一歩前へ踏み出した。
「……遅いし、少ない。スーちゃんに教わったものに、欠片も届いてない」
セシルが両手を広げる。
「『アイスジャベリン』――乱射」
放たれたのは、ラミルのそれを遥かに凌駕する数十本の氷の杭だった。
「なっ……馬鹿なっ!?」
ラミルは顔を引きつらせ、隠密部隊仕込みの身のこなしで必死に回避運動をとる。地を這い、空中で身を捻り、紙一重で氷の雨を避けていく。だが、止まらない。セシルの魔術には、詠唱も、タメも、限界も見えなかった。ただ、背後の家を、その中で眠る少年の安眠を揺らさぬようにしたベクトル制御。その精密さこそが、ラミルにとって何よりの絶望だった。
(なんなんだ、この女は……! 私はガラルド帝国が誇る『シャドウ・ハウンド』の一員だぞ!?この魔力量を、ただの少女が……なぜ、これほどまでに!?)
ラミルの肩を、脇腹を、セシルの放つ氷が浅く切り裂いていく。
ゼクスと共に修練を重ねる日々で研ぎ澄まされた「精密な魔力操作」は、攻撃に転じた瞬間に「逃げ場のない弾幕」へと変貌していた。セシルの背後にあるゼクスが眠る家を傷つけぬよう、すべての氷槍は完璧な軌道でラミルだけを追い詰めていく。
「……スーちゃんを傷つけるものは、全部許さない。ゴミは、残さず処分しなきゃ」
セシルの無機質な呟きと共に、庭の木々が凍り付き、逃げ場が奪われていく。
ラミルは悟った。目の前にいるのは、救いを司る乙女などではない。ラミルの目には、少女の背後に「巨大な蛇」がとぐろを巻き、今まさに自分を飲み込もうとしている幻影が見えていた。
眠れる少年の安眠を守るためなら、世界すら凍土に変えかねない、最も美しく残酷な「番人」なのだと。
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